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2016年10月30日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・いつも喜んでいなさい。(テサロニケ人への手紙 第一 5章16節)

 

 私達の群れでは11月が年の初めなので、今(10月30日)は年度の終わりです。今年度の御言葉は。ルカの福音書 3章2節「神のことばが(荒野でザカ

リヤの子ヨハネに)下った。」と4節「主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ。」でした。ヨハネは最後の預言者としてこの世に送られてきま

した。この言葉が群れに語られたのは「本格的な働きが始まるから準備しなさい」という事です。この1年間は備えの年として導かれました。
 大阪教会ではこの1年、色んな事がありました。人々の異動や天国に帰られた方もありました。色々な事柄の一つ一つが偶然ではなく、神様が新しい歩み

に備えるようにと語っておられるのです。良い事の感謝は勿論、悪いと思える事の感謝もしていきましょう。特に悪いと思える事の背後には非常に大きな祝

福、神様の恵みがあります。自分では、どうしてこんな事が?と思えるような事も感謝しましょう。18節には「これが、キリスト・イエスにあって神があな

たがたに望んでおられることです。」とあります。神様が望んでおられるのです。そして「喜びなさい。」です。喜ぶことは感情が伴っている事です。
 私は9月、経済的にピンチになりこの事も徹底して感謝しました。そして、銀行に行ったら8万円余りが振り込まれていました。これはNHKからの返金でし

た。引越以来、何年間も見てないのに受信料を払い続けていて、ようやく連絡したら返金されてきたのです。
 皆さんもこんな事がなぜ私に?と思ったとしても感謝しましょう。つぶやきではなく、感謝の祈りをして神様の豊かな祝福を受けてください。喜びに満た

されて新しい年を迎えましょう。                                      (文責:ハンナ吉田)

 

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2016年10月23日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・・ここにはおられません。よみがえられたのです。まだガリラヤにおられたころ、お話になったことを思い出しなさい。

                                                   (ルカの福音書 24章6節)

 

 先週の月曜日に木原忠治兄が召天されました。そして前夜式、召天式が行われ天国に送り出す事ができました。今日のみ言葉は、「ここにはおられません。

よみがえられたのです。まだガリラヤにおられたころ、お話になったことを思い出しなさい。」とみ使いが言いました。イエス様は、十字架に掛かった後に

3日目によみがえられました。イエス様が十字架に掛かって私たちの罪を背負って死んでくださっただけではなく3日目によみがえられました。よみがえられた

ゆえに、イエス・キリストを信じる私たちも主と共によみがえり、永遠に主と共に入ることができる。これは私たちにとって本当に大きな恵みだなと思います。

私は、志について考える時に思うのは、私たちの体は私たち自身ではなく、私たちの本当に存在しているものは霊的なものです。体は私たちの入れ物です。私

たちが死んで復活の後に与えられる体というのは、永遠に与えられる体なのです。木原兄弟は、よく祈られていました。ご家族ご親族をはじめ、教会のメンバ

ーのために、デイサービスのスタッフのためにといろんな方々のために祈ってくださっていました。兄弟が祈られた祈りを神様は受取っり、聞いてくださって

いるという確信が与えられました。私たちもいつかはこの地上から去って天に帰りますけれども、私たちはこの地上の幕屋においてなすべき使命があります。

また兄弟に会えるのを楽しみにしながら、与えられた召しを最後まで全うしていきましょう。   (文責:神崎久美子)

 

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2016年10月16日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・・だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。

              そうすれば、その通りになります。                    (マルコの福音書 11章24節)

 

 今日のみ言葉は、白馬キャンプを通して何回も語られた箇所です。信仰の基本とは、祈る・感謝と信仰告白・聞き従うという事です。これらの事を行って

行く時に、神様の言葉の成就が現されるのです。今回の聖会を通して「小さな事に忠実でありなさい。」と語られました。小さな事とは、例えば病気ならば

毎日「この病を癒してください。病が許されていることを感謝します。私は癒やされました。」と信仰の祈りと告白をなし続ける事です。まず、癒やしの言

葉を受取り、「み言葉与えられたので、癒やされました」と告白します。そして、神様に何かやるようにと示されているなら、それを行うのです。

 皆さんにとって「解決は不可能」と思えるような、家族や経済、病気などの問題があるでしょうか。しかし、神様が解決すると言われたら、その問題は必

ず解決します。聖書には「御心の祈りは聞かれる」と書いてあります。聞かれない祈りというのがあります。それは、悪い欲から出る祈りと、もう一つ、不

信仰な祈りです。

 私は、救われてから約30年間、家族の救いのために祈ってきました。父と母の救いは難しいと思っていましたが、口では「私の家族は救われました。」と

告白していました。神様の時に祈りは聞かれます。先々週、私の父が救われたのです!

 皆さんもずっと祈ってきてどうしようもないと思ったとしても、み言葉があるなら、告白してください。「こんな事していてどうなるのか?」と思ったとし

ても、やり続けてください。その中で神様の豊かな祝福と恵みを見ます。感謝し信仰の告白をなし続けるのです。「受けた」と信じる信仰を用いて豊かな神の

祝福を受取って参りましょう。                                     (文責:ハンナ吉田)

 

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2016年10月9日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

 聖書箇所・・・・だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。

              そうすれば、その通りになります。                    (マルコの福音書 11章24節)

 

 今日のみ言葉は、白馬キャンプを通して何回も語られた箇所です。信仰の基本とは、祈る・感謝と信仰告白・聞き従うという事です。これらの事を行って

行く時に、神様の言葉の成就が現されるのです。今回の聖会を通して「小さな事に忠実でありなさい。」と語られました。小さな事とは、例えば病気ならば

毎日「この病を癒してください。病が許されていることを感謝します。私は癒やされました。」と信仰の祈りと告白をなし続ける事です。まず、癒やしの言

葉を受取り、「み言葉与えられたので、癒やされました」と告白します。そして、神様に何かやるようにと示されているなら、それを行うのです。

 皆さんにとって「解決は不可能」と思えるような、家族や経済、病気などの問題があるでしょうか。しかし、神様が解決すると言われたら、その問題は必

ず解決します。聖書には「御心の祈りは聞かれる」と書いてあります。聞かれない祈りというのがあります。それは、悪い欲から出る祈りと、もう一つ、不

信仰な祈りです。

 私は、救われてから約30年間、家族の救いのために祈ってきました。父と母の救いは難しいと思っていましたが、口では「私の家族は救われました。」と

告白していました。神様の時に祈りは聞かれます。先々週、私の父が救われたのです!

