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祈り聞き従うとき現わされる、主の恵みと真実
『どうして今のこの時代を見分ける事ができないのですか。また、なぜ自分からから進んで、何が正しいかを判断しないのですか。』とパリサイ人に言われました。主イエスは、偽善者達に警告を語られました。形式は守るが真実に、主の御声に聞き従わないパリサイ人に、自分から進んで何が正しいかを判断するように語られました。今のこの時代私達は、世界に目を開く必要があります。終末の様相は、ますます色濃く現れ始めています。格差はますます大きく広がる一方です。『腹減ったおにぎりが食いたい』と書き残し死んだのは、50歳後半の孤独な男性でした。行政は、この弱い立場の人に、手を差し伸べず冷たい対応しか出来ませんでした。愛は全く冷え切っているではありませんか。政治家達も自分の利権を求める2世3世の政治家が余りに多いように思えます。飢えた事のない人が,おにぎり食いたいと書き残した人の心を思いやる事は難しいと思うのであります。自然界に目を向けても地球の温暖化は、ますます強く現われ、日本でも40度を越す暑い日があったりします。『民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々にききんと地震が起こります。』等聖書にある終末の様相は、ますます色濃く、時が短い事を知ったサタンの働きはもっともっと顕著になり戦いもまた激しくなる事でしょう。この時代に生き働く私達にとって、何が最も必要な土台であるかを知る必要が在ります。それは変わる事のない神の言葉,神の約束,神が下さるビジョンではないかと思います。恵みによって祈り聞き従う時に神ご自身の御手の業が現される事を見始めているではありませんか。弱くふさわしくない私達でありますけれども、しかし神は私達を選び任命し用いたいと願って居られます。ヨハネの福音書15章16節に『あなた方が私を選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなた方を任命したのです。それは、あなた方が行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求める何でも、父があなたがたにお与えになるためです。』とあります。牧師を拝命し12年目を迎えていますがこの御言葉の真実を、今更ながら感動と感謝を持って体験している今日この頃です。一方イザヤ書55章8―9節には『私の思いは、あなた方の思いと異なり、私の道は、あなた方の道と異なるからだ。―主の御告げ―。天が地よりも高いように、わたしの道は、あなた方の道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いより高い』とある通りですが神の御心を知り従う事は自分にとっては、難しく不可能な事のように思い続けていました。私は聞き従う事が出来れば素晴らしいと解かりきっていますが、超鈍感を自負する自分を見て私は不安に思っていました。話は変わります。約20年くらい前で私が45歳の頃でありました。順調であったと思われた私の人生が大きく狂い始めていました。クリスチャンホ―ムに育った私でしたが、本当の意味で主を知りませんでした。しかし人間の力、特に自分の力や能力では、どうにもならない絶体絶命のピンチに陥っていました。その頃韓国のチョウヨンギ牧師が熊本県の阿蘇の聖会にこられて、熱くリバイバルは日本からそして九州からと叫ばれていました。感動し強く影響を受けた私は早速メッセ−ジで語られた事に挑戦して祈ってみました。しかしながら3日とは持ちませんでした。やっぱり自分には無理だと解かり絶望してしまいました。苦しみ戦いながらボロボロなりなり数年が過ぎました。そして私は、真の主に出会う事が出来ました。それが『祈り、主のみ声に聞き従う』と言う事でした。私達夫婦はこれこそ本物と確信し夫婦で献身し主の十字架の神学校の第1期生になりました。
そして、カリスマの働きに強い関心と必要性を感じていました。しかしながら、自分はと言うと超鈍感タイプでサタンになめられても気付かず何ともないと言う感じでありました。自分には、この働きは向かない無理ではないかと感じ始めました。私のこれまでの人生は、全て中途半端で何かを成し遂げたと言う事は唯の一つもない人生でありました。だからこの信仰だけはと思っていましたがそう簡単にはいかないぞと思い始めていました。しかしながらカリスマはリバイバルの為には欠く事の出来ない道、これこそが神の道だと確信もしていました。あるきっかけが恵みによって開かれました。
