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2017年11月5日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・キリストによって、からだ全体は、一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる

       結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです。  

                                              (エペソ人への手紙 4章16 節)

 16節には「キリストによってからだ全体(つまり教会)は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により」とあります。

一つ一つの部分とは私たちのことで、私たちには主の働きのために必要な賜物が与えられ、奉仕が与えられています。一人一人の賜物

は違います。自分自身の賜物は何なのか知る事は大変重要な事だと思います。「あらゆる結び目」それは、祈りであったり、聖霊様で

あったり、神様の愛です。 しっかりと結び合わされて、そうしながら愛の内に建てられ、教会は成長していきます。ですから、祈りは

すごく重要なことです。

 11節には五職(使徒、預言者、伝道者、牧師、教師)について書いてあります。この群れには、アジアの使徒団を形成していく事柄

が語られています。主の十字架教会は、使徒団を土台とした教会です。五職の事柄は、これから具体的に開かれてくると思います。五職

を通して、更に教会の働きが強力になり、建て上げられ、特に賜物を用いて教会を建て上げる、そういった働きが本格的に起こってきま

す。更に信仰を働かせ、今年度の働きのために準備していきましょう。これから人数が増えると組織化という事柄が始まってきます。

 皆さんは、自分にどういった奉仕・働き・召しがあるのか、きちんと捉えて頂きたいと思います。今年度、本当に期待しています。色

んな事柄が具体的に動き出していく一年間であることを期待し、更に祈っていきましょう。           (文責:神崎久美子)

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2017年10月29日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・もしあなたがたがキリストのものであれば、それによってアブラハムの子孫であり、約束による相続人なのです。
                                            (ガラテヤ人への手紙 3章29節)

 皆さんは「相続」をされた事がありますか?M牧師は思いもかけない遠い親戚からの遺産相続があり、それで海外宣教に行けたそう

です。神様からの相続とは、神様の権利・権威を受けるということです。神様の富は計り知れないものです。ガラテヤ書の4章を読む

と私たちがイエス・キリストを信じることで神様の子どもとされるとあります。私たちは今、霊的な子どもの状態で、神様から与えら

れたものを自由に存分に用いることはできません。けれど、信仰を通して神様の富をこの地上で自由に用いる事ができる特権を持って

います。
 地上において神様に聞き従って御心を全うする、この事を通して人生における召しが全うされ、天にある報いが違ってくると聖書に

書いてあるります。地上での歩みは短いです。大患難時代の前に人類の2分の1が死ぬと黙示録に書いてあります。若いとか年齢がいっ

てるとか関係ないです。ですから皆さん時を大切にしましょう。 この世における召しを全うして、天における豊かな神様の祝福を相続

する者となっていきましょう。私たちは神様の相続人であり、豊かな祝福を受けている者です。神様は豊かな富を持って私たちを祝福

してくださっています。今年度の祈りと共に新年度においても祈り、豊かな天の恵みをこの地上に流していきましょう。その恵みを多

くの人に伝えていきましょう。                                 (文責:ハンナ吉田)

 

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2017年10月22日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、

       はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。

                                       (ヘブル人への手紙 11章13節)

 今日のみことばに「地上では旅人であり寄留者である」とあります。私たちは、この地上では寄留者で、この地上にある

使命を全うして喜んで天に帰っていきたい。そのことを願い、私たちは歩んでいきたいと思います。それと共に今、年末年

始の祈り込みの時ですが祈ってください。年末年始の祈り込みの時は、特別は祝福のときです。ぜひ、皆さんあと1週間程

になりましたが、時間を取って特に感謝の祈りを成し、また聖書を読み聖書のみことばから語りかけを受けて頂きたいと思

います。特にこの地上における使命ということがらに関しても神様に聞いていってください。使命に関しては、サタンの攻

撃が一番強く来る分野です。ですから祈って求めていかなければなりません。ぜひ、この祈りの時恵みの時に求めて行って

ください。また、明日からパウロ牧師が来てくださり聖会があります。大阪は、火曜日です。聖会を通しても神様は語って

くださいますので、さらに期待して祈っていきましょう。           (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2017年10月15日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師
聖書箇所・・・それと同じように、信仰も、もし行いがなかったなら、それだけでは、死んだものです。

                                           (ヤコブの手紙 2章17節)

 これは今年度与えられたみ言葉です。皆さん、この1年間信仰を使ってきたでしょうか。 昨日、神学校でパウロ秋元牧師が

「祈りのノートを作って、祈ってください。必ず救われるから」と言っていました。大阪でも先日、人が救われました。聖会

はがきを差し上げたので、その方が来られたらいいなと思います。  先月牧師になられたばかりの方の救いの証を聞きました。

その方の義理のお母さんが、家族やお嫁さんの救いのために熱心に祈っていたそうです。祈られている本人は興味がなかった

そうですが、ある時夢を見たそうです。真っ暗な中にいて、一筋の光があり、その光の方に行ったら神々しい方がおられたの

で、思わず「ああ、仏様!」と言うと「違う。私はイエス・キリストだ。」と答えられたというのです。それからその女性は

キリストを信じるようになり、ご主人も娘さん達も救われました。まず祈ってください。祈っていく中で、み言葉が与えられ

たなら、それを告白していってください。私たちの信仰の戦いは、内側にあります。「どうせ無理だ」とか「祈っても仕方な

い」とか思って祈りをやめてしまったら、その戦いは敗北です。救いだけでなく、経済を求めるとか、病のいやしを求めると

かの祈りもあります。祈る前から失望していませんか。祈っていく中で信仰が与えられていきます。

 この年度末の時(私達の群れでは11月が年の始まり)、普段の祈りプラス年末の感謝をしていきましょう。この時を大切に

して徹底し感謝していきましょう。どうしても感謝できない事の背後には神様の祝福があるからです。今年度、信仰を働かせ

新年度に向けて豊かな祝福を見てゆきましょう。                        (文責:ハンナ吉田)

 

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2017年10月8日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・ そこで、イエスはパンを取り、感謝をささげてから、すわっている人々に分けてやられた。

         また、小さい魚も同じようにして、彼らにほしいだけ分けられた。 (ヨハネの福音書 6章11節)

 

 今日の聖書箇所は、5千人の給食のところです。人里離れた所に成人男性が5千人と女性・子どもを合せると2万人近くいた

かもしれません。その人達にパンを食べさせようとイエス様は言いました。でも周りには何もありません。5つのパンと2匹の

魚があったが、「それが何になりましょう。」と弟子は言いました。しかし、イエス様は感謝をささげてパンと魚を割き人々

に与えました。余った分を集めると12のかごにいっぱいになりました。すばらしい奇跡が起こりました。私たちもどんなに貧

乏になっても信仰があれば必要なものは与えられるという例話であると共に、これは実際にあった話です。

 イエス様は神の国の力という事を言っています。祈り求めることが信仰の一歩です。信仰の土台というのは神のみ心なのです。

神様が「来なさい」と言うならば行くことができます。諦めずに祈り求めてください。神様がことばを与えてくださいます。しっ

かりとそれを握ってさらに必要のために祈ってください。聖書には「求めなさい」とあります。まず祈ること。み心ならば神様が

はっきり示してくださいます。み心でない時も分かるように教えて下さいます。ぜひ、皆さんの願いを祈る前から諦めないでくだ

さい。ご自身の弱さ足りなさを感謝していってください。そして、多くの神様の答えを見ていく者となっていきましょう。

                                             (文責:神崎久美子)

 

 

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2017年10月1日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・  エルサレムに平和のために祈れ。「おまえを愛する人々が栄えるように。」    (詩篇 122篇6節)

 

 今日は「エルサレムに平和のために祈る日」です。チャーチ・オン・ザ・ウエイのジャック・ヘイフォード牧師が提唱して

始まりました。今日は世界中でイスラエルの平和のために祈っています。私たちの教会でも参加し、祈ることができたことを

感謝します。イスラエルは「神の国」の象徴です。イスラエルが平安であるということは神の国が平安であるということです。

 イスラエルを祝福するものは祝福されます。 エルサレムは世界3大宗教、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教の聖地です。

現在はエルサレムの神殿の丘にイスラム教の黄金ドームが建っていて、そこではイスラム教以外の人が祈ったりできないように

なっています。神殿の丘というのは、イエス・キリストが十字架にかかられる前には、そこだけが神を礼拝する場所でした。キ

リストが十字架にかかられたことを通して聖霊が全ての信じる人々に内住されて、私たちが神殿になりました。すごい大きな事

ですが、だからエルサレムはどうでもいいという事ではありません。聖書によると神殿の丘に反キリストが第三神殿を建てます。

反キリストは中東和平を締結します。これが、黙示録の時代の始まりです。それからの7年間、患難時代が始まります。中東問題

というのはエルサレムの所有権の争いです。この解決は、世界全体に影響を与えていきます。ですから私たちは絶えずエルサレム

の平和のために祈り見守っていく必要があります。このことはすごく重要な事です。更にエルサレムの平和のために祈り、この地

上における召しを全うしていきましょう。                     (文責:ハンナ吉田) 

 

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2017年9月24日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・ マタイの福音書 7章24節

        だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者はみな、

        岩の上に家を建てた賢い人に比べることができます。

                                       (マタイの福音書 7章24節〜29節)

 岩の上に家を建てるとは、山上の垂訓のイエス様のメッセージをちゃんと聞いて、それを守り行うならば、それは岩の上に

建てられた家のように、どんな大きな問題が起こったとしても決して揺るがされることはないということです。今日は、山上

の垂訓の一番最後のところです。山上の垂訓では「あなた方の宝は天に積みなさい。地上の富や喜びを求める人生ではなく、

寄留者として天国人として歩みなさい。」と繰り返し書かれています。ですから皆さん、山上の垂訓マタイ5章〜7章をよく読

んで覚えて頂きたいと思います。そしてみことばを聞いたらそれを実践していく、その時にその人の人生がは岩の上に建てら

れたようなしっかりとした揺るがない人生となっていきます。今アメリカからニュージーランドへどんどんっ人が引っ越して

いるようです。これから大変な事になっていくと思われます。アメリカがくしゃみをすれば、日本は風邪をひくとも言われて

います。アメリカが大変になれと日本も大変になるという事です。これから大変な時代に入っていきます。今私たちは信仰を

使う訓練が導かれています。まず祈ることが信仰を使う事です。みことばに沿って神が第一になっていなかったら悔い改めて

ください。神のみことばにしっかりと立ってみことばに沿った歩みを成していく時に、私たちは、神の助けを見ていきます。

ぜひ、みことばに従い歩んでいきましょう。                   (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2017年9月17日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・ マタイ福音書 7章13節

       狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。

        そして、そこから入っていく者が多いのです。           (マタイ福音書 7章13節〜23節)

 13節、いのちに至る道は狭く歩みにくいが、滅びに至る道は広く楽そうに見えます。いのちに至る狭い道を通っていくた

めには、神様に祈る必要があります。神様の助けによって正しく歩んでいくのです。15節、終わりの時代には多くの惑わし

が起こると聖書に書いてあります。たくさんの異端が出現しています。統一教会、エホバの証人、モルモン教が有名ですが、

最近はワンネス(イエス・キリストだけが神とするもの)も増えてきています。ノンクリスチャンの方から見れば、同じよ

うに見えます。しかし、全然違うのです。マーリン・キャロザース師は「本当に救われている人には喜びがある」と言われ

ました。 私たちは聖書をよく読み、見分けていく必要があります。16節には「実によって見分ける」とありますが、その人

を通してどんな実(癒し、解放など)が結ばれているかを見て、見分けましょう。22節「主よ。主よ」と御名を呼び立てる

者ではなく、神様の御心を行う者が天国に入れるのです。私たちの信じている神様は「父、子、聖霊の三位一体」の神様で

す。殆どの異端は三位一体を信じていません。また、23節に「不法をなす者ども」とあるので、彼らは救われていません。

皆さんの愛する人々が天国に行けるように、福音を伝えていきましょう。牧師、伝道師だけが語るのではなく、皆さん一人

ひとりが人々に正しく神様の事を伝えていく必要があります。惑わしの強いこの時代に聖書を正しく学び、祈り、真実の神

様を伝えてまいりましょう。                         (文責:ハンナ吉田)

 

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2017年9月10日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・ マタイ福音書 7章7節
       求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見つかります。

       たたきなさい。そうすれば開かれます。                (マタイ福音書 7章7節〜12節)

 皆さんは何か必要な物はありますか?神様は「求めなさい」と言っています。クリスチャンでも祈っていなかったり、祈る

ことを忘れて目先のことだけになったりとか、そういうことがけっこう多いのではないでしょうか。パウロ牧師は何年か前に

奥さんとヨハネくんと3人で、パトモスに行くように神様に示されました。そうなると100万円が必要になり、パウロ牧師は

「無理」と思ってしまいました。すると神様から「あなたは祈ってませんね」と言われて悔い改めて「100万円ください」と

祈リ求めました。そしたら、2週続けて100万円入った封筒が礼拝の献金袋の中に入っており、2回めの封筒には「パウロ牧師

へ」と書いてあったそうです。求める時に与えられます。皆さんぜひ祈って祈ってください。祈らないがために損しているこ

とがたくさんあると思います。祈り求めてください。神様は何でも自由に与えることのできるお方です。聖書には「信仰のと

おりになるように」と書いてあります。絶対に与えられると信じて祈り求めるならば神様は与えてくださいます。「私なんか

の祈りは聞かれない」と思っている人は、その進行のとおりになってしまいます。不審粉場合は悔い改めてください。不信仰

は神様に喜ばれません。祈りはむなしいものではありません。神様はちゃんと祈りを聞いてくださっていますし、かつて私た

ちが祈って忘れてしまったようなことも神様は知っておられます。さらに信仰を働かせ大胆に祈り、豊かな主の祝福を見てい

きましょう。                                (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2017年9月3日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・ マタイ福音書 7章1節
       さばいてはいけません。さばかれないためです。   (マタイ福音書 7章1節〜6節)

 1節〜2節 私たちは人の事を見ていても、自分の事がわかってない事があります。聖書は裁きは神のものであり、神に委ねる

ようにと書いています。神様は公平に正しく裁いてくださいます。重要なのは、私達自身が神の前に正しくあることです。
 3節〜5節 梁とは家を建てる時に天井を支える太い材木の事です。実際、目には入りませんが、これは例えです。人間関係の

中で「どうしてあの人はこうなんだろう?こうなればいいのに」と思う時は、自分自身と神様の関係が正しくない時です。
 マーリン・キャロザース師の所に、教会役員をしている女性がやってきました。彼女の夫は未信者でアルコール中毒でした。彼

女は10年以上夫の救いのために祈ってきましたが、悔い改めないし救われません。マーリン師から「ご主人の事を感謝しなさい」

と言われ、彼女は「ええっ!?何で?」と思いましたが、他に何のしようもないので感謝の祈りを始めました。祈っていく中で自

分が恥ずかしいので夫が救われるようにと祈っていた事を示されました。彼女は夫を裁いていたのです。彼女は悔い改め、続けて

感謝していきました。夫は山の中へドライブして行き、酒を飲もうとしたら、まずくて飲めず吐き出してしまいました。その途端

に悔い改めが与えられ、家に帰り妻に教会に連れて行ってくれと頼みました。その晩、教会の集会で夫は救われました。今では夫

婦揃って神様に仕えています。
 6節 『豚に真珠』とはよく言いますが、ふさわしくない者にふさわしくない物を与えてはいけないと言うことです。
人をさばく時、その人と神様との関係が良くない時です。私たちは全ての事を感謝して、人間関係においても豊かな主の祝福を見

ていく者となりましょう。                               (文責:ハンナ吉田)

 

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2017年8月27日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・ マタイ福音書 
       だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。

                                            (マタイの福音書 6章25節〜34節)

         

 今、山上の垂訓から学んでいます。イエス様は「天に宝を積みなさい。」と何回も語られています。それは神様を第一として神様の使

命を全うしていうことです。ぜひ神様に聞いてください。今朝のパウロ牧師の預言で「あなたがちゃんと聞くなら、必ず私はあなた方に

分かるように語っていこう。」 と言われています。ですから、「自分は何をしたらいいですか」と聞いて、使命を全うして頂きたいと

思います。

 私はアルバイトをしていますが、職場の方々は本当によく働きます。一生懸命に仕事をして、その行き先がどこに向かっているのか、

分かっているのだろうかと思う事があります。私は天国に行くことがはっきり分かっていますが、一生懸命がんばって働いても永遠の滅

びになってしまったら、何のために働いているのでしょうか。神様を第一として歩むその人生は、豊かな神様の祝福を刈り取ることがで

きます。

 神様は、私たちの必要を全てご存知です。「神の国と神の義を第一に求めるなら、それは全て与えられる。」とあります。神様を第一

とすることが必要です。私たちは多くの人々に福音を伝える必要があります。さらにこれから不安定な、経済的にも大変な時代に入って

いきます。しかし、皆さんが神様を第一とするならば、決して乏しいことはなく、必要な物は何でも与えてくださいます。皆さん、この

ことばをしっかり握ってください。神様を第一として歩んでいきましょう。              (文責:神崎久美子)

 

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2017年8月20日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・ マタイ福音書 6章20節
       自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。

                                            (マタイ福音書 6章19節〜25節)

 山上の垂訓の学びの続きです。「天国に宝を積む歩みをしなさい」とくりかえし出てきます。「天に宝を積む」とはどういうことで

しょうか? 宝のあるところには私たちの心もあります。また、24節には「誰も二人の主人に仕えることはできない」とあります。あ

る人は「いや、私は要領よく両立できる」と言うかもしれませんが、神様よりも大切にしているものがある時、同時に神様をも大切に

することはできません。私たちは、「喜んで神様を第一にできるように」と祈っていく必要があります。私たちは頑張って地上にどん

なに宝をたくわえても、自分の能力以上のことはできず、それは天国には持って行けません。では、どうしたら、天に宝を積むことが

できるのでしょうか? それは、神様に言われたことに従うこと、神様から受けた召しを全うすることです。神様に言われたことに従

っていく時、実は喜びがあるのです。26聖人のうちの最年少、ルドビコ茨木は救われて間のない12歳の少年でした。彼はクリスチャ

ンとしての生活もわずかで殉教していきましたが、地上で神様に与えられた召しを全うしたので天に宝が積まれていました。更に私た

ちは、神様を第一とし、天に宝を積む歩みをしてまいりましょう。                  (文責:ハンナ吉田)

 

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2017年8月13日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・マタイ福音書6章14節

       もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。  (マタイ福音書 6章14節〜18節)  

 

 私たちは、イエス・キリストの十字架によってすべての罪が赦されて、そして神の愛を受ける恵みが与えられています。私たちが、神様

から赦されて恵みを受ける立場になっているのに、私たちが他の人を赦してあげないならば、赦しの恵みの実質を受けることができません。

こころから救われる喜びをいつも感じていることができなくなります。聖書には「怒りやそういった感情は、その日の内に処理しなさい。次

の日に持ち越してはいけない。」とあります。怒りとか憎しみとかを長く握り続けてしまう時に、サタンに隙を与えてしまいます。サタンが

心の中に少しず住み始めます。神に反する感情を持った時には、すぐに悔い改めて、自分で仕返しをせず、正しい裁きは神様のものですから、

神様に委ねてください。

 山上の垂訓には、何度も祈りにおいても断食においても、人に見せる事がないようにとあります。また、この地上で報いを受ける時に、天

の報いが無くなります。この地上はいつか滅びますが、天の報いは永遠です。私たちは、人から賞賛され なくても、誰も気づいてくれなくて

も神様がちゃんと見ておられ、報いてくださいます。さらに私たちは、隠れたところで見ておられる主が報いてくださるように、天に宝を積

み上げて歩んでまいりましょう。                                (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2017年8月6日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・マタイ福音書6章1節〜13節