 皆さんもずっと祈ってきてどうしようもないと思ったとしても、み言葉があるなら、告白してください。「こんな事していてどうなるのか?」と思ったとし

ても、やり続けてください。その中で神様の豊かな祝福と恵みを見ます。感謝し信仰の告白をなし続けるのです。「受けた」と信じる信仰を用いて豊かな神の

祝福を受取って参りましょう。                                     (文責:神崎久美子)

                                                   

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2016年10月2日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・・あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを選び、任命したのです。

              それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって

              父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。(ヨハネの福音書15章16節)

 

 先日は夏休みで実家に帰り、実家の父が脳の血管を拡げる手術をするので付き添いました。手術の危険率は50%でした。その話を聞いた父に「今は死なな

いと思うけど、イエス様を信じて天国に行くけるようにしよう。」と言うと父は信じる祈りをしました。家族の救いは私が救われてからずっと願ってきた事

でした。神様は私には遅いけれど、最善の時に最善をしてくださいました。今日の御言葉にあるように、神様が私たちを選び任命してくださり、その事に従

って行く時に私たちの願うもの(み心にかなう願い)は何でも与えてくださるのです。神様は本当に愛のお方です。私が神様に従うことで家族をないがしろ

にされる事は決して無い、私の思う以上に最善をなしてくださるのだと思わされました。神様に従う時、私たちはお金や人間関係など全てを捨てて従わない

といけないと考えます。しかし、結果的にはその100倍もの祝福を受けます。父が入院することは私にとって良くない事でしたが、結果的に最善となりまし

た。

 白馬キャンプでパウロ秋元牧師が「祈る、感謝する(信仰の告白)、聞き従う(神に言われたことを行う)」という事を語られました。私は白馬から帰っ

て、これらを実行していたら、主がわざをなしてくださいました。皆さんも与えられた信仰を働かせて、神様の豊かな祝福を受取ってまいりましょう。

                                                    (文責:ハンナ吉田)  

 

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2016年9月25日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・・高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある

              神の愛から、私たちを引き離すことはできません。             (ローマ人への手紙 8章39節)

 

 父なる神様は一番大事なご自分のひとり子である、イエス・キリストを私たちのためにこの世に遣わし、私たちの罪の身代わりとして十字架にかけてくだ

さいました。それほどまでに父なる神様は、私たちの事を愛し、そしてイエス様はご自分の命と引き換えにするほどに私たちのことを愛してくださっていま

す。 皆さんは、神差に愛されていると、今、感じていますか? 私は、大変な状況になると神様を疑いたくなってしまうのですが、信仰の対応をとっていま

す。9月は経済的に厳しい状況でしたが、神様から「十分の一」という事を示されて信仰の対応を始めた時から、献金が与えられ、思ってもいなかった経済が

与えられ、必要が満たされました。テレビを観ていないのにNHK受信料を払うことは本当に感謝できないことでした。それが、大変困った時にその受信料が

全額返ってきたのです。

 神様はすべてをご存じです。真に神様に信頼するならば、神様が全てを益としてくださる事を信じてください。そして、告白するのです。「今、問題が許

されていることを感謝します。必ずこの事が益となりますから感謝します。」と。「こんな事が」と思える事も、皆さんが神様の愛を信じて信仰を働かせる

ならば益となるのです。神様は私たちを愛してくださっています。私たちに益にならない事は何一つ許すことはありません。私たちは祝福され愛されている

者です。私たちは、毎日信仰の告白をなし、毎日勝利を取っていきましょう。時が来たら、圧倒的な勝利が現されます。私たちはそれを信じて、信仰の戦い

を日々成していきましょう。                                   (文責:神崎久美子)

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2016年9月18日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・・すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いの

              ゆえに、値なしに義と認められるのです。  (ローマ人への手紙 3章23節〜24節)

 「救い」という事を受け入れる時に、まず知らなければならないことは、私たちが「罪人」であるという事です。私は初めて教会に行った時、「罪人」と聞

かされ、驚きました。でも、よく考えると、逮捕されるような「犯罪」でなくても、まったく罪がないとは言えないと思いました。キリストを信じるなら、罪

赦されて天国に行けると聞いて、私は信じました。  最近、TVを見ると家族や隣人の殺人事件や、ひき逃げ事件が頻発しています。こうした事件を犯した人

は特別なひどい人達かというと、私はそう思いません。こういう事件は誰にでも起こりうることです。心の中に、人を憎む思いや怒りやごまかす思いがある限

り、必ずそういった事は起こってくるのです。様々な問題は罪から来ます。私はキリストを信じるまでは自分に自信がなかったですが、信じて罪赦され救われ

た時、すっきりとした気持ちになりました。私たちは死んだらまず、神の前に立ち裁判を受けます。サタンは生まれてから死ぬまで、その人がどんな罪を犯し

たかと記録していて訴えます。しかし、キリストを信じている人たちには、キリストが弁護に立ってくださいます。「この人は確かに罪を犯しました。しかし、

わたしがこの人のすべての罪を背負い、贖いました。ですから、この人は罪がありません。」と言ってくださいます。贖いというのは、奴隷をお金を払って開

放する事です。私たちは罪の奴隷でしたが、キリストを信じる信仰によって神のものとなることができるのです。心の中で人をバカと言ってしまったら罪 とな

り焼き滅ぼされると聖書に書いてあります。キリストを信じないで死んでしまった人は、生きている間にどんなに良いことをしても、永遠の罪に定められ ます。

ただ、キリストを信じるだけで値なしに義と認められるのです。聞いて信じるかどうかは、聞いた人の責任です。しかし、伝える使命は私たちクリスチ ャンに

あります。ですから祈っていきましょう。皆さんの愛する家族や友人の方々が救われるように。また、飢え乾いている魂の所に導かれ、福音を語らせてくださ

いと祈ってください。語る時は聖霊様が語らせてくださいます。                     (文責:ハンナ吉田)

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2016年9月11日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・・・彼に信頼する者は、失望させられることがない。   (ローマ人への手紙 9章33節)  

 彼とはイエス・キリストのことです。「イエス・キリストに信頼する者は決して失望させられることがない。」とあります。 これは、真実であることを最近

体験しました。というのは、大阪教会の経済が厳しい状態で8月には家賃が全額払えない状態になりました。今まで一度もこんなことはなかったのですが、今回

の事はどうしてなのか神様に「何か悔い改める事があるなら示してください。」と祈りました。その中で十分の一という思いが与えられて、神様は十分の一の

事を語っておられるのでは、と思いました。というのは、十分の一献金はしていますが、家賃は事務所と私の住まいの分を一緒に教会から振り込んでいて、余

裕のある時はしていましたが、今回は無理と聞こえないふりをしていました。もしかしたら神様はこの事を言っておられるのかなと思いました。十分の一のた

めに祈った時、献金が与えられ、先に家賃の十分の一を捧げることができました。そしたら、びっくりする事がありました。銀行口座に8万円が振り込まれて

いたのです。それはNHK受信料が返金されたものでした。私のテレビは調子が悪く何年も前からずっと観てませんでした。やっと先月NHKに連絡すると返金す

ると言うことでしたが、こんなに早く、そして、たくさんお金額に驚きました。神様は、すべての事をご存じで今この時に必要なことをなしてくださいました。

 皆さんも感謝できない事柄があると思いますが、それは神様が皆さんの祝福のために備えてくださっているのです。ですから、日々感謝していきましょう。

祈り、神様の言葉を 求めていきましょう。そして、すべてを感謝する。神様に語られたならば神に従っていく必要があります。私たちの神様は、生きて働いて

おられる神様です。イエス様は今も私たちの祈りを聞き、癒やしや奇跡を行われます。ですから、私たちは、神様に信頼して従っていきましょう。

                                                  (文責:神崎久美子)