丁度1年半くらい前の事です。今まで住んでいた2LDKでは狭くなってしまいました。子供二人は、独立して私達二人だけの生活になっていましたので充分であったのですが妻の妹が突然天に帰ってしまいました。自閉症の息子が居て私達は、彼を引き取る事にしました。27歳で体格の良い彼が来ると家は狭く窮屈で仕方ありません。私達は祈りつつ御心の家が与えられるように祈り始めました。教会では2DKのアパ―トを事務所代わりに借りていました。妻が物件を探す中でふと目に止まった家がありました。6LDKで特にリビングキッチンは35畳と礼拝にも使用出来る物件でした。家賃は18万9千円でした。導きと示しを求め私達は祈りつつ主に聞きました。支払い面に関してもキチンと計算をしなければいけません。借りても家賃が払えないと大変な事になるからです。この物件のほかにもう一つ教会の方の持つ3LDKで家賃も安くすると言う物件がありました。私達はあらゆる角度から点検吟味しつつ祈り考えました。そして先ず6LDKの物件を見る事にしました。これが私の信仰の大きな転機になるとは全然解かっていませんでした。しかしながらこの事は祈り聞き従う事の実践となり豊かな恵みの体験となりました。会堂の位置としては、熊本市の東の方角でした。群としては中央に出る事が語られる中で果たして御心であるのかを確認しなければなりません。主の導きを求めて祈る中で聖書から、ネヘミヤ3章29節で東の門と言う言葉が来ましたが、意味を調べるとそれはレビ人が通る門と言う事が解かりました。これからリバイバルの為に多くの献身者がこの門を通って教会に来て又遣わされるという意味に取りました。いよいよ不動産屋さんに連絡をしましたが先客が有りましたので、別の物件をと言う事になりました。私達は一応OKしましたが狙いは変えず大家さんに直談判をしてもと考えていました。不動産の専務さんが案内してくれる中専務さんの方から案内しようとしている物件はあなた方には合わないと思うので初めの物件を見るだけでも見ますかと話が変わり案内されました。見てみると障害者の為にも配慮されたリフトやバリヤフリ−の造りでした。又廊下や階段も広くまさに教会にぴったりの造りでした。そして専務さんもこれくらいの家になると住む人との相性と言うのが必要になるのであなた方の方が良いかもしれないと言い出しました。先客は仲々話が進まずに居たようでした。考えを変えた不動産は、先客に強引に早く返事をするように要求されたようでした。流れを見ながら私達は、主の導きを強く感じるようになりました。デボウションのルツ記から買戻しの権利が2番目のボアズがルツと結婚する事になったと言う事を示され祈りました。私たちは2番目権利を持つ者でありました。すると『あなた方の信仰の通になれ』との御言葉が与えられ、そしてすぐにルカの福音書1章13節『あなたの願いが聞かれたのです』と言う御言葉が与えられました。そしてその翌日先客がキャンセルをしましたと連絡があり正式契約をする事になりました。納戸を除き全室冷暖房付きで祈ったとおりの物件でした。もう一つ駐車場も普通車3台軽自動車7台合計10台の駐車場付きでありました。又近くには無料で駐車できる所もあり神様の哀れみと恵みを感謝しています。祈り聞き従うと言う事が、体験として少なかった私は主の恵みと導きを心から感謝し喜びました、そしてこの会堂兼住まいが与えられた事により次々と多くの導きと恵みを体験する事になりました。そのいくつかを分かち合いたいと思います。ある早天の時でした。K牧師の預言でこの講壇には特別の臨在があります。特別な臨在が注がれているとの事でした。あなた方が何かをしたからでなく、ただ恵みによって臨在が注がれていると言う事でした。それからは、ことあるごとに講壇で祈るようにしました。丁度1年くらい前の事です。足に魚の目が出来ました。キャンプが近いのにと感謝していました。早天の前の早天で一人で足に手を置きいやしの祈りをしました。そしていつもの早天が終り歩き出した時痛みは消えてしまっていました。その後2―3日で魚の目がポロリと落ちて完全ないやしを体験し非常に強められました。賛美リ−ダ−のある姉妹は、声がかれて出にくい時にも声が普通に出て驚いていました。今は皆が講壇にひざまづいて祈る姿を良く見ています。とても素晴らしい恵みに感謝しています。しかしながら大きな誤算もありました。それは経済的な事でした。自分の計算では事務所と自分の家賃を合わせるとそう難しくは無いと判断しました。