       だから、彼らのまねをしてはいけません。あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、

       あなたがたに必要なものを知っておられるからです。                 (マタイ福音書 6章8節)  

 

 神様は私たちの事をちゃんと見てくださっています。目立つ奉仕ではない印刷とか、祈祷のように人目に触れない奉仕であっても、神様

は覚えてくださっています。誰も評価してくれないと思っていても、神様は見てくださっていて、天に報い(宝)が積まれています。逆に

人からの賞賛は、天の報いを減らしてしまいます。地上は一瞬、天国は永遠です。永遠の天に宝を積みましょう。  父なる神は私たちの心

の中を見ておられるので、願いをもって祈る必要があります。祈りは言葉数が多ければ聞かれるというようなものではありません。ここに

書かれている「主の祈り」(9節〜13節)は、祈りの基本形です。こういう風に祈れば良いですよという事です。まず、主の御名をあがめ、

自分の願いよりも主のみ心がなるようにと祈り求めます。次に必要を求め、罪の赦しと悔い改め、守りの祈りをして、最後に神様をほめた

たえます。人に見せる、聞かせる祈りではなく、祈りは神様との交わりであり、会話です。どんな事でも神様に祈っていきましょう。その

祈りが、み心にかなうならば神様は聞いてくださいます。祈りを通して、たくさんの神様の祝福をうけていきましょう。

                                                   (文責:ハンナ吉田)

 

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2017年7月30日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。

       それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。

                                              (ヘブル人への手紙 11章16節)

 今日のみ言葉は、パトモス派遣で語られ、白馬キャンプでも語られたメッセージ箇所です。天国は私たちに想像できないような、すば

らしいところだと思います。

 私たちがこの地上で神様sに従っていく時にその報いは天に積み上げられます。この地上でどのように歩むかによって、天国の報いは

違ってくると聖書に書いてあります。ですから地上で召しを全うしたならば、パウロのように「私は走るべき行程を走り終えた。」と

喜んで天に帰って行けると思います。しかし、途中で止めてしまったり、逃げてしまったりした時「あー、もっと頑張っておけばよか

った。」と言うかもしれません。主が開く時が本格的な人生の始まりです。年齢は関係ありません。私たちクリスチャンに与えられて

いるビジョンというのは、私たちが選び続けるならば、必ず成就します。神様が与えてくださって、神様が助けてくださるからです。

分からないなら、ぜひ神様に聞いていってください。しっかり召しを捉えて、それに向かって歩んでいく究極的な目的というのは、天

国です。さらに皆さん、この地上における召しをしっかり捉えつつ歩んで行きましょう。     (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2017年7月23日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・だから、あなたがたは、天の父が完全であるように、完全でありなさい。      (マタイ福音書5章38〜48節)

 

 イエス様の山上の垂訓の学びの続きです。今日は5章38節〜48節を学びます。 38節「目には目で、歯には歯で〜」というみ言葉です

が、これは目をやられたら目まで。歯をやられたら歯までにしておきなさい。という意味です。やられたらやり返せという意味ではあり

ません。 39節、神様は「悪い者にはて向かってはいけません」と言われました。 44節、「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りな

さい。」コーリー・テン・ブームという女性が書かれた「わたしの隠れ家」という本があります。これは第二次大戦中にユダヤ人を匿っ

たため、ナチスの強制収容所に入れられたオランダ人クリスチャンの女性の実話です。コーリーとお姉さんは家族と別れ、ある収容所に

入れられました。そこには陰で「スネーク」と呼ばれる女性の厳しい看守がいました。コーリーのお姉さんは身体が弱く、収容所の厳し

い状況に耐えられず、とうとう病気になってしまいました。ところが、厳しいスネークがコーリーのお姉さんだけは特別扱いし、医者に

みせて、お姉さんは病院のベッドで亡くなりました。コーリーのお姉さんはスネークのために祈っていたのです。愛しにくい人を愛する

ための力は、もともと私たちにはありません。皆さんに対して悪いことをしてくる人が現れるかもしてません。その人のために神様に何

かしなさいと言われたら、それをしてください。愛しにくい人を愛する力は神様に熱心に求めるなら与えられます。愛しにくい人に対し

て愛を向けること。そうしてこそ、神の子どもとなれるのです。と言っています。 このみ言葉に従っていく時に、救われにくい人達がど

んどんと救われていきます。私たちは主に力を与えられて、隣人を愛し、また福音を語る者となって参りましょう。

                                                 (文責:ハンナ吉田)

 

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2017年7月16日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・だから、あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい。     (マタイの福音書 5章27節〜37節)

 

 一般的にも姦淫とか不倫とかは、あまりよくないと言われています。聖書にも「姦淫をしてはならない。」とあるように、神の前には

罪なのです。ここには、実際に姦淫しなかったとしても情欲を抱いて異性を見るならば、神様の前には罪とあります。目をえぐり出して、

手を切って捨てなさいと厳しいことが書いてありますが、実際に行う事ではなくて、それぐらいの強い意思を持って情欲と戦いなさいと

いう事です。マーリンさんの本「隠れた思い」には、私たちの罪は心の中の思いから始まっていくとあります。では、どう対処すればよ

いのか?誘惑する思いから、本やビデオなどから自分を遠ざけること。それでも人間は弱い者です。ですから、私たちは守られるように

祈る必要があります。実際に罪を犯したら、もう終わりなのかというと、そうではありません。悔い改めるならば赦されます。聖書の中

では、ダビデが姦淫の罪を犯しますが、心から悔い改めた結果、その相手との間に生まれたソロモンがダビデの後継ぎとなりました。心

から悔い改めるならば、どんな罪でも神様に赦すことのできない罪はありません。また、誓ってはならないとあります。これは、できな

いような誓いをしてはならないという事です。結婚とか救い、献身などに関して特に重要な事柄は、きちんと神様に祈り、真実な心から

誓いをしなければなりません。神様に祈っていきましょう。                 (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2017年7月9日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。

       廃棄するためにではなく、成就するために来たのです。                 (マタイの福音書5章17節)

 

 「山上の垂訓」の学び2回目です。イエス様が地上に来られたのは、律法を成就するためでした。イエス様の行動は、ユダヤの指導者達

から見て、律法に反するように思われていました。彼らが仕事してはいけないと考えていた安息日に病人を癒したししておられたからです。

しかし、本来律法は人を縛るものではなく、神様の御心を全うするたまにあるのです。神様を正しくおそれて神様の喜ばれる事をする(神

様に聞いて従う事)は律法を全うします。パリサイ人や律法学者達は頑なに律法を守ろうとしてましたが、人の努力ではできないことです。

 「神が愛なら、なぜ戦争がおこるんだ?どうして世の中にこんな不条理があるんだ?!」とイエス様を信じてない方によく質問されます。

唯一の神様を信じてない人々はサタンの支配下にあります。人は罪を犯したのでサタンの奴隷になりました。神様は愛の方ですが、完全で

あるが故に罪ある人たちを交わることができません。そこで、神様の一人子であるイエス・キリストが全人類の身代わりに十字架にかかっ

て、贖い(あがない。奴隷を書い戻す時にお金を払う事)をなされました。人はイエス・キリストを信じれば、サタンの支配からイエス・

キリストの支配下に移ることができるのです。まだ多くの人々はイエス・キリストの十字架の恵みを知りません。全てのクリスチャンは

この福音を伝えるようにと命じられています。
 今回は、神様との関係と共に横(隣人、家族等)との関係について聖書から学びました。ぜひこの事を覚えて歩んでまいりましょう。

                                                    (文責:ハンナ吉田)

 

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2017年6月25日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・なぜ、あなたがたは、食糧にもならない物のために金を払い、腹を満たさない物のために労するのか。

       わたしに聞き従い、良い物を食べよ。そうすれば、あなたがは脂肪で元気づこう。(イザヤ書 55章2節)

 

  今日のみ言葉を見ていきましょう。1節から読みますと、私たちが神様の元に行って求めるなら、豊かな祝福を受ける事が書いてあります。

代価はイエス・キリストが十字架で払ってくださいました。私たちはキリストの十字架のゆえにその祝福を受け取る資格が与えられているの

です。2節、神様から離れて自分勝手な歩み方で、必要以上に苦労していると書いてあります。神様の所に来て神様に従うなら、最高のもの

を受け取ることができるのです。

 8月17日には大阪城野外音楽堂で「Jゴスペルフェス」が開催されますが、Come & Worship とサラちゃんが来ます。サラちゃんは現在、

プロのサックス奏者です。高校に行かずにプロになる道を祈って選び、女性のプロ演奏者について修行していました。しかしそのうち音楽

を取るか、教会を取るかと選択を迫られ、サラちゃんは教会を選びました。プロの道は閉ざされたかように見えましたが、状況が変わりま

した。教会の前でサックスを練習していたら、ある有名ドラマーの方と知り合い、またアメリカチームに参加したらプロ演奏家のロン・ブ

ラウンさんと出会い個人レッスンしてもらえるようになりました。そして、昨年CDデビューしてプロになったのです。

 私たちも選択を迫られることがあります。その時、主の側を選んでいくと主は最善の物で祝福してくださいます。更に主に聞き従うことを

求めていきましょう。                                           (文責:ハンナ吉田)

 

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2017年6月18日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。

                                                 (ヨハネの手紙第一 5章15節)

 

 み心の祈りは必ず聞かれます。では、なぜ祈りが聞かれない時があるのでしょうか?そういう場合は、まずみ心でない祈り、それと共に不

信仰な祈りは聞かれません。感謝しながら祈ることは重要です。感謝をしていく時に信仰が引き上げられます。
感謝の祈りは信仰の祈りなのです。信仰を持って祈っていくなら神様は聞いてくださいます。そのために何かしなければならないことがある

ならば、神様に語られたことをしていく時にそのことが起こります。
 旧約聖書のアラムの将軍ナアマンは、不治の病<ハンセン氏病>でイスラエルの預言者に癒しを求めて行きました。彼は預言者が手を置い