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2016年9月4日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所・・・・・神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべての事を働かせて益としてくださることを、

               私たちは知っています。(ローマ人への手紙 8章28節)  

「すべての事を働かせて益としてくださる」と書いてあります。「神を愛する人々のためには」、聖書の他の箇所には「神を愛するとは、神の命令を守ることです」

と書いてあります。ただ感情的に愛しているというのとは違い、神様の御言葉を守り、神様に従っている人たちの事です。神様の言葉は真実ですから、どんなこと

でも益になります。私たちはこのみ言葉の通り、すべてのことについて感謝していく必要があります。私たちの戦いは信仰の戦いです。神様の言葉を信じ、その言

葉に堅く立ち続ける時に成就をみます。皆さんが、家族の救いや病のいやしについて約束の言葉を受け取っているならば、その言葉に立ち、決して動いてはならな

いのです。  ずっと祈っているのに祈りが聞かれない時、神様に忘れられている、神様に愛されていないと感じることがあると思います。人にとって「遅い」と思

う時も、神様にとっては「最善」なんです。私たちは神様に信頼していきましょう。

います。祈って神様に語られた事をなしていきましょう。                                  (文責:ハンナ吉田)

 

 

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2016年8月28日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所  それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい。」(マルコの福音書16章15節)

 

 この命令は牧師・伝道師にだけ、神学生にだけ語られた言葉ではなく、全てのクリスチャンに対して語られました。私たちの教会では海外宣教というのを

やっていて、全世界に行って福音を宣べ伝えることができます。ぜひ、皆さんも海外宣教チームに加わって、福音を伝えていただきたいです。

 何ヶ月か前にデイサービスのボランティアで施設の方から「あんまり宗教色の強い曲は、ちょっと。。」と言われましたが、心の中では逆に、もっと福音

を語りたいという願いが湧き上がってきました。皆さんの周りの方々で救われて欲しい方のため、まず祈ってください。ある牧師の証ですが、親戚に頑固で、

絶対に救われないだろうと思う人がいたそうですが、その方がガンになりました。神様に促されて病院に行き、祈りを断られました。でも、再入院の時に祈

らせてほしいと言うと今度は許可して、イエス様を信じる告白をされました。どんなに頑なに見えても神の時があります。まず祈ってください。そして神様

に導かれるなら癒やしの祈りや、福音を語ってください。聖書の続きに、病人に手を置いて祈れば癒やされると書いてあります。これらは宣教のために教会

が神様から与えられているものです。世の人々は自分の心を満たすもの、本当に助けてくれるものがあるなら知りたいと願って探しています。それを伝える

のはクリスチャンです。まず福音を語れるようにと祈ってください。そして具体的に何をするのかを神様に聞いてください。必要な力は神様が与えてくださ

います。祈って神様に語られた事をなしていきましょう。                                  (文責:ハンナ吉田)

 

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2016年8月21日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所  これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、

      地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。                (ヘブル人への手紙 11章13節)

 

 この聖書箇所の少し前にノアの事が書かれています。ノアは神様に「この世は滅びるから、箱舟を作りなさい。」と語られ、雨が降るはずもない

砂漠の地で神の言葉に従って舟を作り始めました。その中で自分のしていることに疑問を持ったかもしれませんが、作り続け、完成した時に雨が降

り始め、大洪水となり、地上の全ての生き物は死んでしまいました。私たちにも現在、ノアのような信仰の戦いがあると思います。まだ私達は何も

勝利していません。多くの人達が偽りの宗教に惑わされています。私たちはしっかりとビジョンを持っていかなければなりません。別の聖書箇所に

「なぜなら、神によって生まれた者はみな、世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ世に打ち勝った勝利です。」(ヨハネの手紙第一 5章4節)

とあります。

  今回の白馬キャンプで重要な事が語られました。信仰の土台は、①祈る、②感謝する、③聞き従うことです。祈りがない時に不信仰になってい

きます。不安な時は祈ってください。感謝することは信仰を働かせていくことです。ガンが癒やされた方の証がありましたが、その方は「私は癒や

されました。この背後に神様の素晴らしい計画があります。」と毎日100回告白し続けました。祈り、感謝の対応をしてください。そして、祈るべ

き祈りがを祈りつづけ、示された事があればその示されたことに従ってください。皆さんに問題が許される時には、それを乗り越える信仰も与えら

れています。その信仰を働かせてください。皆さんの内側に対して、戦いを挑んでくる霊的なものがあります。祈らせない、感謝させない、従わせ

ないようにするものがあることを忘れてはなりません。私たちの戦いの領域は血肉のものではありません。私たちの内側の霊的に不信仰なものに対

する戦いです。「祈る、感謝する、聞き従う」この土台の上で信仰を働かせ、豊かな主の勝利を見ていく者となりましょう。

                                                        (文責:神崎久美子)

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2016年8月14日(日) 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所  自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません。      (ルカの福音書 14章27節)

 

 主は多くの人たちに弟子になることを望んでおられます。弟子とは普通のクリスチャンと違い、イエス様の側近くで仕える人たちの事です。主の

十字架で言えば「献身者」の事です。また、他の教会でも献身的奉仕者はたくさんおられます。建物を建てる時に必要な費用が充分にあるか、まず

考えるように、本当に主の弟子になりたいなら、全てのものを捨てる覚悟をしなさいと聖書は言ってます。愛する家族の事や自分の生命はとても大

切です。しかし、それよりも神様を選ぶことができるでしょうか。

  今回、パトモスチームはトルコでクーデターに遭遇しました。銃声が聞こえ生きた心地がしなかったそうですが、「天国に帰る覚悟ができてな

かった」と思わされたということです。全てにおいて神様を第一にする決意がなければ、弟子になることはできません。弟子は人一倍困難も多い

けど、人の何倍も神様の祝福を受けるのです。「そんなことできない」と思うかもしれません。でも、私たちは死んだ後、必ず天国に行くか地獄

に行くかを決定する裁きの場に出ます。その時に永遠の天国に入れるように。ぜひ、皆さん天国を見上げて歩んでいきましょう。また、神様が弟

子へと招かれたならば、導きを拒まないで応答していって頂きたいと思います。主は「主の軍の将」として来られ、今、主の兵士となり弟子とな

る人たちを招集しておられます。心に強く導かれた方はぜひ主に応答して行ってください。              (文責:ハンナ吉田)          

 

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2016年7月31日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。

                                                 (ヨハネの手紙第一 5章14節)

                                            

