
説 教 要 旨
2012年5月6日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 彼のことばがそのとおりになるときまで、主のことばは彼をためした。
(詩篇105編19節)
これは旧約聖書に出てくるヨセフのことを言っています。彼は17歳くらいの時に、偉くなり父母兄弟達が彼にひれ伏すという夢を見たのです。
しかし、実際には偉くなるどころか、妬まれて奴隷になり犯罪人にされてしまいます。彼に語られたことばとは違うことが起こってきます。結果的には、
ヨセフを通して飢饉の時に彼の家族は守られ、祝福を受けました。
かつて語られたことばが全く開かれないと思われる時があるかもしれません。しかし、神様の時が来たなら、それらは成就します。主から与えられた
言葉をしっかりと握り、みこころの所に留まり続け、そのことばのために祈り続けましょう。みことばに堅く立ち、主の言葉の成就をはっきりと見て
いきましょう。 (文責:今井志生子)
2012年4月29日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。 (ヨハネの手紙第一 5章14節)
私たちが神様に祈る時、神様のみこころにかなう祈りならば、神様は必ず聞いてくださいます。また、みこころに従うならば、従うために必要なものは
すべて与えてくださいます。神様を選ぼうとしても、選びにくい状況が許されてくる事もありますが、一番大事なのは、それが神様のみこころなのか、
どうなのかということです。
また、みこころであっても確信が持てない時もあります。たとえば、家族の救いは神様のみこころですが、この人だけは無理かもしれないという思いが
ある時は、固く信仰に立っているとは言えません。
そういう時、何が必要かというと「祈り」です。祈り続けているうちに段々と確信が与えられていきます。「絶対にそうなる」という確信が来るまで
祈りきる必要があります。祈りきった時、はっきりと神様の御手を見ることができるのです。
皆さんが、今祈っている祈りに関しては更に祈り続けてください。はっきり確信が来るまで祈り求め続けてください。そして、多くの祝福を見ていただ
きたいと思います。 (文責:神埼久美子)
2012年4月22日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 わたしはあなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。
たたきなさい。そうすれば開かれます。
(ルカの福音書 11章9節)
1- 4 節、「主の祈り」の箇所です。イエス様は、祈りの手本を示して下さいました。
まず主を褒めたたえ、感謝します。そして、主の働きや生活の必要のため、求める祈りをします。 罪の赦しを願い、罪から来る試みに遭わないようにと
祈りつつ、絶えず主との良き関係を築きましょう。 5-8節、あくまでも頼み続けるならば、普通の人でもパンを与えてくれます。まして、主は憐れみ深い方です。
9節、主に求めて祈っているものがあるでしょうか。熱心に求めて下さい。切に祈り求めて下さい。10-13節、主に求めるとき、主は一番良いものを与えたいと
思っておられます。求める人に、主は豊かに与えてくださいます。信仰をもって、主に祈り続けていきましょう。
(文責:山口由華)
2012年4月15日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 向こうの村に行きなさい。そこにはいると、まだだれも乗ったことのない、ロバの子がつないであるのに気が付くでしょう。
それをほどいて連れてきなさい。もし、「なぜほどくのか。」と尋ねる人があったら、こう言いなさい。「主がお入用なのです。」
(ルカの福音書19章30節~31節)
ロバの子はあまり役に立たない、経験のないことを意味します。しかし、イエス様はこのロバの子を選んで連れてきなさいと言われました。
そして、このロバはイエス様のエルサレム入城に用いられました。
主の働きをする時、ふさわしくなったらしようという考え方がありますが、それは違います。たとえ力がなかったとしても、主に従って歩む時、
主が力を与え、主の栄光があらわされていきます。主が導かれるならば従っていきましょう。
(文責:今井志生子)
2012年4月8日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。
(詩篇 37編23節)
私たちの道は、神様が計画しておられます。私は海外に行きたい願いがあり、大阪に来る思いは全く無かったのですが、前任の牧師が異動になり、
その時、預言を通して「毛内さんが大阪に遣わされます。」と語られました。驚きましたが、喜びがありました。
最初は霊的にも厳しく、とんでもない所に来てしまったと思いましたが、忍耐を持って従う中で、現在は最善の場所だなと思っています。
最善の道でも、最初は厳しい状態になる事が多いですが、神様により頼み、従い続ける中で、すばらしい神様の助けを見ることができます。
