イスラエル出西 59歳(女性)信仰暦30年
| 教会に、行ったきっかけは? |
挫折した時に、知人に連れられて行ったお寺の坊さんから、教会に行きなさいと進められた。 実は、中三から高校の初めにかけて教会に行ってた事があったが、まったく忘れていた。それで、このときの教会でなく、従姉妹が行っている教会に行った。 |
| 初めて行った教会の感想は? |
本当は以前にも行ったのですが、まったく、忘れていて、今回が初めてと思っていました。水曜日の祈祷会に行きました。10月だったと思います。Uコリント12:9.10からのメッセージで、9節しかし、主は、「わたしの恵は、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。10節ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときこそ、私は強いからです。 「私が出来るのは、これまでだ」と挫折感を覚えた時に、何か大きな力に包まれたような気がした。これは何だろうと思うと同時に、力をつけて、もう一度出直すぞと思う事が出来た。 私は、この大きな力?を探して、座禅をしに、禅寺に毎日通った、宗教の本を読んだりして、探していました。この御言葉に触れて、神様はおられる、ここにおられる。と思い、それから教会に、熱心に通うようになりました。
|
| 救い、洗礼は? | 救いの祈りはしたかどうか覚えていない、しかし、「クリスマスに洗礼を受けませんか」と言われて、ちょっと恐れが来ました。それで、ペンテコステのときまで延ばしていただきました。 |
| 罪の悔い改めは? |
本当の悔い改めは、洗礼後だった。自分の罪がはっきり示され、牧師に相談したら、「示された罪を神に書き、悔い改め十字架で、赦されたことを感謝しなさい。」と言われたので、早朝起きそのとおりにした、それから3日ほど、紙に書けなった事を夢で見てそのつどおこされ悔い改めた。 その後、生まれ変わりたいとか思わなくなった。今が最善、神様は、失敗も益としてくださる。
|
| 十字架との出会いは? |
頭だけでなく、霊でも分かるように祈っていました。洗礼を受けて、何年か経っていました。イースターの時、メッセージを聞きながら十字架の絵に自分が掛けられているのが見え、「えっ」と思っていると今度はイエス様になり、わたしになった。このような事が交互にみえて、「本当は、この十字架に、私が掛かるはずだった。イエス様が私の代わりに十字架に掛かってくださたのだ。」と言う事が霊のうち分かり、後は、涙、涙、で悔い改めが導かれた。今まで、夫、姑、息子が、悪いと思っていたが、自分が一番悪い事が示され悔い改めた。私は、福音派だったので、ペンテコステ派の夫の両親とは、異言のことでぶっかていました、またそのことも悔い改めました。そしたら、その日の内に異言が勝手に出てきました。 私の十字架の出会いは、カリスマの出会いでもありました。
|