て祈ってくれるだろうと思っていましたが、使用人が出て来て「ヨルダン川で7回身を浸してください。」とだけ言われたのです。対応の悪

さに怒って帰ろうとしましたが、部下に説得されヨルダン川に身を浸してみると彼の肌は幼子のようになりました。
 祈り求める時に語られた事をする。その事が重要です。皆さんもぜひ祈ってください。祈ったみ心の祈りは、すでにかなえられていますか

ら、受けたと信じてください。神様は祈りを聞いてくださいます。私たちはへりくだって祈り神様の豊かな栄光をみていきましょう。それは

ただ単に私たちが祝福を受けるだけでなく、祈ってかなえられた祈りというのは、多くの人に証となっていきます。神様が主の栄光を豊かに

表し、祈りを聞いてくださいます。                               (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2017年6月11日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないからです。(マタイ福音書 25章13節)

 

 皆さん一人一人に神様が計画を立ててくださっています。聖書を見ていきましょう。

  マタイ福音書25章前半には花婿を迎えに出る10人の娘の話が出てきます。そのうち5人はおろかで5人は賢かった。愚かな娘達は油を用意

していず、買いに行ってる間に花婿が来て宴席の扉が閉じられてしまいました。私は最初の頃、天国に入れないのかと思いましたが、そうで

はなくこれは「携挙」のことを言っています。 「携挙」には(1)患難前携挙説、(2)患難中携挙説、(3)患難中携挙説 の3つの説があり

ます。私たちの群れでは(2)患難中携挙説です。空中再臨の時「主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、、、」

とあり、「ラッパ」がポイントとわかります。神のラッパの鳴る時は、黙示録にある7つのラッパとマタイ福音書24章31節「人の子は大きな

ラッパの響きとともに、御使いたちを遣わします。(中略)四方からその選びの民を集めます。」がありますが、これは携挙ではないので、黙

示録にある第7のラッパ(患難時代中間の3.5年の時に吹かれる)が妥当と思われます。黙示録10章6〜7節には「神の奥義が成就する」とあり、

これは第一コリント15章51〜52節の「奥義」と同じと思われ、「患難中携挙説」を支持しています。 私たちは注意深く目を覚まして世の流れ

を見ていく必要があります。聖霊に満たされ、花婿なるキリストを待ち望みましょう。私たちの群れの使命は、終末とリバイバルの働きです。

この群れに属する全ての人がその使命を受けています。皆さんも神様に聞き、賢い娘達のように備えをしていきましょう。

                                                    (文責:ハンナ吉田)

 

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2017年6月4日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・神はラケルを覚えておられた。神は彼女の願いを聞き入れて、その胎を開かれた。(創世記 30章22節)

 

 ヤコブはラケルと結婚しましたが、不本意ながらも姉のレアも一緒に娶る事になりました。姉のレアには、次々と子どもが生まれましたが、

ラケルにはなかなか生まれませんでした。ラケルは歳をとってもなかなか生まれない状況の中、神様に祈り続けていました。そしてようやく

ヨセフが生まれ、彼はヤコブの子ども達の中でも特別の計画を持った人でした。特別に可愛がられていたヨセフを妬んだ兄弟たちは、彼を商

人に売り渡しエジプトに連れて行かれました。しかし神様の計画によってエジプトの総理大臣になるという不思議な人生を歩みました。そし

て、飢饉が起こった時に家族はヨセフによって救われたわけです。その特別な計画がヨセフにありました。彼が計画を全うするためにラケル

には、なかなか子どもができませんでしたが、最善の時にヨセフが生まれたのです。

 皆さんは、祈っていく中ですぐ聞かれる祈りもあれば、なかなか聞かれない祈りもあると思います。でも、み心なら必ず聞かれます。ラケ

ルも 長い間祈っても子どもが与えられず、だんだん歳をとっていく、しかし彼女は祈り続けました。そして神様は、時が来た時に、最善の時

にその祈りを聞いてくださいました。長く祈る背後には、神様の大きな計画があります。私たちは、諦めることなく忍耐を持って、主がなさ

れる業を期待して見ていきましょう。                     (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2017年5月28日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます。

                                                 (マタイの福音書 24章14節)

 

 アメリカのトランプ大統領がイスラエル、パレスチナを訪問し、ローマ法王とも会ったというニュースが報道されました。中東和平のために

動いているようです。聖書では中東和平は「反キリスト」が締結すると書いてあります。最初は「良い人」のようにして出て来ますが、後に独

裁者となります。私たちは中東和平に注目していかなければなりません。  今日のみ言葉には、世の終わりまでに全世界に福音が伝えられると

あります。これはリバイバルの事を指しています。聖書によるとリバイバルは、黙示録の患難時代7年間の前半3.5年のうちの短い期間に起こる

と書いてあります。その時が近づいてきています。

 15節「聖なる所」とはエルサレムの神殿の事です。そこを政治的に支配して立つのが反キリストで、それを見たならば終わりの時代が始まっ

たという事になります。終わりの時代には福音宣教が大きく進んで行きます。それと共にカリスマの働きが大きく用いられていきます。使徒の

働き2章17節〜21節、ヨエルの預言では、色々な事が起こってくるけれど「主の名を呼ぶ者はみな救われる」とあります。イエス・キリストを

知らなければ主の名を呼べないので福音がくまなく伝えられる事がとても重要です。17節には「わたしの霊をすべての人に注ぐ」とあります。

老若男女関わらず預言するようになり、癒しや奇跡のすばらしい業が始まります。

 私たちは備えが必要です。これから多くの人々が教会に来るので、その方々を教えるために神学校で学んでいます。今、それぞれ神様に語られ

ている備えを成していきましょう。目を覚まして本格的リバイバルに備えていきましょう。           (文責:ハンナ吉田)

 

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2017年5月21日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・それと同じように、信仰も、もし行いがなかったなら、それだけでは、死んだものです。   (ヤコブの手紙 2章17節)

 

 今日のみ言葉は、今年度この群れに与えられている言葉です。私たちはこのみ言葉を日々、心に刻んでいく必要があります。私は、以前アル

バイトをしていた時に神様にもう辞めるように語られて仕事を辞めました。アルバイトをする前には枚方で集会をしていたのですが「また枚方

に行きなさい」と語られました。そしたら、ゴスペル教室に来ていた方から久しぶりに連絡があり、今は枚方に住んでいる事がわかりました。

そして、再び枚方で集会が始まりました。その方の友達の息子さんがガンという話を聞いて、お祈りに行くことができました。祈りの中で信仰

告白をされて救いの祈りをするとお母さんも祈っておられました。2ヶ月後に息子さんは召天され今は天国におられます。お母さんは今も集会に

来られています。これらの事が開かれたのは、神様の言葉に従って出て行ったからです。

 福音を語ったり、癒しの祈りをする時にはサタンの攻撃とか恐れが来たりします。語るべき時にちゃんと語ることができるように、み心に従え

るように日々祈りましょう。神様が語られたことに従う時、神様の栄光を、救いを見、癒しの業を見ていきます。神様に語られたことを信じて、

み心をまっとうしていきましょう。                          (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2017年5月14日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、

       そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。(ヨハネの福音書 15章5節)  

 

 先日、川西でギフツのコンサートがありました。ギフツの出番が始まる時にドドッと人が入って来ました。同じ会館で勉強しているベトナム

人の学生さん達が20人〜25人位来たのです。本当にギフツって神の手がある賛美チームなんだなと思いました。私たちは神の手がある所で神

様の働きをたくさん見ます。神様の御声に聞き従う時にその豊かな勝利を見ていきます。神様に従うために、まず神様の声を聞く必要がありま

す。私たちがこの世の事柄や自分の思いでいっぱいの時には神様の声は聞こえないのです。本当にへりくだって神様の声を聞きたいと思う時に

神様の声を聞くことができます。神様の声を聞きたいと思う時には他の事に集中していては聞けません。私たちは集中して神様に心を向けて静

まる時、聖書を読み、祈り、預言を語る事が許されている人は預言を語ることで、神様は語ってくださいます。多くの場合、聖書から語られま

すが、思いの中に、また預言を通しても語られます。正しく吟味して神様に従っていきましょう。吟味の方法は神学校や預言者学校で学ぶこと

ができます。これから私たちを通して、たくさんの人たちが救われていきます。そのためには更に神様のうちに留まり、神様に聞き従う歩みを

全うしていきましょう。                                   (文責:ハンナ吉田)

 

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2017年5月7日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・彼女にマリヤという妹が居たが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。   (ルカの福音書 10章39節)

 

 イエス様が、マルタとマリヤの家を訪問された時、マルタは最善のおもてなしをしようと忙しくしているのに対して、マリヤはイエス様の足

もとで話に聞き入っていました。イエス様が訪問された目的は、神様のみ言葉を伝えることでした。マリヤは良い方を選んだとイエス様は言わ

れました。私たちもマルタのようになってしまうことがあります。一生懸命、神様のためにやっているつもりでも、神様のみ心からずれていた

ら、何の意味もありません。イエス様が望まれることは、私たちが静まって神様の声を聞き、語られた事をなすことです。そのためにも、日々

祈り、聖書を読む事はとても大切な事です。

 先週の礼拝で、預言の言葉が与えられました。霊的に厳しい大阪の地で働きを成すことは、訓練であり世界宣教の土台である事が語られまし

た。このことを聞いて、もう一度海外宣教の召しがあることを確信して、その召しに立つことができました。神様の言葉をちゃんと聞いていな

かったら、否定的な思いに惑わされて退いてしまったりします。聖書には、私たちに命の水のが溢れるようになると書いてあります。そして、

その泉は霊的に死んだ人を甦らせる力があり、死にそうな人たちを助ける力があります。私たちが神様の言葉を語る時に、その泉が溢れ出るの

です。私たちは、神様の言葉を聞いていきましょう。そして神様の言葉を語っていきましょう。  (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2017年4月30日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・最後に、私の兄弟たち。主にあって喜びなさい。前と同じことを書きますが、