今、世の終わりが近づいています。リバイバルが始まっています。 ぜひ皆さんも、神様が導かれる道を歩み続け、神様の大いなる恵みを体験して
いただきたいと思います。
(文責:神埼久美子)
2012年4月1日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。
(イザヤ書 43章7節)
神様が創造されたものは、すべて神様の栄光を現すために創造されました。桜などの自然を通して、神様の素晴らしさを見る事ができます。
人間も神様の創造物です。神様の栄光を現すために作られました。しかし、人間は犯罪を犯したり、自分自身を見る時、弱さなど罪の性質を見ます。
栄光が現れていないように思えます。それは、この世に罪が入り、人間が罪の支配下にいるためです。
しかし、私たちが神様を信じ、神様の支配下に入り、神様に従って行くときに、私たちを通して神様の栄光が現わされます。
「御声に聞き従う第2章」によると、パウロ牧師は子供時代、あがり症で身体も弱く、あまりパッとしなかったそうです。しかし、神様に従って
行く中で、毎月のように海外宣教に行ったり、大勢の前で話したりと神様の栄光が現れています。
召しに従う時、神様から知恵、体力、能力、霊的な賜物が与えられます。ぜひ、皆さんも聞き従って行きましょう。 (文責:山口由華)
2012年3月25日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 私たちの戦いの武器は、肉の物ではなく、神の御前で、要塞をも破るほどに力のあるものです。
(コリント人への手紙第二 10章4節)
神様が私たちに与えられた武器は、血肉のものではありません。神様が命じる戦いは、実際的な武器を持っての戦いではなく、霊的な戦いです。
霊的な戦いには霊的な対応をしなければなりません。それは、神様に祈り聞き従うことです。
わかっても、わからなくても、神様に従った時に神様の素晴らしい働きを見ることができます。
感謝と賛美と信仰の告白は、許されるあらゆる問題に対して勝利する信仰の鍵です。信仰の鍵は、用いた時に神様によって問題が益に変えられます。
私たちは神様に信頼し、信仰の鍵を用い続けていきましょう。 (文責:神崎久美子)
2012年3月18日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 私はあなたのうわさを耳で聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。
(ヨブ記 42章5節)
義人ヨブは神様の試しを受け、財産を失い、病を受けました。当時イスラエルでは病を患うとその人が罪を犯した結果だと言われていました。
しかし、この事柄は神様の御心、試しでした。 災難や、問題はその人が苦しむためではなく、神様のより祝福された人生へと歩むために備えて
くださったものです。 試しの中で気づき、ヨブは神様の前に高慢であったことを悔い改めました。悔い改めたヨブはその後、2倍の祝福を受け
ました。
全知全能の神様の前にへりくだり、神様の声に聞き従っていきましょう。 (文責:吉田拓也)
2012年3月11日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 あなたがたは、『刈り入れ時が来るまでに、まだ四か月ある。』と言ってはいませんか。さあ、わたしの言うことを聞きなさい。
目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになって (ヨハネの福音書 4章35節)
ユダヤ人はサマリヤをさけるのですが、イエス様はサマリヤの女に会いに行かれました。この女性は、結婚しては離婚してを繰り返し、姦淫の
罪を犯していました。彼女は本当はうえかわいていました。何か満たされない思いがありました。イエス様は、何が彼女を満たすかご存知でした。
当時絶対ありえないことでしたが、イエス様は人目をさけて水を汲みに来た彼女に水を飲ませてくださいと、声をかけました。彼女は驚きました。
イエス様は彼女の過去を言い示しました。イエス様がメシアであることがわかったとき、彼女は喜びにあふれ、サマリヤの人々にイエス様がメシアで
あることを大胆に伝えました。彼女が変わったことでサマリヤの地にリバイバルが起こりました。
私たちが小さな一歩を踏み出したとき、多くの人々が救われます。私たちは、祈り導かれたとき福音を語って行きましょう。
真に心が満たされることを望んでおられる方々がいます。 (文責:山口由華)
聖書箇所 罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。
(ローマ人への手紙 6章23節)
神様に従うことは、何かつらくて、苦しくて、重荷を負うような人生に思えるかもしれません。しかし、そうではありません。 聖書箇所 ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。
(ローマ人への手紙 3章24節)
神様の示される働きをする中で、人にはできないことがあります。