しかしながら自分の判断が甘かったことに気付きました。第1回目の支払いから躓いてしまいました。支払いは7日ほど遅れてしまい厳しい不動産屋さんの対応であわててしまいました。絶体絶命のピンチの中最も経済が厳しいと思われる方から10万円の献金が来ました。その後もある方が神に示されたと言って1年間の予約献金が与えられました。しかしながらその方もまた経済的に非常に厳しい状況にある方でした。この献金が御心かどうかを吟味する事が必要でした。エリヤを養ったやもめの事が示されうける事にしました。この方の仕事はアルバイトで住宅のペンキ塗りの営業を自分でして、次は職人を雇うと言う仕事でした。神様の導きで、ずぶの素人が独立して仕事を始められました。問題が起こると祈りのリクエストが入りました。主は、リアルタイムに祈りに答えてくださいました。私達も必死で祈りました。この方の仕事と私達の祈りに家賃がかかっていたものですから。毎月毎月がハラハラの連続でした。そしてここでも御言葉が来ました。ピリピ4章19節『又私の神は、キリスト、イエスあるご自身の栄光の富をもって、あなた方の必要の全てを満たしてくださいます。』群全体の流れも最も大切なのは、神の言葉と語られていました。神の言葉以外には何も無いという状態でありましたが、私達は、御言葉を盾に感謝と悔い改めとを以って叫んで祈りました。その1年も無事に守られましたが次はどうなるのだろうと主に聞きました。すると御言葉で以って『イエス、キリストは昨日も今日も、何時までも同じです。』また1ペテロ1章25節『しかし、主のことばは、とこしえに変わる事がない。』と語られました。私は平安が与えられ主にだけより頼まざるを得ない状況に感謝をしました。又これがどんなに大きな恵みであったかを今は痛いほど良く解かり神の恵みと真実に信仰が大きく引き上げられました。毎月厳しい状況の中でまさに主の恵みと奇跡と言う御業がなされ、ハラハラの連続でしたが1度も保証人の方に迷惑をかける事もなく守られています。厳しい試練ではありましたが全てが益になって、かえって主に対する信頼が飛躍的に引き上げられる事になりました。経済の守りだけでなく様々な事柄の中で、今まで学んできた、教会観、権威と秩序、主の主任牧会また5職のカバ―などがどんなに真実であるのかを学ばせて頂いています。特に聞き従う土台と言う事柄を痛いほど示されています。まだまだ不十分で相応しくない者でありますがふさわしくない事も、また大切な土台だと受け取っております。かって新しい大きな家を建てる事を目標にしてその写真を壁に貼って求めていました。しかしながら献身の時にそれは主に捧げてしまいました。前の前の家は新築で5LDKの素晴らしい家でしたが2年8ヶ月と言う期限付でした快適な暮らしでしたが出る時は、もう2度とこんな家に住む事は無いと思っていました。しかし今はそれを遥かに上回る快適な教会兼住まいが与えられて神様の大きな御腕と導きのなかを歩かせて頂いています。確かに戦いは厳しいものでありますがそれ以上に従う事の恵みを感謝しています。本当に相応しくなく聞き従えない者でありますのに、唯主の哀れみに感謝するのみであります。この群に来て学んだ事が沢山あります。最も基本的な事でありますが祈る事、教会観,主の主任牧会、又権威と秩序、5職のカバーなどで沢山の恵みを体験しています。私は今本気でこの事を信じその通りの恵みを体験しています。又今聖書の読み込みが特に言われていますが私も今その恵みを経験しています。御ことばを蓄え続ける事によって瞬時の判断が随分と正しくなり守られると言う体験をしています。80歳代の婦人が居られます。10年以上にわたって早天でもそうでない時も聖書の通読を毎日欠かさない方ですが彼女が証をされました。耳が遠く学ぶ事は難しいのですが聖書を読み続けると理解できない事、難しくて意味が解からない事が随分判るようになったと喜んで話をされていました。聖書の通読の大切さを今更ながら体験をしています。基本的な事柄をしっかりする事をお勧めします。ロ−マ書8章28節『神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々の為には、神は全てのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。』主のみ声に聞き従って使命を全うする事が出来るならと願う者であります。
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