       これは、私にとって煩わしいことではなく、あなたがたの安全にもなることです。(ピリピ人への手紙3章1節)

 

 パウロ秋元牧師が27日聖会のメッセージで、特に感謝と賛美のことについて語ってくださいました。感謝には3つあります。1つ目は「感謝

の祈り」、2つ目は「賛美」、3つ目は「土台は聞き従い」という事です。聞き従って感謝し賛美する事で全てが益となります。聞き従ってな

くて感謝しても助けられるかもしれませんが、その場合に全てが益になるかどうかはわかりません。まず聞き従いが土台で、感謝の祈りをし、

賛美をしていく中で神様が働かれます。

 また、「喜び」という事が語られました。皆さんは今日、喜んでいますか?私は先週1週間とても忙しかったです。関西の聖会があり、合間

に奉仕があり、賛美大会があり、アルバイトがありました。4月は休みが1日しか取れず、心の中につぶやきが出て、しかも歯が欠けてしまって、

食べると痛いのです。何で忙しい時にこういう事になるんだろうと思いました。それで、電車の中で感謝しました。忙しい事、歯医者に行けな

い事、◯◯さんが忘れ物した事もと、一つ一つ感謝しました。すると、賛美大会中は痛みを全く忘れてました。神様が守ってくださいました。

 私たちはどんな時でも感謝するべきです。このことを覚えるだけでなく実践してください。マーリンさんの本の一つに「神の秘密兵器」があり

ますが、それは「喜び」の事です。真の喜びは真実の神様を知っているクリスチャンの特権です。私たちは問題や困難に目を向けるのではなく、

神様に信頼して感謝し喜んでいきましょう。皆さんを通して人々が救われていきます。     (文責:ハンナ吉田)

 

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2017年4月23日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・それから、イエスは群衆を弟子たちといっしょに呼び寄せて、彼らに言われた。

       「だれでも、わたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」                                               (マルコ福音書 8章34節)

 

 以前、ザンビアの櫻子宣教師の証で心に残っている言葉があります。「十字架を負うという事は特別に選ばれた人に与えられた特権なの

です。」(彼女は)死に瀕する病気などもされ、厳しい中を通ってこられましたが、今は結婚もされ、さらに活躍されています。十字架と

いうのは、神様が私たちに与えてくださった恵みで、宝くじが当たるよりもすばらしい恵みなのです。

 先日、食事をした店で森牧師ご家族と一緒になったことがあります。四男のノア君は私が大阪に来たときに生まれて、もう20歳です。今

は、賛美やいろいろな奉仕をしていますが、それに比べて私は大阪に来て何をしてきたのだろう。状況はあまり変わっていません。そんな

時、神様が「あなたはそのことを感謝していますか?」と語られました。実は、十字架の背後にはすばらしい神様の計画、祝福があります。

確かに今は目に見えなくても後に多くの人達が大阪教会にやってきます。正しく十字架を負う時に十字架は軽く、文句を言っている時には

十字架はどのdん重くなりただの重荷となります。さらに感謝していきましょう。感謝していく時に十字架はいつまでも十字架でなく祝福

に変わっていきます。皆さん、神様は皆さんの事を愛してくださっています。しかし、信仰がなければ祝福を受ける事はできません。ぜひ

信仰を働かせて豊かな神様の恵みを受取って頂きたいと思います。            (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2017年4月16日(日)主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものから

       できたのではないことを悟るのです。                        (ヘブル人への手紙11章3節)

 

 神様に語られていることを成すことは、すごく重要なことです。皆さんも神様にことばを与えられているならば、それを告白し続けてく

ださい。神様の言葉を受け取ったなら信仰の対応をとっていきましょう。  私たちの神様は、日本の八百万の神々とは違います。私たちの

神様は、そのことばによって私たちを創造し、世界を創造された神様です。  先程、映像に登場したシオン君は、幼い時小児麻痺でお医者

さんからは「絶対に治らない」と言われていました。しかし、ご両親や周りの方々の祈りの中で癒やされ、中学・高校とバドミントン部で

県大会に出場するレベルにまでなりました。今は普通に立ったり歩いたりしています。神様が癒すと言われたそのことばが成就したのです。

 神様の言葉は真実です。私たちが神様のことばに従う時、神様のことばの真実を体験します。私たちの思いをはるかに超えることが起こ

ります。私たちが神様の言葉を受け、信じ従う時、そのことばの成就を見ます。皆さんも語られていることばがありますね。病気の癒しが

語られているなら、その言葉を握り「私は癒されました」と告白していきましょう。信仰の対応をして神様の祝福を見るのです。更に神様

のことばに信頼して歩み続けてまいりましょう。                           (文責:ハンナ吉田)

 

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2017年4月9日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。

                                                 (使徒の働き 16章25節)

 

  今日のみことばは、今回の感謝と賛美とリバイバルキャンプで語られたみことばです。

 私たちはマーリンさんを通して、全てを感謝することを教えられました。それと共にみ声新聞(4月16日号)には「感謝には2つのポイン

トがあり、1つは全て感謝する、祈る対応で、もう1つが賛美することだ。」という事柄が書いてあります。

 パウロとシラスは、真夜中に賛美したとあります。普通だったら文句が来ると思いますが、囚人たちは聞き入っていました。そして地震が

起こり扉が開き足かせも解かれましたが、囚人たちは逃げませんでした。このことを通して看守は神を信じ、その家族も救われました。

 賛美を通して奇跡が起こってきます。マーリンさんは毎朝、踊って賛美していました。ある時、経営が厳しい状態のイギリスの大手保険会

社ロイズ社に講師として招かれました。初めは話がなかなか入っていきませんでした。神様に語られて毎朝やっているように踊りながら賛美

しました。すると笑いが起こり、会場全体が笑い始めました。マーリンさんが神様に従って賛美した時に失望していた人たちの心の鎖が解か

れ、希望が与えられました。その後、ロイズ社は持ち直しました。私たちも日々の生活の中で賛美していきましょう。つらい時や苦しい時に

は賛美していきましょう。                                   (文責:神崎久美子)

 

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2017年4月2日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・すべての事について感謝しなさい。これがキリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

                                           (テサロニケ人への手紙第一 5章18節)

 

  今回、アメリカでひんぱんに開かれた聖書箇所は、第一テサロニケ5章16〜18節です。私たちは否定的な思いにどっぷり浸かっている時に

神様の声は聞こえません。聞こえるのは自分の思いか、サタンの声です。感謝すると神様の声を聞き始め、励ましを受けたり、問題の解決を

得たりします。感謝することは「神様が望んでおられる」事なので、とても重要な事です。人はよく悪いことが起こると神様のせいにします

が、実際に悪いことを起こしているのはサタンです。ヨブ記1章9〜12節にはサタンが出てきて、ヨブが祝福を失ったらきっと神をのろうに

違いないと言います。サタンは私たちを苦しい目に合わせ痛めつけるのが目的ではなく、私たちが痛めつけられ神様をのろうようにするのが

目的なのです。私たちが問題や困難でブツブツ文句を言うとサタンが喜ぶのです。皆さん、日々神様の勝利を見ていってください。皆さんが

感謝する時、人生は大きく変わっていきます。神様を賛美する人からはサタンは逃げていきます。悪い事も感謝する時、神様がサタンを裁か

れるので、サタンは逃げるのです。「神様がこの問題の後ろにすばらしい計画を持ってられますから感謝します!」と祈りましょう。感謝し

ていくと神様が勝利を取られ、問題の解決だけでなく戦利品が与えられます。今までサタンが妨げてきた様々な祝福を受け取ることができる

のです。ですから絶えず神様に感謝をささげていきましょう。意識して感謝する人となりましょう。  (文責:ハンナ吉田 原文のまま)

 

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2017年3月26日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、

       完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。      (ローマ人への手紙 12章2節)

 

 今日のみ言葉は、10年位前にマーリンさんの所でセミナーを受けた時にも語られたみ言葉です。マーリンさんの本には「私たちは自分の

感情をコントロールできる」と書いてあります。私は今まで、マーリンさんの本を見るまで、また感謝と賛美の教えを知るまで、それは絶対

できないと思っていました。20年前位にマーリンさんが初来日された時のセミナーに参加できました。その中で何度も何度も「感謝してくだ

さい」と語られ、すばらしい証もされました。私も試してみることにしました。その翌日だったか、料理した鍋をひっくり返してしまい、今

までだったら怒りと落ち込みと何とも言えないマイナスな気持ちになるのですが、その時に「そうだ!感謝します」と言ってみると、今まで

とは違い、全くマイナスな気持ちにならず、それどころか喜びが湧き上がってきたのです。涙が出るくらい感動して本当に不思議な体験でし

た。「感謝します」とそれを選んで告白した時に聖霊が働きました。それから毎日感謝するように少しずつ変わっていきました。

 私たちは選ぶことができます。しかし、力がない場合もあります。ですから神様に祈りましょう。「いつも喜んでいることができるように。

いつも、あなたに心を向けることができるように助けてください。」と。また私たちは絶えず喜ぶこと、神にすべてを感謝することを選び続

けていきましょう。その時に神様の栄光をたくさん見ていくでしょう。           (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2017年3月19日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。(マタイの福音書 10章38節)

 