しかし、神様はそのことを行う力をも与えてくださいます。決して肉の力や努力ではないのです。神様ご自身がそれを成す力を与えてくださるのです。
例えば、海外宣教に導かれている時は、神様ご自身が海外宣教に参加するのに必要なものを与えてくださいます。導かれている時には、その必要な
派遣費用や、休暇、家族の了解などを熱心に祈り求めていきましょう。
神様がその必要を豊かに与えてくださいます。 (文責:吉田拓也)
聖書箇所 彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、
彼らは打ち負かされた。
(歴代誌第二 20章22節)
この聖書個所は、今年度主の十字架の群れに与えられた御言葉です。御言葉に「彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき」とあります。
今回の白馬キャンプで、3回勝利の叫び声を上げることを主がパウロ牧師に示され、集会で「リバイバルが来ました。主は勝利をとられました。
ハレルヤ」と勝利の叫び声をあげました。ですから、敵はすでに打ち負かされました。しかし、聖書によると、その後戦利品を拾いにいかなければ
なりません。
これから、主に導かれたことをしていくとき、勝利の結果を見ます。モーセがエジプト軍に追いつかれ、紅海を渡るとき、主に言われて
行ったのは、手を海の上に差し伸ばすことだけでした。難しいことをするように言われた訳ではありません。皆さんにも出来ることです。
主に聞き従い、大胆に信仰告白をなし、感謝と賛美の鍵を使い、主に祈り求め、信仰を用いて行きましょう。
これから、今までとは違う大きなことが起こってきます。
2012年3月4日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
神様に従う時に喜びが与えられます。喜びは神の秘密兵器です。私たちが喜びで満たされている姿を見て、人々が救われ始めていきます。
私たちは神様に従い、喜びの武器を用いていきましょう。
(文責:神崎久美子)
2012年2月26日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
2012年2月19日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
(文責:山口由華)
2012年2月12日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。
(ヨハネの手紙第一 5章15節)
私は、20年くらい前にパウロ牧師から「北海道の聖会のために(格安の)飛行機のチケットとホテルを取ってください。」とのオーダーを
受けたことがあります。当時はインターネットも無く、情報は旅行雑誌か旅行社のパンフレットくらいで、こちらの希望するツアーは、どうしても
高くなってしまうものでした。どうしようもなくて、「神様、助けてください!」と必死で祈りました。ある日、商店街に行くと旅行代理店の前に
パンフレットが置いてありました。それは期間限定で自由に飛行機とホテルが選べるというもので、しかも値段も格安のものでした。これは祈りの
答えと確信して予約することができて、嬉しかったことを覚えています。しかし、そのパンフレットは、私が祈る前からそこにあったのです。
神様は私たちが祈る前から何が最善で何が必要かを知っておられます。そして、祈りを通して働いてくださり、祈りを通して与えてくださいます。
私たちには、様々な困難があると思いますが、その中で「もうダメだ」と投げ出したくなる時には、ぜひ「そうだ。神様に祈ろう。」と思い出して
神様に祈ってください。 (文責:神崎久美子)
2012年2月5日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。
いのちを救おうと思うものはそれを失い、わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです。
人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、何の得がありましょう。
(マルコの福音書 8章34節〜36節)
この地上における喜び、楽しみは一瞬で過ぎ去ってしまいます。黙示録にある「新しい世」に比べるならば、ほんの一瞬です。
ですから、今生きている人生のうちから何を選んでいくのということによって「新しい世」での事柄が変わってきます。
全てのクリスチャンには、福音宣教の使命が与えられています。皆さんが福音を伝えるべき方は、隣の人であったり、職場の方であったりする
と思います。世の楽しみを優先することなく、本気で福音を宣べ伝えようとする時には戦いが起こってくるでしょう。しかし、この戦いでは、感謝と
賛美を通して神様の圧倒的な勝利が与えられます。そのことを覚えて、神様の福音を宣べ伝える者となってまいりましょう。
(文責:吉田拓也)