 今回の白馬キャンプでは、パウロ秋元牧師のメッセージで「受けたと信じる信仰」ということが何回も語られました。

 郡山の児童養護施設の働きにおいては、5年前には何もなく、ただ神のことばだけがありました。今までの5年間の歩みは、働きの中心にいる人々

にとっては本当にドキドキだったと思います。しかし、土地が与えられ、建物が建ち、スタッフが与えられて認可が与えられました。そして、とう

とう子どもさんを受け取る事ができました。具体的に働きが始まったのです。今回のキャンプで神様が信仰を通して働いてくださったことを知る事

ができました。この事で満足しているのでなく、日本中、そして世界中に孤児院の働きをしていかなければなりません。

 信仰を働かせるには、①祈り、②感謝、③聞き従い これらのことが土台であると語られました。それと共に信仰の試しを受けるが「忍耐」して

いく中で、神の約束の成就を見ると語られました。例えば、癒やしを求めているなら、日々神に癒やしを求めて祈り、状況を感謝し、神に言われた

事をやる。やり続ける中ですばらしい神の奇跡を見ます。

 シオンの山大阪教会には、必ずキーボードの奏楽者、賛美の器が与えられます。みこころの祈りは必ずかなえられるのです。私たちは「受けた」

と信じる信仰をもって、日々祈り、感謝し、神に聞き従う歩みを全うしていきましょう。そして、大きな主の奇跡を見ていく者となってまいりま

しょう。                                               (文責:神崎久美子)  

       

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2016年7月24日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。

                                                 (マルコの福音書 11章24節)

                                            

 私たちの信仰を通して神様は働いて下さいます。今、グループホームの働きが本格的に動き始めています。神様の言葉が語られた5年前、孤児院

スタッフが、日本で児童養護施設を始めるにはどうすればいいのかを調べましたが、お金と時間が掛かって無理だという結論が出ました。しかし、

パウロ秋元牧師は「できるかできないかではなく、神様がやれと言われたのだから」と押し返したそうです。実現には最低でも10万円くらいかかり、

予算は3億円くらい必要だろうと思われました。しかし、祈っていく内に沖縄にある社会福祉法人の一部として働きを展開していく事になりました。

また、政府の方針が変わり、大規模な施設でなく、グループホームという小規模施設という事になったので、それまでの募金で土地を購入し建物が建

ちました。養育専従者も決まり、子どもの受入が決まっています。福祉関係の事柄は普通手続きに時間がかかり、5年でできたというのは奇跡的なこ

とだそうです。ここには多くの人たちの祈りと信仰の告白がありました。神様を愛するということの中には、神様に従うという事と信じるという事が

含まれています。神様は必ず自分の願いをかねてくださると信じるためには祈りが必要です。皆さんが今祈っている課題に関して、まだ不安があるな

らもっと祈っていってください。祈りきった時に平安が来ます。次に神様に語られていることを告白していってください。その通りになります。皆さ

んの信仰を通して、人々の問題が解決されていきます。ぜひ、信仰働かせた祈りを祈ってください。皆さんの信仰を通して周囲の人たちが救われてい

くのです。今まで起こらなかったような素晴らしい神様の御業が起こってきます。                 (文責:ハンナ吉田)

  

 

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2016年7月17日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。

                                         (マタイの福音書 7章7節)

                                            

 以前から大阪教会は、神様から「祈りの教会」と語られています。そして、祈り手が集められて大阪の各地で祈祷会が始まると語られています。

このために祈っていますが、ぜひ皆さんもお祈りください。祈りは必ず聞かれます。パトモスチームの主日礼拝メッセージでも語られ、トルコでも

テロとかクーデターとか許されていますが、これから私達もこのような困難な状況の中に入っていくようになります。しかし、神様に祈って神様に

従う人には、神様の守りがあります。祈りがあるのとないのでは大きな違いがあるのです。

 以前、北海道で霊の戦いがありました。終了後、高速道路を3台の車を連ねて走っていたら、突然大きなエゾシカが現れました。運転手のとっさ

の判断でスピードをゆるめることなく突き進み、鹿を跳ね飛ばしました。一番前の車は前方が大破しましたが、鹿は飛ばされて車3台の後ろに落ち、

誰も怪我することなく無事でした。警察の調べでは、普通このような場合、鹿がフロントグラスを破って助手席の人が死亡するか大怪我をするのだ

そうです。全員無事だったので警察の人が珍しがっていました。事故の起こるその時、群れの中の何人かが「事故」「動物」という事が示されて、

守りのために祈っていました。祈りを通して神様の守りがあったのです。

 私も似たような体験があります。目の前を横切っった人が知人に似ていて「あの人どうしているかな?」と思い出しました。そしたら、その晩に

「盲腸炎で入院したので祈ってください」と連絡が入りました。神様がその人のために祈るようにと導かれたのです。

 皆さんも、お祈りを導かれた時は祈ってください。神様は祈る人に豊かな恵みを注いてくださいます。祈りの答えが必ずしも私達の祈った通りで

ないにしても、最善の答えが与えられます。熱心に神様に祈り求めていきましょう。       (文責:神埼久美子)

 

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2016年7月10日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

                                         (テサロニケ人への手紙 第一 5章18節)

                                            

 18節ーすべての事について感謝する。感謝と賛美は、ちょっとした小さなことから感謝に切り替えていく体験を積んでいくことで、非常に

大きな問題にも勝利できるようになります。K牧師は以前米軍人と結婚していましたが、妊娠中にご主人から離婚されアメリカに帰られてしま

いました。日本の法律が及ばないので養育費や慰謝料の請求もできず、実家に帰り「なんて自分はついてないんだろう」と毎日泣いて、一人で

子どもを産んでアルバイトしながら子育てしました。その時に感謝と賛美という事を知って学び始め、人生を感謝していく中でご主人の事を許

せるようになれました。その後、元米軍のご主人が交通事故で亡くなり、遺族年金が出るのでアメリカに移住しました。最初は年金を狙ってる

親族に裁判を起こされたり大変でしたが、感謝で勝利しました。現在は、新しいご主人と結婚されてルイジアナ州に引越されましたが、家がな

かったり、仕事が始まらなかったりし、ここでも感謝しました。そして、最終的に日系企業の寮の管理を任されることになりました。その寮が、

住みたいと思っていた住宅で、管理人なので住居費無料でした。神様は「すべてを益にする」と聖書で語ってくださっています。神の命令に従

ってすべてを感謝するクリスチャンは豊かな祝福を受け取るのです。つぶやいてしまったら、悔い改めて感謝していってください。神様の豊か

な祝福を受け取りましょう。                                        (文責:ハンナ吉田)

 

 

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2016年7月3日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。

                                                    (マタイの福音書 6章33節)

                                            

 大阪に来てから、私は1回だけアルバイトしました。土日が休みで、派遣があるときや教会の用事がある時は休めるように祈りました。面接に行っ

たのは1社だけでしたが、祈っていたので受ける時には、返事が来る前にから「ここで働ける」という確信がありました。結果的には7年間、そこで

働くことができました。2週間の長期派遣、アメリカやイスラエル、韓国などきちんと休みをもらって行くことができました。又、牧師、伝道師は

週に1回休み(安息日)を取ってくださいと言われていて火曜日に設定してましたが、始めは安息日に関係なく仕事を入れてました。しかし、毎月、

風邪を引いて結局週に4日くらいの頻度の仕事になっていました。思い切って上司に相談して休みをきちんと取るようにすると、風邪を引くことがな

くなりました。今は示されてバイトを辞めましたが、経済は支えられ守られています。

 神様に信頼して、神様の言葉に従い、神様を第一にして生きていく時に、神様が私達の必要を満たして下さいます。

                                                        (文責:苫米地晃一)