 今から約32年前に主の十字架の働きがスタートしました。パウロ秋元牧師は馬橋キリスト教会で副牧師をしていましたが、スキーで足

を骨折しました。その入院中に開拓を示されました。最初は福音派教会の礼拝のようなスタイルでした。神様に徹底して祈り聞き従う教

会として、御心を聞くために何時間も祈らなければなりませんでした。1つの事を決めるためにもすごく時間がかかったので、もっと早く

正確に神様の御心を知ることができるようにと祈り求めていました。その中で預言が開かれました。当時はカリスマの働きは異端と見なさ

れていたので、どんなに批判を受けるかよく判っていましたが、祈ると預言を用いるように導かれました。なんとかの舞台から飛び降りる

つもりで預言を用いていく中で、大きな祝福を見ていきました。現在の海外宣教の働きを始め、孤児院、出版、新聞、神学校、レコード会

社など、パウロ秋元牧師の予想を超えた事柄が開かれたのです。預言を通して与えられた恵み祝福は、非常に大きなものでした。もし、預

言は危ないからと止めていたら、現在の働きの半分もなっていなかったでしょう。神様に従おうとする時、必ず十字架が許されますが、従

っていく時、負った十字架の何倍、何十倍、何百倍の祝福を受けます。神様に従おうとすると必ず戦いがあります。選びにくいのです。し

かし、神様の側を選んだ時は必ず最善のものを受けます。十字架は特別な恵みです。皆さん、試練や困難を恐れないでください。その背後

には豊かな祝福があります。十字架を恐れることなく、主を選び主に従ってまいりましょう。   (文責:ハンナ吉田 原文のまま)

 

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2017年3月12日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・あなたは幼子と乳飲み子たちの口によって、力を打ち建てられました。それは、あなたに敵対する者のため、

       敵と復讐する者とをしずめるためでした。                         (詩篇 8編2節)

 

 今日のみことばは、私たちは神の前には幼子のように何の力もないものですが、私たちにできる事は、口の告白を持って神様を感謝し賛美

することです。感謝の祈りには大きな力があります。皆さんの内側で勝利できてない問題があるならば徹底して感謝してください。これから

忙しくなって問題を抱えた人たちが来たら、自分の事に関わってる時間が無くなってきます。ですから今、成すべきことをやっておいて頂き

たいと思います。今年度のみことばを通して、信仰を働かせて信仰の戦いを成していく事が語られています。今月末から「感謝と賛美とリバ

イバルキャンプ」がありますが、パウロ牧師が言っておられました。「お金がある人だけが行っているのではなく、信仰を働かせた人が行っ

ている」と。パウロ牧師の家族にこの派遣に参加するように神様から語られたことがありましたが、旅費がありませんでした。しかし、次男

のベニヤミン君は幼稚園で「牧はアメリカに行く。引っ越ししてキングコングに会う」と皆に言っていました。そうしましたら、不思議な事

に「ベニヤミン君のアメリカチームのために」と献金が与えられたのです。それを見た二人の兄弟も祈りました。祈ることは信仰の対応です。

そして結局家族でアメリカに行くことができました。皆さんも、お金がないからダメ、能力がないからダメと言っていたら、本当にその通り

になります。神様は何と言っておられるか、神様のことばが重要です。神様の語られたことはその通りになります。

                                              (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2017年3月5日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・すると、主は彼に向かって仰せられた。

       「あなたのその力で行き、イスラエル人をミデヤン人の手から救え。わたしがあなたを遣わすのではないか。」(士師記6:14)

 

先週は白馬キャンプに行ってきました。白馬キャンプの中で、「弱くても、ふさわしくなくても、神様のみことばに従う時、神様が共に居て

くださり、その時に神様のわざがあらわされる。」と語られました。私は海外の働き、特にアジア宣教、また孤児院の働き、弟子訓練、殉教

の事柄が語られています。しかし、だんだん年齢が過ぎていく中で自分の中で「英語もできないのにどうするんだおる」と不信仰な思いにな

り、本当にそうなるんだろうかと思ったりもしました。しかし、白馬で長老のメッセージを通して、「召しは決して変わらない」と語られま

した。主の時は最善で、主が語ったならば主ご自身が成してくださいます。皆さんも語られましたね?そんの事をしっかり握ってください。

そこから信仰の歩みが始まります。弱くても主に従い続けるならば、主のわざが成されるのです。主が共におられ、その働きの上に主の手が

あり、主が導いておられるからです。まだこれからどんどん働きは大きくなります。私たちの手の内にあるものではなく、主が導くならば、

すごい事が起こってきます。主の導くところに留まり、主の語られる事を成して行きましょう。私たちが主と共に歩む時、主のわざを見て

いきます。これからの主の働きに期待していきましょう。                     (文責:ハンナ吉田 原文のまま)

 

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2017年2月26日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・それと同じように、信仰も、もし行いがなかったなら、それだけでは、死んだものです。(ヤコブの手紙 2章17節)

 

 今日の御言葉の前のおtころには「暖かいものを着なさい。」と言って何もしてあげなかったら、その人は寒いままです。信仰があるなら

行いもついて来ますよと言っています。

 大阪教会もこれから巨大な教会になります。今、人数が少ない割には集会がたくさんあります。神様の約束は、全ての集会にたくさんの人

が集まってくると語られています。旧約聖書に、ある預言者が貧乏な親子に「空の器を用意しなさい」と言い、彼らは訳も分からないまま家

中のありったかのものを用意すると、準備が終わった時に油が器いっぱいに満ちたという箇所があります。

 皆さん準備しましょう。今年度は、特に信仰を働かせるという事を強く語られています。それは信仰を働かせるという事を通してたくさん

の恵みを私たちに与えようとされているからです。神様は信仰を働かせるという事を導いておられます。毎日喜びに溢れている、信仰に満ち

溢れている。さらに私たちは、感謝し信仰の告白を成していきましょう。それと共に、神様に語られたことに関しては、引くことなく信仰持

って前進していきましょう。                               (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2017年2月19日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・兄弟たちは、子羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

                                                  (ヨハネの黙示録 12章11節)

 先日、「沈黙」という映画を観ました。昔の迫害のようすを知ることができます。この中でクリスチャンの葛藤が描かれていました。

実際にこういう状況になった時、廃教してしまうでしょうか。このような状況の中でも神様を選ぶためには「祈り」が必要です。
先週一週間の内で祈ったことがかなえられた人はいますか?私は昨日の枚方聖会の前に祈っていたことが聞かれました。聖会に来た人

たちが白馬キャンプに来ますようにと祈ったら、聖会後に「行きたい」と言われたのです。ぜひ、実際に参加することができるように

とお祈りください。このような証をぜひ語ってください。
映画「沈黙」でも信仰を捨てなかった人たちは殉教しました。26聖人もただクリスチャンだというためでなくイエス様を証し続けたた

めに処刑されました。福音を伝えてはならないとか、主の名によって語ってはならないと言われる時代が来ます。しかし、私たちは恐

れてはならないのです。証のことばのゆえに打ち勝つからです。証を語らなくなったら勝利できません。私たちは戦場の中で生きてい

ますが、天国に行かれた方々が私たちのために執り成してくださっています。私たちは、神が生きておられる事、イエス・キリストが

私たちに何をしてくださったか、それを伝えることが武器なのです。イエス・キリストを語ることをやめないでください。それがこの

地上でサタンに勝利するための武器だからです。皆さんは証し人です。神様が皆さんに良くしてくださったことを語ってください。

                                            (文責:ハンナ吉田 原文まま)

 

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2017年2月12日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・私が手紙を書いたのは、あなたがたがすべてのことにおいて従順であるかどうかをためすためであったのです。

                                       (コリント人への手紙第二 2章9節)

 

 パウロは優秀な人だったにも関わらず、大変な人生を歩みました。ユダヤ人に命を狙われたり、難船したり、石打の刑にあったり、何回も

しにそうな目に遭い、それと共に肉体に何か問題があったゆです。どうしようもないことが起こる度にパウロは、神様に「助けて」と祈った

のです。祈った時に神様の奇跡が起こり助けが与えられたのです。無実の罪で投獄されていた時にパウロとシラスは賛美していました。最悪

な状況の中で彼らは賛美したのです。その時に地震が起こって獄舎の扉が開き鎖も解けてしまい奇跡が起こりました。そのことを通して看守

が救われるという、すばらしい神様の実が現されました。パウロ牧師が、メッセージの中で「私は弱い。」これはダメ。「私は弱い、神様助

けて。」これはいい。神様が助けてくださったら私は何でもできます。神のみこころならば何でもできるのです。だから私たちは、弱かった

としても神様に期待していきましょう。私たちは、神様に祈り、神様に頼り、神の恵みによって私たちは使命を全うしていきましょう。

                                            (文責:神崎久美子 原文まま)

 

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2017年2月5日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、

       はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。(ヘブル人への手紙 11章13節)

 

 今日は2月5日、日本で最初の殉教者が出た日です。今日のみことばは、主の十字架の長崎にあるお墓に刻まれている言葉です。本格的

なリバイバルの前に殉教が起こるので殉教者のためのお墓を作りなさいと神様に語られてできたお墓です。最初の殉教者達はキリストを

伝えてはならないと言われていたのも関わらず、イエス・キリストの福音を伝え続けたので逮捕されました。最年少者のルドビコ茨木は

わずか12歳でした。そんな彼もはっきりと天国を信じていました。私たちはこの地上に留まる者ではなく、誰でもいつか天に帰って行き

ます。天国に行けば、先日召天されたK兄にも再会できるでしょう。私たちは天国を目指して歩みましょう。皆さんが地上に生かされて

いることには意味があります。皆さんに語られているビジョンをしっかりと握ってください。マーリン・キャロザース師は「一人を通し

て100万人に福音が語られる」というメッセージを残されました。皆さんはご自分を通して100万人救われるようにと祈った事がありま

すか?神様が語られたなら、それができるのです。”PPAP” のピコ太郎さんは、インターネットであっという間に世界的に有名になり

ました。インターネットなら数ヶ月で100万人にメッセージが届くことも可能です。本格的な刈り取りが既に始まっています。皆さん、

まず祈ってください。そうして「私を通して100万人が救われました!癒され、開放されました!」と、ご自分のビジョンについて信仰

の告白をしていってください。ぜひ信仰持って、天国目指して歩んでゆきましょう。  (文責:ハンナ吉田 原文のまま)

 

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2017年1月29日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。

                                               (ヨハネの手紙 第一 5章15節)