2012年1月29日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 わたしに聞き従い、良い物を食べよ。そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づこう。 ( イザヤ書 55章2節)
自分の計画、自分の考えに従って歩むことは、自由で良いことのように思いますが、実は食糧にならない物のために、お金を払うのと
同じことであり、腹を満たさない物のために労するのと同じであると聖書は言っています。本当の生きる喜びは、自分勝手な生き方では
満たされないのです。マルコ8:34〜35「いのちを救おうと思う者はそれを失い」とあります。自分の思う通りやっていこうとすると、
実は最も大事ないのちを失ってしまいます。しかし、神様と福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです。
私が若かった頃、自分でやりたいと思ったことを次々とやっていきましたが、どれも違う、わたしのいるところではないと、いつも感
じていました。しかし、献身して主に聞き従う人生を送りはじめたら、若い頃は、献身者とは貧乏でつまらないと考えていましたが、
実は満たされ、訓練はありますが、とても楽しい充実した平安ある人生です。当時、肉の脂肪は最高のものでした。そのように自分の思
いと主の導きが違うとき、主の側を選んで行きましょう。主の導きは最善です。
(文責:山口由華)
2012年1月22日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。
そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。 ( 使徒の働き 1章8節)
このみことばが語られた時、弟子たちは聖霊を受けるとどうなるか理解できませんでした。その後、弟子たちは聖霊のバプテスマ(最初の聖霊の満たし)を受け、
異言が与えられ、他国語で話しだし、その日のうちに3000人ほどが弟子に加えられる事柄が起こりました。
宣教の働きが語られている私たちクリスチャンには、神様が力を与えてくださっています。 「私には力がない。弱い。」「だから、できない。」と思ってしまう
ことなく、神様はすでに必要な力を与えてくださっていることを覚えて、宣教の働きをなしていきましょう。 (文責:神崎久美子)
2012年1月15日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 神、その道は完全。主のみことばは純粋。 主はすべて彼に身を避ける者の盾。
まことに、主のほかにだれが神であろうか。私たちの神を除いて、だれが岩であろうか。
この神こそ、私に力を帯びさせて私の道を完全にされる。彼は私の足を雌鹿のようにし、私を高い所に立たせてくださる。
戦いのために私の手を鍛え、私の腕を青銅の弓をも引けるようにされる。 ( 詩篇 18編30節〜34節)
神様の道は完全であり、私たちの行く道を整えてくださり、弱い者を強めて下さいます。ここで出てくる青銅の弓は、非常に引きづらい硬いものですが、神様の
働きをするために神様ご自身が私たちを強めてくださるとあります。状況を見て、「ああ、自分にはできない」と思うのではなく、助けてくださる神様を見上げ
ましょう。「どうしたらいいのだろう?」と迷ったり、「無駄に時間を過ごしてしまった。」と思うようなことでさえ、神様は最善を成してくださっています。
神様に従いきったときに、その業をはっきり見ることになります。この神様に期待していきましょう。 (文責:吉田拓也)
2012年1月8日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 年が若いからといって、だれにも軽くみられないようにしなさい。
かえって、ことばにも、態度にも、愛にも、信仰にも、純潔にも信者の 模範になりなさい。 (使徒の働き 1章8節)
聖書の中で、リーダーになっている人たち、モーセやダビデなど、人の上に立つ人は大変です。究極的なリーダーはイエス様です。
ピリピ2:3ー9 イエス様はとても高い地位にあり、偉い方なのに、へりくだられ、仕える者の姿をとり、弱くなり、死にまで従われました。
イエス様は本当に弱い人たちのことを理解でき、思いやりをもって、私たちに接してくださいます。だからこそ、イエス様は真のリーダーなのです。
リーダーになる方は、弱くさせられ、砕かれ、一番へりくだらされるといった訓練を受けます。 今、献身されている方々のほとんどは、リーダーに
なっていくでしょう。皆さんがどういう働きに立っていくのか、神様はご存知です。
与えられている学び訓練を感謝をもって受けて行きましょう。 (文責:山口由華)
2012年1月1日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 あなたの行く所、どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。(箴言 3章6節)
聖書に、イスラエルの民がエジプトから神様が与えたカナンの地に旅立って行ったが、その移動に40年もかかったとあります。