 

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2016年6月26日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」

                                                    (マルコの福音書 8章34節)

                                            

 自分を捨てるということは、自分のやりたい事や願い、感情、そういったものよりも神様の方を優先するということです。パウロ秋元牧師は、小節

家になりたかったそうですが、クリスチャンになって献身することを選びました。そして今、著書の英訳本が出版され、チェコ語に翻訳されて売り出

されようとしています。これからパウロ秋元牧師の出版物は大きく用いられて行くと思います。

 神様に従う事、十字架を負う事は大変そうに見えますが、霊の内に喜びがあります。皆さんの人生の内にもすばらしい神様の計画があります。皆さ

んを造られたのは神様です。皆さんにどんな仕事、どんな働きが会っているかを一番良くご存知なのは、神様です。ぜひ、神様に従うことを祈り求め

てください。祈らなければ神様の御心はわかりません。個人で祈ると共に教会の祈祷会にも参加して祈ってください。祈ることを通して私たちの歩み

は、より確かなものとなっていきます。神様に従う時には、自分を捨てて十字架を負わなかればなりません。ちょっと嫌だなと思うかもしれませんが、

十字架は、へりくだって感謝して負う時、軽いのです。

 これから大変な時代になっていきますが、神様に従う人には、神様がその必要を満たし、人生を豊かな祝福で満たしてくださいます。従う人を通し

て、更に多くの人たちが神様の救いを見、癒やしを見、恵みを見ていくようになります。ぜひ、この厳しい時代だからこそ、神様を喜び、従って頂き

たいと思います。                                               (文責:神崎久美子)

 

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2016年6月19日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   世に打ち勝つものとは誰でしょう。イエスを神の御子と信じる者でありませんか。  (ヨハネの手紙第一 5章5節)

                                                

 ここに「世に勝つ」ということが書いてあります。「世に勝つ」とは、どういうことでしょうか。私達人間は生きていると、病気、リストラ、経済、

人間関係など色々な問題に直面します。中には問題の故に自殺してしまう人もいます。しかし、聖書には神様を信じるクリスチャンには世にある問題

の中にあっても勝利できると書いてあるのです。  今週のみ声新聞に佐世保の牧師であるYさんの証が載っています。Yさんは当時勤めていた会社から

リストラされました。同僚も一緒なので仕方ないと思ったそうですが、奥さんには1週間言えませんでした。でも、奥さんに告げたら、なんと「ハレル

ヤ!」と喜ばれたので、一瞬ショックで頭がおかしくなったのかと疑いました。奥さんは前からYさんが一緒に教会に行けるように祈っていたので、本

当に心から喜ばれたのです。Yさんは一緒に教会に通うようになり、キリストを信じてクリスチャンになりました。そして現在は教会の牧師です。人生

最悪と思ったリストラが、神様の働き人になるという最善の道になって、とても神様に感謝しておられます。

 皆さんも人生最悪と思える時に「ハレルヤ!」と心から喜べるようになっていただきたいです。「最悪!」と思っても、口にしないようにしましょう。

なぜなら「その人の信仰のとおりになる」からです。問題の背後には必ず神様の祝福があります。圧倒的勝利があらわされるのです。神様の勝利を見る

者となってまいりましょう。                                           (文責:ハンナ吉田)

 

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2016年6月12日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   イエスは「来なさい」と言われた。そこで、ペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った。(マタイの福音書 14章29節)

                                                  

 マタイ14章22〜33節。ペテロが湖の上を歩いた所で有名ですが、神様の御心ならば、私たちは何でもできます。

弟子たちは漁師でガリラヤ湖を熟知してましたが、嵐で叫び声をあげるような状態でした。その中で

イエス様が湖の上を歩いてこられたので、弟子たちは「幽霊だ」と勘違いして怯えました。イエス様だとわかり、ペテロは「主よ。もし、あなたでしたら、

私に、水の上を歩いてここまで来い。とお命じになってください。」と大胆に願いました。イエス様が「来なさい」と言われたのでペテロは水の上を歩いて

イエス様の方へ行き始めましたが、風を見てこわくなり、沈み始めました。ペテロがよかったのは「主よ。助けてください。」と助けを求めたことです。そ

こで、イエス様は手を伸ばして彼を助けて下さいました。

 私たちは最初信仰を持って働きを始めても、途中で信仰を失うこともあります。でも、神様は私達を励ましてくださいます。

 初期の大阪教会では突然人数が減り、教会の経済が半分になった事がありました。私は神様にひざまづいて祈りました。すると、幻が見えました。ひざま

づいて祈っている昔の大阪のクリスチャン達でした。教会の働きは私一人ではなく、沢山の人々の祈りがあって今日の働きがあると励まされました。私は、

長崎殉教聖会の時にも同じ幻を見ました。そして、今日の第一礼拝でも同じ幻を見ました。大阪教会には「巨大な教会になる」と神様から語られています。

海外宣教においても同様です。御心ならば必要は与えられます。ペテロのように信仰を用いていきましょう。          (文責:山口由華)

 

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2016年6月5日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。  (マタイの福音書 5章44節)

                                                  

 先日、私は狭い路地を渡ろうとして車にぶつかりそうになりました。私は自分は悪くない、相手が悪いと思ったのですが、心に平安がありませんで

した。神様に「それは違う」と語られたような気がして、私はクリスチャンで牧師なのに間違ったことをしていると思わされ、悔い改めて感謝のお祈

りをし、「あの方を祝福してください。救ってください。」と祈りました。祈った時には心に喜びがわいてきました。

 今日のみ言葉、普通の人にはできないと思うかもしれません。でも、神様はできないことは言われません。私達が神様のみ言葉に従おうとする時、

従うために必要な力は与えられます。

 パウロ秋元牧師の友人でルーマニア人のイリエ・コロアマさんは、息子さんを交通事故で亡くされました。加害者の方も苦しんでいるだろうと、加

害者の方のために祈られました。それから何年も経って、飛行機に載っている時、隣の席の女性と話す機会がありました。その方はルーマニア人で、

その方の娘さんが交通事故で男の子を死なせてしまい、苦しんで精神病になりましたが、家族全員がイエス・キリストを信じてクリスチャンになった

というお話でした。死んだ男の子の名前を聞いたら、イリエさんの息子さんでした。イリエさんは「私はあなたがたを憎んでいません。ずっと、あな

たがたのために祈っていました。」と伝えました。

 イエス・キリストの十字架は、敵対する者の敵意を廃棄します。私たちには敵を愛する力が与えられています。ですから、神様のみ言葉に従い、敵

をも愛する者となり、迫害する者のために祈る者となってまいりましょう。                 (文責:神崎久美子)

 

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2016年5月29日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』 と書いてある。」

                                                      (マタイの福音書 4章4節)

 