 み心の祈りは聞かれる。これは神様の約束なのです。

 パウロ牧師は、神様から「パトモスに行きなさい」と語られましたが、当時の状況ではとても無理と諦めていました。神様に「祈っていま

せんね」と言われ、しぶしぶ祈り始め、語られたことに一つ一つ従って行った時にお金が与えられ、パトモスに行く事ができたのです。まず

私たちは神様が何と言っておられるか聞く必要があります。真剣に祈り神様のみ心を知りたい。語ってください。と願うならば、神様は私た

ちにわかるように語ってくださいます。それと共にパウロ牧師だから語ってくださる、私なんかには語ってくださらないと信じる人には、語

られてもわかりません。信仰の通りになります。私たちは、神様は語ってくださると信じる事、語ってくださいと願っていく事、それがとて

も大事な事です。神様んお言葉をきちんと聞く事ができれば、私たちは平安に歩むことができます。「私たちの願うことを神が聞いてくださ

ると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。」とあります。「◯◯ました」と告白していきましょう。皆さんも、

今年度、受けたと信じる信仰を働かせてください。1週間に一度、1ヶ月に一度ではなく、毎日やってください。み心なら必ず成就します。

今年度、信仰を働かせ、たくさんの祝福を見ていきましょう。               (文責:神崎久美子 原文まま)

 

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2017年1月22日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光に

       よって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。

                                                  (ローマ人への手紙 6章4節)

 

 私たちクリスチャンは一度死んで新しくよみがえらされた者です。皆さんは、いつ自分が死んだかご存知ですか?私は19歳の時にイエス・

キリストを信じる決心をして洗礼を受けました。その時は、「罪人」という意識はありませんでしたが、イエス様を信じて悔い改めるだけで

天国に行けると聞いて「ラッキー!」と思ったのです。それで、クリスチャンと言いながら世の人と同じく自分中心の歩みでした。心からの

悔い改めではなかったので、フラフラして教会に行かなくなりました。教会に行かなくなると精神的にも肉体的にも疲れてしまい、全てに疲

れ、祈って教会に行った時、「放蕩息子」のメッセージを聞きました。ある金持ちの息子が父親の生前に財産を分けてもらい、散財して無一

文となり、深く後悔し父の所に帰る話です。父は息子の帰りを毎日気に掛けていたので、変わり果てた息子でもひと目でわかり、駆け寄って

抱き寄せ、盛大に歓迎しました。これは本当に私の姿だ、神様の前に罪人だ、神様を悲しませてきたとわかりました。私は神様の愛に触れら

れ悔い改めました。自分のやりがいとか生きがいを求めていましたが、全てに挫折し失望して最後に神様の所に帰ってきた時に私の人生を神

様に捧げる祈りをしました。本当に悔い改めた時から私の人生が変わりました。神様中心とした歩みの中で私たちの人生は新しくなっていき

ます。もし神様よりも大事にしているもの(お金、大好きな人、趣味など)があれば、それらの奴隷となっています。(参考ローマ6:16〜

18)ぜひ皆さん、神様を中心として、霊の自由、魂の自由を得て歩んでいってください。        (文責:ハンナ吉田 原文まま)

 

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2017年1月15日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。

       そうすれば、そのとおりになります。                      (マルコの福音書 11章24節)

 

 皆さんは、ご自分の必要のために祈ってますか?パウロ牧師が聖会の中でも証しておられましたが、 昨年1年間で、19回ファーストクラス

に乗った証をされました。ある時からファーストクラスにならなくなり、どうしてかな?と思ったら、神様に「あなたは祈ってませんね」と

言われ、また祈り始めたらまたファーストクラスに乗り始めたという事でした。祈ることは、大変重要なことです。

 私は父の救いのためには、30年間ぐらい祈ってきました。全然救われないと思っていましたが、主の時にはあっさりと昨年の9月に救われ

ました。私はアルバイトをしていますが、耳が悪く聞こえにくいので知ってる人が来てくれたらいいなと思い朝に祈りましたら、以前アルバ

イトで一緒だった人が来られ祈りが聞かれました。すぐに叶えられる祈りもあれば、なかなか叶えられない祈りもあります。パウロ牧師がメ

ッセージで、大きな祈りが聞かれることももちろん大事ですが、小さな祈りがたくさん聞かれることも重要であると語られていました。それ

と共に小さな癒しのためにも祈ってください。数をたくさん祈ることで癒しが起こってきます。ブラジルの癒しの祈りで有名な方も1000人

目から癒しが起こり始めたそうです。祈り続けてください。祈り続けることが大切です。折りは祈り切るとと確信がきます。そしてそのとお

りになります。信仰告白を成し神様の語られたことに聞き従い、今年度もたくさん神様の祝福を見ていきましょう。

                                          (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2017年1月8日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・それと同じように、信仰も、もし行いがなかったならば、それだけでは死んだものです。

                                         (ヤコブの手紙 2章17節)

 関東とかあちこちで地震が起こっていますが、これは終わりの時のしるしです。皆さん、目を覚まして歩んでいただきたいと思います。  

この御言葉は今年度与えられた御言葉です。私たちが神様の御心を行おうとする時、様々な困難や問題に遭遇します。しかし、その困難、

問題のために毎日感謝してください。それが皆さんの霊の戦いです。一昨年のイスラエル派遣では、末期がんで余命宣告された方々が参

加されていました。彼女たちは毎日100回感謝の祈りをして、毎日100回「私は癒やされました!」と信仰告白していたと言うことです。

今年度の言葉は「そうだ!」と、ただ思っているだけではなく、信じるならばそれに伴う行いが必要で、信仰を働かせないといけないよ

うな事が起こってくるよと言うことです。大阪の教会においては「巨大な教会になる。」と言う言葉が与えられています。しかし、その

中で人の異動があったり、病気などで教会に来れなくなったり、天国に帰る方もありました。礼拝参加者が減っています。しかし、目に

見える状況にではなく、神様の言葉にしっかりと立っていきましょう。神様が語られるなら、たとえ状況がどうであれ、言葉の通りにな

ります。私たちは毎日、信仰の戦いがありますが、日々成すべきことを成し、神様の豊かな勝利を見る者となっていきましょう。

                                          (文責:ハンナ吉田 原文のまま)

 

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2017年1月1日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・私の兄弟たち、様々な試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。 (ヤコブの手紙 1章2節)

 

 私は、この教会に来てから初めて「試練は恵みである」そのことを学びました。私は前の教会で人間関係の問題が起こって教会に居づらく

なってしまいました。他の人達は神様に祝福されているのに自分だけ神様に愛されていないと感じていました。私は、この世に失望して献身

へと導かれました。ですから教会を離れて行く所もない、やりたいこともない。本当に最善の献身の道が開かれてたのにひどい状態になり

「なぜ神様はひどいことされるのだろう」そのように信仰がグラグラとなってしまいました。しかし、その試練の中で祈らざるを得ない状況

の中で祈りました。そして今の主の十字架の教会に導かれました。気が付いたら、試練を通していろんな傷とか人間関係とか改善されていま

した。本当に試練を通して私の信仰が立て上がったことを思います。もし試練に会わないで牧師に立っていたら、もう倒れて牧師を辞めてい

たと思います。今年度の御言葉を通して語られているのは信仰を働かせるという事です。信仰を働かせるとは、感謝することと祈ること、そ

して悔い改めることです。神様は、後の大いなる働きのために訓練してくださっています。さらに私たちは今、理解できないことがあっても

神様に感謝していきましょう。そして、へりくだって従って行きましょう。その中で、今年度もたくさんの神様の祝福を見ていきましょう。

                                       (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2016年12月25日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・彼のことばがそのとおりになる時まで、主のことばは彼をためした。(詩篇105篇19節)

 

 この彼というのはヨセフのことです。ヨセフはヤコブの12人の子どもの下から2番めです。兄達が労働している時も彼だけは袖の長い服を

着て、特別に甘やかされて育ちました。彼は兄達から快く思われてなかったのではないかと思われます。それにも関わらず両親や兄達が自分

にお辞儀してる夢を見た、僕は偉くなるよと言いました。ここから彼が偉くなる道が始まりました。その道は簡単な道ではありませんでした。

神様のヨセフに対する訓練が始まりました。兄達の妬みが働き、エジプトに奴隷に売り飛ばされ、しかも無実の罪で牢獄にまで入れられまし

た。偉くなる夢が与えられたにも関わらず、彼はまるで逆の方向に行ってしまいました。しかしその後大逆転し、彼は、王に次ぐナンバー2

の地位、総理大臣にまで上り詰めます。神様の言葉が成就しました。ヨセフはエジプトで最初奴隷でしたが、奴隷のリーダーでまとめる役割

をしていました。不運なことに、更に牢獄にまで入れられてしまいましたが、そこでもリーダーとしての働きをしていました。後に大臣にな

った時、そういう立場も経験した者として良い政治ができました。皆さんも神様に語られている約束の言葉があるはずです。今、全く違うっ

て感じてても、約束されている言葉を日々告白していってください。そして、祈る、感謝する、そして導かれたら悔い改めしてください。こ

れらの信仰の対応をして、今年度もたくさん約束の言葉の成就をみていきましょう。             (文責:ハンナ吉田)

 

 

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2016年12月18日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

                                                  (マタイの福音書 24章42節)

 

 黙示録(に書いてある患難時代)は、7年間と言われています。前半期3.5年は反キリストが出てきてクリスチャンに対して迫害が起こり、た

くさんのクリスチャンが殉教します。この中でリバイバルが起こると言われています。後半3.5年は大艱難時代と言って、反キリストが独裁政権

を築いて従わない人はみな殺されます。そして、しるしを受けない人達は売ることも買うこともできない。ですから、普通の社会生活が送れない

、生きることができないことになります。大患難時代に残ってしまった場合には、殉教するか背教するかどちらかしかないという事になります。

黙示録(の患難時代)中間期には、イエス・キリスト空中再臨というのがあり人々が携挙されます。どういう人が携挙されるかというと、忠実に

主に語られた召しを全うする。教会につながっている。聖霊に満たされている。賜物を用いる。そういう人たちが検挙されます。では、どうした

らいいのか?神様に祈り求めてください。神様に自分自身をゆだねて従っていく、感謝していくその中で聖霊に満たされていきます。召し、賜物

に関しては神様に聞いていってください。そして今、与えられている事柄を忠実に感謝していく中で召しが開かれ、賜物が開かれていきます。私

たちの群れの召しは、リバイバルと終末の働きですので、ぜひ目を覚まして歩んでいっていただきたいと思います。目を覚まし続けるためには教

会にしっかりとつながると共に、基本的な信仰生活から神様から語りかけを受ける、この事が重要です。しっかりと目を覚まして行っていただき

たいと思います。                             (文責:神崎久美子 ほぼ原文ママ。()は編集部補足)