私たちは、バスでエジプトからイスラエルに行ったことがありますが、7〜8時間で行ける距離でした。なぜ40年もかかったのでしょうか。
それは、イスラエルの民がつぶやいたからです。荒野の生活が嫌になり「エジプトの方が良かった。エジプトに帰りたい。」とつぶやいた時に、
神様は怒って、成人以下の人たち以外はカナンの地に入れない事を告げられました。そのため、真に神様に従ったヨシュアとカレブ以外の成人
たちが死んだ後に、ようやく40年かかってカナンの地に入ることができたのです。
今日の聖書箇所は、私たちに起こってくるすべてのことで神様の知らないことは何一つなく、すべてのことに完全な主の支配と御手があることを
認め、感謝しなさい。感謝する中で最短で最速で目的に到達できるということです。
私たちが最も早く祝福を受ける手段はすべてのことに感謝することです。すべてのことに感謝し、賛美していきましょう。(文責:神崎久美子)
2011年12月25日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら。神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事はすでにかなえられたと知るのです。(ヨハネの手紙第一 5章15節)
英語がまったくできないけれども、海外宣教に行きたい。全然歌が歌えないけども歌手になりたい等、それが神様の御心の願いであれば、いかに人間的に無理だと思われるようなことでも、それはかなえられます。しかし、「どうせ神様はかなえてくださらない。」というような不信仰な祈りであれば、それはかなえられません。
神様の御心なら、必ずできる。神様の御心なら、必ず与えられると信じ、信仰の告白をなし、約束の言葉を信じて祈り続けましょう。 (文責:吉田拓也)
2011年12月18日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 イエスは彼らに言われた。「舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます。」
そこで、彼らは、網をおろした。すると、おびただしい魚のために、網を引き上げることができなかった。(ヨハネの福音書 21章6節)
弟子たちの多くは、漁師で魚を捕る専門家でした。彼らは夜どおし働いても魚は捕れませんでした。しかし、イエス様の言葉に従った時、引き上げることができないぐらいのたくさんの魚を捕ることができました。神様の言葉に従った時には、非常に大きな祝福を見ることができます。2011年の前半ぐらいの時、神様はオンライン礼拝をやるように語られ、最初は無理だと思われましたが、祈りつつオンライン礼拝がスタートしました。また、同時礼拝での聖餐式を神様が語られた結果、ドイツ、イギリス、チェコでオンライン礼拝を見る方が起こされ、マレーシアには東京アンテオケ教会の教会員が与えられました。従った結果、マレーシアチーム、ヨーロッパチームと海外宣教の道が開かれています。どうして、神様がこんなことを語るのだろうかと疑問に思ったとしても、あとでわかってきます。神様が導く事柄には意味があります。従い始めた時に、個人、個人においても福音宣教の働きが開かれてきます。 (文責:山口由華)
2011年12月11日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの御名によって父なる神に感謝しなさい。
(エペソ人への手紙 5章20節)
今の季節、忘年会などでお酒を飲む機会が多いと思いますが、聖書には「酒に酔ってはいけません。放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。」とあります。私たちは、御霊に満たされ、みこころを行う必要があります。また、感謝しなさいとあります。あらゆる状況の中にあっても、私たちは常に神様に向かって賛美し、また感謝を捧げる。このことを神様は願っておられます。感謝していく時に神様との関係が正しくされていきます。感謝しなかった時には、怒りとか違う方向へと私たちの思いは行ってしまいます。その怒りとか憎しみとかは、神様の前に罪です。罪がある時に神様との関係が遮断され、神様との正しい関係を保つことができなくなります。あらゆる状況の中ですべてのことを感謝する時におおいが取り除かれ、神様との正しい関係が保たれていきます。このことを私たちは覚える必要があります。私たちは徹底感謝して神様に従い続けていきましょう。その時に神様のすばらしい業が起こってきます。 (文責:神崎久美子)
2011年12月4日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 すると、主は彼に向かって仰せられた。「あなたのその力で行き、イスラエルをミデヤン人の手から救え。わたしがあなたを遣わすのではないか。」
(士師記 6章14節)