 イエス様は、飯の働きに入る時に40日40夜断食し、その後、誘惑の山でサタンの試みを受けられました。イエス様は誘惑に負けず、神様のことばに

よって勝利されました。サタンは人の弱さ、欲求(食欲、金銭欲、権力欲)をよく知っていて誘惑をかけてきます。私達が誘惑を受ける時、神様のこと

ばを選び、神様のことばに立つことが重要です。

 プロサックスプレーヤーのサラちゃんの証が、今月の月間「雲の間にある虹」に載っています。サラちゃんはアルバイトしながら、サックスのプロを

目指して高校に行かずに練習していました。プロの演奏家は仕事第一で、そのためにはすべてを犠牲にしています。サラちゃんは教会を優先していた為、

何回かバンドをクビになったことがあったそうです。「プロになりたいなら、家族や教会を捨てて、音楽を選ばないとダメ」と説得され、音楽の方を選

びそうなところまで悩みましたが、最終的には、祈って教会を選びました。結局、クビになり、色々な関係が絶たれてしまい本人も自信を失ってしまい

ました。しかし、ある日、有名なドラマーの方から、『うまいヤツはごまんといる。でも、心に響く演奏をするヤツは少ない。一緒にやろう。』と声を

掛けられ、現在、サラちゃんはプロになって活躍されています。

 的であるサタンは現状を見せてきます。しかし、真実は神様のことばにあります。私たちは、神様のことばを信じ、神様の言葉を握り続けて歩んでい

きましょう。                                                (文責:苫米地晃一)

                                               

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2016年5月22日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   あなたがたも耐え忍びなさい。心を強くしなさい。主の来られるのが近いからです。  (ヤコブの手紙 5章8節)

 

 大阪においても、長い間忍耐の時が許されていますが、「今、働きが進んでいくぞ!」という嵐の前の静けさの時のように思われます。

ヤコブの手紙5章7〜9節、パウロ秋元牧師がオーストラリア出身のジャッキー宣教師の殉教のことを書くようにと示されて、執筆中だそうです。

この殉教事件は約20数年前のことですが、今から5年前にフィリピンからエディー牧師が来られた時、預言で「ジャッキー宣教師の殉教の実が

これから現される」と語られました。

 私が大阪に遣わされてきた当時、「圧倒的勝利」と預言で語られました。「圧倒的勝利」ってなんだろうと思いつつ、これからその具体的な実

を見ていくようになります。今、「感謝の祈り」が導かれていて、色々つぶやいて感謝できなかったことを悔い改めて感謝に変えています。

 今観ている海外ドラマで、ヒロインが何回も死にそうになる所から恋人に助けられるのですが、全然ありがとうと言わないのをみていて、気が

つきました。私は神様に何回も何回も助けてもらっているけど、そのことをちゃんと感謝しているだろうかと思い、神様に心から感謝を捧げまし

た。私は神様に、約束のことばをしっかりと握り、信仰の土台を確立するようにと語られました。

 例えば、植物の成長には段階があります。農夫たちはそのことを知っており、忍耐して待っています。私達も主の時が近いことを信じて、祈り

備えていきましょう。                                     (文責:山口由華) 

 

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2016年5月15日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、      
       あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。                  (ピリピ人への手紙 4章6節)

 

 私は昨日、思い煩うことがありました。それは前歯の差し歯の事です。差し歯がグラグラして取れそうになっていたのです。

ちゃんとくっつくのだろうか? 治すのにいくらかかるのかな? 入れ歯になったらどうしよう?とか、色々考え、否定的になってました。

しかし、神様は私たちに何と言っておられるでしょうか。聖書には「思い煩うな」と書いてあります。私たちは、経済のこと、健康のこと、

家族のことなどいろんな事で思い煩うことに日々の時間を費やしているのではないでしょうか。

 聖書にある「思い煩うな」「心配するな」とは、神様の命令です。ですから、思い煩ったり、心配することは神様の命令に背くことであり、

不信仰なことなのです。不信仰は神様の働きをとどめてしまいます。では、どうすればいいでしょうか。聖書には「心の一新によって自分を

変えなさい」と書いてあります。思い煩うことをやめて、神様に感謝しましょう。私たちは感謝する時、その問題を神様にゆだねることにな

ります。ゆだねるならば、神様が最善の方法で解決してくださいます。

 ぜひ今日から、思い煩うことをやめて、感謝の祈りをしていきましょう。感謝して行く時、神様が皆さんの内に新しいことを始められます。

どうか、このすばらしい祝福を体験してください。                             (文責:神崎久美子)

 

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2016年5月8日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。

       「医者を必要とするのは丈夫な者でなく、病人です。わたしは正しい人を招くために来たのです。」                                                   (マルコの福音書 2章17節)

 

 イスラエルでは、一緒に食事をするのはとても親しい間柄で行うものというのが通例です。パリサイ人(特別に罪と一線を画す生活を送ることに厳格な

人たち)は、イエスがいつも取税人や遊女たち(すなわち罪人)と一緒に食事をされておられることに嫌悪の念を抱き、弟子たちに質問しました。「なぜ

イエスは罪人と一緒に食事をするのか?」その質問への答えが、今日の御言葉です。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく・・・」

 この地上に正しい人は何人くらいいるでしょうか?『義人は一人もいない。』と聖書にあります。自分が罪人だと自覚のある人は何人くらいいるでしょう

か?少ないでしょう。その自覚のあるわずかな人達がイエス様のもとに来ていたのです。

 私はクリスチャンになって、自分が罪人というのがわかり、悔い改めた時に人生が180度変えられ、献身の歩みが始まりました。クリスチャンライフの

最初の一歩は、自分の罪を認め悔い改めて、イエス様を信じることから始まります。大切なことは、自分自身の罪や弱さに気づき、それを認め悔い改めて

主の御前にへりくだることです。神様はへりくだった者達に、豊かな祝福と恵みを与えて下さいます。            (文責:苫米地晃一)

 

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2016年5月1日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を儲けて、ユダに攻めてきたアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので

       彼らは打ち負かされた。                              (歴代誌第二 20章22節)

 

 今日のみ言葉は、南ユダ王国のヨシャパテ王の時のことです。彼は偶像を処分するなど、割りと神様に従う良い王様でした。しかし、国全体では従って

なく、だんだん弱くされていきました。アモン人、モアブ人が攻めてきた時、勝利できない絶体絶命の時、ヨシャパテ王は神様の前にへりくだり、民全体

に断食を命じました。すると、預言者を通して言葉が与えられたのです。それが、15節〜の御言葉です。王を始め、民はその神様の御言葉を信じました。

未言葉の通りに、戦いの最前線に賛美する人たちを立て、彼らが神様を賛美した時、22節にあるように敵は神様が設けた伏兵によって打ち負かされ、敵は

逃げ去りました。敵が去った後、戦利品・分捕り物を集めるのに3日間かかるくらい祝福を受けたのです。神様が圧倒的勝利を現されました。

 しかし、ヨシャパテ王はいつも神様に従っていたわけではありませんでした。歴代誌第二18章では、アハブ王という北イスラエルの偶像を礼拝する王と

縁を結び、一緒に戦いに出かけました。預言の通り、アハブ王は変装していたにも関わらず殺され、見方は散り散りになって逃げました。ヨシャパテ王は

命からがら逃げおおせました。こういう失敗があったので、アモン人、モアブ人の連合軍が攻めてきた時、ヨシャパテ王は神様に聞き従い、圧倒的勝利を

得たのです。彼は従った時には勝利を得て、従わなかった時には悲惨な結果を見ました。

 私たちが絶えず神様に従うなら、圧倒的勝利を得ます。聞き従ったかどうかが問われます。神様に聞き従うことを熱心に求めていっていただきたいと思

います。                                                      (文責:山口由華)

