27歳のある日突然「教会に行かなきゃ!」と、居てもたってもいられなくなりました。最初は単立の福音派教会に、半年後に主の十字架の教会に導かれました。
きっかけは母の知人から、み声新聞と雲虹(月刊誌)を貰った事です。

聖い臨在がありました(当時は「雰囲気」と思っていました)。

高校でギデオンの聖書を貰い、たまに読んでいました。16歳位の時、自室で1人、聖書巻末にあった受け入れのお祈りをしました。

受洗は主の十字架のデイキャンプの時に。洗礼式が終わった数分後、大人も子供も全員川で泳ぎ出し、賑やかで楽しい式でした。

個人的な御言葉として詩篇51篇が与えられています。

?=『まことに、彼は私達の病を負い、私達の痛みをになった。』
『彼は、私達のそむきの罪の為に刺し通され、私達の咎の為に砕かれた。』

『彼への懲らしめが私達に平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私達は癒された。』(イザヤ書53:4-5)。

熊本教会に3年いて、その後、神のしもべ長崎教会に転会しました。2年後、病気で熊本(教会)に戻りました。
帰熊後は、衰弱で2ヶ月程寝込みました。母は「部屋でそのまま死んでるのでは…」と、怖くて様子を見に行けなかったそうです。しかし、ここを通された事が十字架と出会うポイントとなり、歩みと意識が全く変わりました、主をほめたたえます!