この箇所は、ギデオンに天使が現れて語った箇所ですが、この時のイスラエルは弱くされていて、敵であるミデヤン人に圧迫されており、やられ放題でした。その中でギデオンは酒槽の中で隠れて小麦を打っていました。その姿はとても勇士には見えない姿です。その時に天使から「勇士よ。酒があなたといっしょにおられる。」と言われ、私はイスラエルの中でも一番弱い人間なのにどうしてそんなことを言われるのでしょうと言いました。その時、「わたしはあなたといっしょにいる。だから、あなたは一人を打ち殺すようにミデヤン人を打ち殺そう。」と語られました。慎重なギデオンは、その言葉が本当に神様によって語られたのかどうかを吟味させてくださいと言いました。確認した後、御言葉に従ったギデオンは神様による圧倒的な勝利を得ました。
神様は自らの弱さを認めてへりくだり、従う人を用いられます。弱さのゆえに感謝をし、神様の声に従ってゆきましょう。(文責:吉田拓也)
2011年11月27日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。(エペソ人への手紙 1章23節)
「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。」とあります。教会につながっているだけで恵みを受けます。私たち主の十字架の群れでは、賛美やいやし、インターネットなど働きが大きく進んでいます。なぜなら、それらの働きは教会を土台として行っているからです。さらに、聖さん論も大きく関係しているのではないかということです。宗教改革を行ったツィングリーは、聖さん論は象徴説(ワインとパンはイエスの血と肉を象徴している)で、賛美を禁止していました。ツィングリーの働きは大きくなることはなく、ツィングリー自身は戦死してしまいました。一方、ルターは、聖さん論は血肉説(ワインとパンはイエスの血であり肉である)で、賛美を推奨しました。ルターの改革は大きく発展しました。主の十字架では血肉説です。第一コリント11:23-30、もし象徴ならば、弱い者や病人、死んだ者が大勢出ないのです。ヨハネの福音書6:48-51、53-57「人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません。」とあります。イエス様の御体にあずかることが大切です。豊かにイエス・キリストのいのちを受けとるために、いやしや新しい恵みのそそぎのため、罪を悔い改め、信仰をもって毎週聖さんを受けて行きましょう。 (文責:山口由華)
2011年11月20日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 ヨシャパテは恐れて、ただひたすら主に求め、ユダ全国に断食を布告した。(歴代誌第二 20章3節)
ヨシャパテ王は敵の大軍が攻めて来た時、恐れたとあります。しかし、王は民と共に神に断食をもって祈りました。賛美し感謝して、神をほめたたえた時に、神の助けによって不思議な形で勝利したのです。病であったり、経済の問題であったりした時にも私たちは諦めることなく祈っていきましょう。どうしようもなくなった時に神様により頼み、求め、また神様をほめたたえる、その時に神様が助けてくださいます。ぜひ皆さんも主により頼み、すぐに感謝できない時には祈ってください。ヨシャパテのように信仰の告白をして祈り切っていく時に信仰が与えられ、感謝する心、賛美する心が与えられていきます。これかrまお様々な困難な事柄が起こってくるかもしれませんが、その中に神様は圧倒的な勝利を与えてくださいます。さらに感謝をもって祈り、主の圧倒的な勝利を見てまいりましょう。 (文責:神崎久美子)
2011年11月13日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、ユダを攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。(歴代誌第2 20章22節)
この御言葉は約3年前、この群れに語られた新年の御言葉です。主を礼拝し、賛美する者たちが武装した敵兵の前に立ちました。この時、賛美する者たちは勝利を得て喜びの声を上げたのではなく、戦いが始まるときにすでに「主は勝利を取ってくださる。」と喜びの声を上げました。この賛美の声を上げ始めたときに、主は伏兵を設けて圧倒的な勝利を与えてくださいました。世の終わりが近づくとともに問題や困難が更に起こってくると思われます。口先による感謝だけではなく、飛び上がって、踊って感謝し、賛美をし、罪があるときには悔い改めをなし、神様に祈り求めていき、主の圧倒的な勝利を見ていく者となっていきましょう。 (文責:吉田拓也)
2011年11月6日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。(マタイの福音書 23章19節〜20節)