 

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2016年4月24日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   向きを変えて出発せよ。そしてエモリ人の山地に行き、その近隣のすべての地、アラバ、山地、低地、ネゲブ、海辺、カナン人の地、

       レバノン、さらにあの大河ユーフラテス川にまで行け。                 (申命記 1章7節)

 

 今日のみ言葉と共に、8節「行け。その地を所有せよ。」と11節「1000倍」のみ言葉から、これから占領の歩みが始まり、シオンの山大阪教会は今の

1000倍になると語られました。神様の言葉は、そのようになる祝福の鍵です。しかし、その鍵を忘れていたり、置きっぱなしにしていては、祝福の扉を

開けることはできません。

 名古屋教会のKさんは、今年の2月にガンが再発しました。祈りつつ聖書を読んでいくと、「この戦いではあなたがたが戦うのではない。しっかり立って

動かずにいよ。あなたがたとともにいる主の救いを見よ。」(出エジプト記14章13節)とあり、この御言葉を受け取り祈りました。すると、小脳にあった

4つのガンのうち3つは消えており、残りも23ミリだったのが10ミリと小さくなっていて、手術で完全に取り除かれました。このようなことは医学的には

ありえないことで、神様の奇跡によって癒やされました。

 占領の歩みが始まることは、信仰の戦いが始まることでもあります。では、何をすればいいのしょうか。基本的な信仰生活を忠実に守っていくことなのです。

その土台は祈りと御言葉です。これらを大切にし、忠実に守って歩んで行きましょう。                     (文責:神崎久美子)

  

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2016年4月17日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまとわりつく

       罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競争を忍耐をもって走り続けようではありませんか。     (ヘブル人への手紙 12章1節)

 

 熊本で大地震が起こりました。災害はいつ起こるかわかりません。実際的な備えとともに、祈りの備えをしていきましょう。リバイバルが起こる前にこの

ような、災害が許されることがありますえ。神様は熊本、九州に素晴らしい御業をこの後現されるでしょう。ぜひ、被災地のために覚えてお祈りください。

 この地には、たくさんお人々の祈りが捧げられています。26聖人を始め、海外から日本に宣教に来てくださった宣教師たちや、私たちに福音を伝えてくだ

さった信仰の先人たちが、彼らのその生涯で見ることを期待して止まなかったリバイバルが今、来ようとしています。信仰のバトンは先人から私たちに渡さ

れているのです。

 『主の軍の将として今来たのだ。』と御言葉が語られました。本格的な占領の歩みが始まっていきます。『向きを変えて出発せよ。』とも語られました。

いよいよリバイバルの業が始まっていきます。福音を全世界に伝えるためには喜びに満たされている事が必要とマーリンさんを通して学びました。信仰の

最終ランナーとして、イエス様から目を離すことなく、与えられた使命を感謝と賛美をもって全うしていきましょう。  (文責:苫米地晃一)

 

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2016年4月10日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。

       ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった。

                                                      (使徒の働き 16章25〜26節)

 

 パウロとシラスは神様に夢で示され、マケドニアに宣教に行きました。そこには占いの霊にとりつかれた女性の奴隷がいて、いつもパウロたちについて

来て宣教の邪魔をしました。ずっと続くので、たまりかねて、パウロは彼女から占いの霊を追い出しました。この女奴隷の主人は彼女に占いをさせて儲け

ていたので、儲ける望みがなくなってしまったので、その主人はパウロを訴え出て、パウロ達は捕えられ、無実の罪でろくに取り調べもされずにムチで打

たれ、投獄されてしまいました。

 普通の人なら神様に文句を言ったでしょうが霊的に成長していたパウロ達は、この事柄の背後に神様の素晴らしい計画があると信じていました。そして、

真夜中にパウロとシラスは賛美の歌を歌いました。普通、真夜中に歌を歌ったら、「うるさい!黙れ!」と文句を言われたでしょう。しかし、囚人たちは

聞き入っていました。深い神様の御臨在で、囚人たちは神様に触れられていたと思われます。その中で突然、地震が起こり全部の獄舎の扉が開き、鎖と鍵

が解かれたのです。特別な神様の奇跡が起こったのです。神様に心を変えられた囚人たちは誰ひとりとして逃げ出しませんでした。看守は囚人たちが逃げ

たと思い、責任を問われて処刑される前に自害しようとしましたが、パウロに止められました。看守とその家族が救われ、教会の土台となる人たちが与え

られました。

 神様は不思議な方法で地域の宣教をなされました。今回のみ言葉は、先日行われた「感謝と賛美とリバイバルキャンプの月曜のデボーション箇所です。

 私たちに理解で事柄でも感謝していく時、大いなる神様の栄光を見て行きます。今年度、私たちの群れには占領の歩みということが語られています。

信仰を持ってすべてを感謝し、喜び、神様が栄光を現されるのを体験していきましょう。          (文責:山口由華) 

 

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2016年4月3日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   すると彼は言った。「いや。わたしは主の軍の将として、今、来たのだ。」 そこで、ヨシュアは顔を地につけて伏し拝み、彼に言った。

       「わが主は、何をそのしもべに告げられるのですか。」                 (ヨシュア記 5章14節)

 

 今日のみ言葉は、3月末に遣わされた「感謝と賛美とリバイバルキャンプ」チームの時のメッセージ箇所でもあります。去年の5月に「リバイバルが始ま

りました。」と語られました。それはどういうことかと言うと、イスラエルの民がヨルダン川を渡ってカナンの地には入ったばかりの時と同じで、まだ何

も占領していない状態の時です。しかし、これから占領の起こってくることを神様は語ってくださっています。

 このチーム派遣前に「感謝してガンが癒やされた」証をされた風間さんが、また脳にガンの転移が見つかりました。また徹底して祈り感謝されたと思い

ます。この群れ全体でも癒やしのために祈りました。そうしたら、4つのうち3つが消えてなくなり、残りの1つも小さくなって手術で取り除かれ癒やされ

ました。

 私たちの戦いは、世の戦いとは違い、信仰の戦いです。神様は感謝と賛美の大盾を備えてくださっています。私たちの信仰に対して、揺るがそうとして

くる様々な事柄が起こります。理不尽な事が起こってくるその中で、賛美した時に素晴らしい神様の業が起こってくるのです。

 これから、困難な事柄が許されたとしても、神様の知らないことは何もありません。問題の背後には必ず大きな勝利があります。新しい占領の歩みの中で、

いつも主の軍の将が皆さんを導いて下さいます。主を見上げ、感謝し賛美してまいりましょう。      (文責:神崎久美子) 