 

 

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2016年12月11日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・それから、イエスは百人隊長に言われた。「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」

       すると、ちょうどその時、そのしもべはいやされた。                   (マタイの福音書 8章13節)

 5節から読みます。ローマ軍の百人隊長がイエス様の所に来てしもべの病を直してほしいと懇願したとあります。イエス様が行って直してあげ

ようと言われましたが、来られなくても、ただお言葉をくだされば私のしもべは直ります。と言いました。百人隊長は、イエス・キリストが霊的

な権威者であると分かっていたので「あなたが命じればその通りになります。」と信仰告白しました。百人隊長はイエス様が言葉を与えてくださ

れば癒やされると信じていたので、しもべは癒やされました。イエス・キリストは昨日も今日もいつまでも変わることがないので、その言葉を信

じるならば、私たちはその言葉の成就を見るのです。今までも、この群れでは神様の言葉の成就を見ています。昨年は児童養護施設がスタートし

ました。既にお子さんを3人受け取っています。これは神様が5年前に語った言葉の成就です。スプレンダーも海外で用いられると語られていて、

今回は2人のメンバーと衣装でしたがチェコで用いられました。これから更に用いられていきます。神様の言葉を受ける事は重要な事です。言葉

が語られてもそれを受け入れられないなら祈ってください。そして、語られた言葉を告白し祈り続けてください。告白していく中で更に信仰がわ

いてきます。一人で祈れない時は周りの人や教会と共に祈りましょう。神様の言葉は聖書から、また預言を通しても語られます。ぜひ神様の言葉

をしっかりと受け取り告白していってください。                                 (文責:ハンナ吉田)

 

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2016年12月4日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・誘惑に陥らないように、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。(マタイの福音書 26章41節)                                                
 イエス様は、ゲッセマネで祈っておられました。十字架はイエス様の召しですが、それを直前にして悲しくて死にそうなくらい厳しい状態にあ

りました。だから、愛する弟子たちに一緒に祈ってほしいと思っていました。しかし、弟子たちはイエス様がいつもと様子が違うと分かっていな

がらも、祈っておられる間、眠ってしまったのです。ペテロは、最後の晩餐の時に「ここにいる者が裏切ったとしても、私は死のうとも、あなた

について行きます。」と言っていました。「どんなに肉の思いが強かったとしても霊的な攻撃の前には何の力もない、だから祈りなさい。霊的な

ものに対して勝利する力は祈りから来るのです。」とイエス様は言われています。イエス様はゲッセマネの祈りが終わった後は、苦しみから開放

されました。いろんなことの勝利は、祈りの中で取られるのです。ですから、皆さんも何か心配で仕方がない時は祈ってください。祈りの中で勝

利する時に平安が来ます。そして、平安が来た時に実際的なことに対してもはっきりとした神様の勝利を見ることができます。また、召しという

のは、サタンが攻撃してくるものなのです。召しだから、黙ってても自動的に開かれるものではありません。必ずサタンの攻撃があります。です

から私たちもイエス様がゲッセマネで祈られたように祈らなければなりません。ぜひ皆さんも祈りを用いて、豊かな主の恵み祝福を受けて頂きた

いと思います。                                           (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2016年11月27日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。

                                                 (エペソ人への手紙 1章23節)

 今回は、「教会に行くことは大きな祝福である」ということを聖書から学んでいきましょう。
エペソ1章23節には「教会はキリストのからだ」と書いてあります。Ⅰコリント12章27節には「一人一人は各器官(肢体)」と書いてあります。

例えば、この指を切ってここに置いておくと死んで腐っていきます。クリスチャンも教会を離れるとそのようになるのです。
 私も自分の弱さのゆえに教会を離れた時がありました。一人で信仰を守るろうと、一生懸命努力して聖書を読もうとしたり、断食して祈ろうと

しても挫折しました。ところが恵みによって、また教会に集うようになったら、楽しくて楽しくてしかたなく、努力してがんばらなくてもよくな

りました。ただ教会に居るだけで、最前列で寝ていた人でも牧師や宣教師になって遣わされる方々が、この群れにはたくさんおられます。それが

教会の恵みです。教会にはキリストの特別な祝福があるのです。
 イエス・キリストを信じるだけで、教会に行ってなくても天国には行けます。しかし、私も体験しましたが、一人で信仰を守るのはとても大変

です。群れから外れた羊は狼に狙われます。同様に、クリスチャンも群れから離れると異端などの霊的攻撃を受け、惑わされやすくなるのです。

教会につながることは守りになります。
 私たちの教会ではオンライン礼拝(礼拝同時中継)があります。またskypeによる祈祷会も行っています。インターネットで教会につながるこ

とができます。イエス・キリストの御身体なる教会には祝福が満ちています。ぜひ、教会につながり神様の祝福を受けていく者となってまいりま

しょう。                                  (文責:ハンナ吉田 原文のまま)

 

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2016年11月20日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、

       私たちは知っています。                             (ローマ人への手紙 8章28節)

 

 皆さんは信じていますか?ご自分に神様が最善のことをしてくださっている。私は今ではそのことを信じることができます。しかし、過去においては

そうではありませんでした。あの事はいいけど、この事だけは益にならない。そういう思いが自分の中にありました。それは、心の中に傷があったこと

です。神様はその傷の手術を始められました。本当にそれは、私にとってともて痛いつらいことで、何の益になるのかさっぱり分かりませんでした。でも

つらかったので毎日々感謝していました。そうしたら開放されたのです。皆さんの人生の中においても、これだけは我慢できないと思うそのことが、実は

信仰の妨げになっているのです。どんなことでも神様は益とされます。皆さん、信じてそして感謝していってください。自分の弱ささえも益となります。

そのためには、信仰を働かせるのです。これらの信仰の対応は、1ヶ月に1回、1週間に1回ではなく毎日していく必要があります。私たちは、神様に信頼

し、今年度与えられた御言葉をしっかりと握り信仰を働かせ、皆さんを通してのすばらしい神様の栄光を見ていきましょう。それは、皆さんが祝福される

だけでなく、周りの人が神の栄光を見るためです。そしてその人たちが救われて神の恵みを体験するためです。今年度の御言葉、今日の御言葉をしっかり

握って歩んでいきましょう。                                       (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

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2016年11月13日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・それと同じように、信仰も、もし行いがなかったなら、それだけでは、死んだものです。(ヤコブの手紙 2章17節)  

 

 私達の群れでは、11月が新年度のスタートですから先週の日曜日は新年礼拝でした。今年度与えられた御言葉は、ヤコブの手紙2章17節です。

「信仰」という事柄は昨年度から語られていますが、特に今年度、その「信仰」を用いて行く中で神様のすばらしい恵みが開かれてくるという事です。  

昨年度は、児童養護施設の働きがスタートしました。約5年前語られましたが、お金も人材も全くない状態から、土地・建物が与えられ、通常より早く

国からの認可を得て、今では3人預かっています。神様の言葉が成就しました。全国展開し、大阪では聖書を読むと「子どもたちをわたしの所に来させ

なさい」と何回も語られ、神様が子どもに関する働きを導いておられると確信しています。お金も土地も資格のある人もいませんが、神様が全て与えら

れます。また、祈っていくと母子家庭に関する働きも導かれますが、神様が言われるのならできます。  夏の白馬キャンプでも語られましたが、まず

問題に関して「祈る」。「祈る」ことは信仰の一歩です。そして「感謝する」。感謝して信仰の告白をします。その上で神様に「聞き従う」のです。

大阪で示されている養護施設や、母子施設の働きですが、お金はありませんし、どうやったらいいのかもわからないです。でも、まず祈ってみ言葉が

はっきり与えられたら、信仰の感謝の祈りをします。そして、◯◯しなさいと言われたら、それに従っていく時に神様のわざが起こります。  最初か

ら諦めないでまず祈ってください。次に感謝し、語られたことに従っていくのです。皆さん、今年度は、ぜひ信仰を働かせて神様の栄光をみていきま

しょう。                                                   (文責:ハンナ吉田)

 

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2016年11月6日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・すると彼は言った。「いや。わたしは主の軍の将として、今、来たのだ。」そこでヨシュアは顔を地につけて伏し拝み、彼に言った。

       「わが主は、何をそのしもべに告げられるのですか。」(ヨシュア記 5章14節)

 

 このみことばは、2016年4月の感謝と賛美とリバイバルキャンプで語られました。そして、5月にアメリカで「リバイバルが始まりました。」と

ことばが与えられました。 これは何かと言うと私たちの群れは、約束の地リバイバルの働きに入りました。ということです。イスラエルの民も、カ

ナンの地に入り占領の歩みが始まりました。彼らの実力では、エリコを陥落させることはとうてい無理なことでした。しかし、神のことばに従った

時に圧倒的な勝利が現されました。リバイバルの働きは、決して人間の力では不可能です。しかし、神に従って行くならばリバイバルの大いなる刈

取り、日本の国がクリスチャンの国に変わることが可能なのです。私たちが心から従いたいと神様に願うこと、それが一番重要なことです。願いが

なかったらどうすればいいのか?「従いたいと思えるようにしてください。」と、そこから祈っていきます。聞き従うために重要なのは、神のみこ

とばです。ヨシュアは、神に「語ってください」と求めました。私たちも年の初めにヨシュアのように神の前にへりくだり、みことばを求めていき

ましょう。                                    (文責:神崎久美子 原文のまま)

 

◯2016年10月〜2015年11月の説教要旨は、こちらです。

                                               

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