「あらゆる国の人々を弟子としなさい。」とあります。救いの福音を宣べ伝え、ただ救われるだけでなく、救われた人々に聖霊のバプテスマを授け、教会につながる大切さなど、クリスチャンとして成長するために教え、弟子となるための訓練をすることが大切です。また、主の十字架の群れが受けた、祈り聞き従うことや、すべてのことについて感謝するなど、これらの素晴らしい主からの恵みを、世界中のこれらの恵みを知らない多くのクリスチャンの方々に伝えてゆく使命があります。神様は、「世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」と約束してくださっています。世にあっては、地震や経済の不安定など色々な困難が許されますが、そのような中でも神様はともにいてくださいます。私たちは神様に語られたことに従って、出て行き、職場や友人、家族、海外などに福音を語り、弟子となるように教え、祈りましょう。困難な状況の中でも神様が勝利を与えてくださいます。(文責:山口由華)
2011年10月30日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(ローマ人への手紙 8章28節)
「すべてのことを働かせて益としてくださる」これは、神様の約束です。病や「どうして・・・・・」と思えるようなことでさえも、神様は益としてくださいます。
皆さんの人生の中で、どうしてこの事が益となるのか全く理解できないけれど感謝する。徹底して、すべてに感謝し続けていく時に神様が益としてくださいます。
そのためには、神様に聞き従うことが必要です。すべての事に感謝し、新しい年も感謝をもってはじめてゆきましょう。 (文責:神崎久美子)
2011年10月23日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。(ヨハネの手紙第一 5章5節)
この御言葉は約3年前、この群れに語られた御言葉です。この世においては、さまざまな災害の被害や、経済的な困難があります。
しかし、世の人たちがどうしようもないと思う問題でも、神様を信じているクリスチャンには勝利することができるのです。
問題を感謝しつつ、主に祈り求め続けていきましょう。 (文責:吉田拓也)
2011年10月16日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。
というのは、その日は火とともに現れ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。(コリント人への手紙第一 3章13節)
その日とはイエス様が再臨される日のことです。その日、クリスチャンの真価が問われます。私たちは神様に従って生きることもできますし、自分勝手に生きることもできます。私たちは、生き方を自由に選択することができます。しかし、どのような人生を過ごしたかによって、天の報いが一人一人違ってきます。一人一人神様の導いている人生があります。
祈りを通して、神様に聞いていきましょう。そして、神様の栄光を現していきましょう。 (文責:山口由華)
2011年10月9日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。(コロサイ人への手紙 3章16節)
私たちが神様に向かって礼拝し、賛美する時、神様から力が与えられます。その力をもって宣教し、伝道することができるのです。
たとえ、話があまり上手でなかったとしても、神様が共におられ、福音を聞く方々の心にふれてくださいます。
私たちは、あらゆる状況の中でも賛美してまいりましょう。詩篇22編3節にあるように、賛美の中に、神様が住んでくださり、神様が働いてくださいます。 (文責:神崎久美子)
2011年10月2日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 「あなたのその力で行き、イスラエルをミデヤン人の手から救え。わたしがあなたを遣わすのではないか。」(士師記 6章14節)
先日、韓国にチームとしてスプレンダーも遣わされました。行くメンバーを見て心配しました。果たしてこのメンバーで歌ってきて大丈夫なのだろうかと。
しかし、出発前の空港で祈った時にこの言葉が与えられました。これは主が遣わしてくださるのだと確信しました。
弱く力のない人であっても、主が遣わされる中で確かに主が働いてくださり、素晴らしい主のご臨在と交わり、関わりが開かれました。
私たちは、神様のみ言葉に従い、み心をなしてまいりましょう。 (文責:吉田拓也)
2011年9月25日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所 草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。
(イザヤ書 40章8節)
この世のものは過ぎ去り移り変わりますが、神様の言葉は決して動くことなく変わることがありません。人が語った言葉はよく変わりますが、聖書の言葉、預言を通して語られた真実の言葉(召しの預言は従うことによって成就します。裁き・警告の預言は祈ることによって回避されます。詳しくは「預言」の本を参照)は、必ず成就します。神様が語られた事柄が、あなた自身の判断や状況で出来るかどうかではなく、神様が語ったかどうかが重要です。神様からのビジョンを受け取り、信仰の踏み出しをし、具体的に備え応答してゆきましょう。 (文責:山口由華)