 

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2016年3月27日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。 (マタイの福音書 24章42節)

 

 私たちは、これから世界で起こってくることを注意深く見ていく必要があります。多くの人たちが惑わされ、真実が覆い隠される時代に突入していくから

です。聖書に、終末の事がらについてどう書かれているか、どのような形でキリストが再臨されるのかをよく見ていきましょう。 また、「せかいのおわり」

を読んで備えていきましょう。マタイの福音書25章1節からは、たとえ話が出てきます。婚礼の準備で、ともしびのための油を用意していた賢い娘達と、用

意のなかった愚かな娘達の話です。これから患難時代に入っていきます。携挙が起こる時、携挙から漏れることのないように、油の用意、すなわち聖霊に満

たされ続けていることが必要です。

 また、次に、主人からタラントを預かったしもべたちのたとえ話が出てきます。私たちは、神様から与えられているタラント、すなわち賜物を忠実に用いて

いくことが大切です。誰でも神様から一つ以上賜物が与えられています。与えられている賜物を用いないで、役に立たないしもべは外に追い出されて泣いて歯

ぎしりするとあります。つまり、携挙から漏れるということが書いてあるのです。

 賜物を用いていくということ、また、聖霊に満たされ続けていくことを熱心に求めていきましょう。

 聖霊の力とは、地の果てまでも神様の証人となる力です。求める人々に神様は聖霊を与えてくださいます。困難な時代を私たちの肉の力だけで乗り切ること

はできません。聖霊の力の恵みを受けて、備えていきましょう。時が近づいています。祈り備えていきましょう。   (文責:苫米地晃一)      

 

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2016年3月20日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   まことにあなたがたに告げます。これらのことが全部起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません。

       しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。              (マタイの福音書 24章34〜35節)

 私たちの群れには、終末の召し、リバイバルの召しが与えられています。クリスチャンの方々でも終末や携挙のことを知らない方々が多くいます。私たち

には伝えていく使命があります。今日の御言葉マタイの福音書24章34〜35節、これらのこととは、様々な困難や患難のことです。24章4節〜、テロ事件や

シリアで起こっているような民族同士の争い、日本で頻発している火山の噴火や地震があります。また、惑わしの宗教も起こってきます。反キリストが神殿

を政治的に掌握する時とは中東和平のことで、その時、黙示録の時代に入るということです。

 パウロ秋元牧師の著書「せかいのおわり」をプレゼントするだけでも、これらの事がらを伝えることができます。この本の終わりには、一つの年表が書い

てあります。この年表は、黙示録の時代のことを書いています。黙示録の中野患難時代は7年間です。前半3.5年、後半3.5年と別れており、前半の3.5年の間

に7つの封印が解かれます。そして、7つのラッパが吹き鳴らされ、第3のラッパの時、放射能汚染と思われる記事があります。7つ目のラッパの後、携挙が起

こります。携挙とは、聖霊に満たされ、神から与えられた使命を全うし、賜物を用いたクリスチャンが天に携えあげられることです。クリスチャンであっても

携挙されなかった人たちは大患難時代に入ります。大患難時代は、後半の3.5年で、ここでは7つの鉢の裁きがあります。リバイバルは前半3.5年の中で起こり

ます。

 今年の白馬映像祭で1位となった映像「少年ルドビコと26の十字架」のルドビコ少年は、まだ12歳の救われて数ヶ月の男の子でした。このような子が殉教し

たのです。これは肉の力では無理なことです。しかし、神様がおられます。神様が聖霊で満たして信仰の幼い子供をも死に至るまで神様に従順な人としてくだ

さいました。私たちも聖霊で満たされることを熱心に求めてまいりましょう。                       (文責:山口由華)

 

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2016年3月13日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   主を恐れることは知識の初めである。愚か者は知識と訓戒をさげすむ。       (箴言 1章7節)

 

 主を恐れることを学ぶことは、霊的な成長の第一歩です。

 ルカの福音書5章2節〜10節には、漁師であるペテロが一晩中漁をしても何一つとれなかったが、イエス様はペテロに「深みに漕ぎ出して、網を下ろして

魚を取りなさい。」と言われました。ペテロは無理と思ったのではないかと思われますが、その言葉に従った時に、船が沈みそうになるくらいに魚が取れま

した。これは普段あり得ない驚くようなことでした。ここで初めてペテロ達は主を恐れるようになりました。イエス様はペテロに「怖がらなくてもよい。こ

れから後、あなたがたは人間を取るようになるのです。」と言われました。イエス様は神を恐れることを学んだ弟子たちに向かって、使命について語られま

した。霊的な事柄というのは、この世の法則とは違います。神様の導きは、この世の常識とは違うこともあります。私たちがへりくだって従う時に、霊の事

柄が成長し始めていきます。ペテロ達は何度も失敗しながら、イエス様の言葉は真実であることを学んでいきました。

 これから、多くに人々が救われてくると思います。私たちの思いとは違ったとしても、神の言葉にへりくだって従った時に、大いなる神の業を見ます。大

いなる刈り取りの時は近づいています。

 神様は、へりくだる人たちを用いて大いなる業をなさいます。神様を恐れつつ神様に従っていきましょう。      (文責:神崎久美子)

 

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2016年3月6日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   ですから、あなたがたは、心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストの現れのとき、

       あなたがたにもたらされる恵みを、ひたすら待ち望みました。       (ペテロの手紙 第一 1章13節)

 クリスチャンにとって、地上の住まいは仮庵つまり狩りの住まいであると聖書は言っています。クリスチャンには、本当の住まいが天国にあり約束されて

いるのです。海外のセレブが住んでいる豪邸をインターネットで見る機会が有りました。ホテルのロビーみたいな立派なリビングにプール、まるで宮殿のよ

うなお屋敷ばかりでした。しかし、私たちに用意されている天国の住まいは、決してそれに劣らないと信じています。私たちがどのように地上で歩むかによ

って、天穀の住まいが変わってきます。この地上で得た財産も名誉も天に持って行くことはできません。天に持っていくことができるのは、私たちの神様に

対する信仰と希望と愛です。

 神様が皆さんに語っておられることに従っていきましょう。地上の使命を果たすために必要な能力はすべて神様が用意してくださいます。そのためには、

皆さんが神様にその使命の事がらを聞いて従うということが必要です。

 また、これから起こってくる事を正確に捉えて準備していきましょう。戦わざるを得ないような事態がおこりますが、戦いの武器(エペソ6:11〜18)

はすでに与えられています。与えられている武器をきちんと用いることができるか?は、準備・訓練をしているか?なのです。戦いの時は一瞬です。しかし

準備期間は長いのです。

 私たちは神様の栄光があらわされるために、目の前の試練を感謝をもって耐え忍び、イエス様が来られるのをひたすら待ち望んでいきましょう。

                                                          (文責:苫米地晃一)

 

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2016年2月28日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   するとその人は言った。「わたしを去るらせよ。夜が開けるから。」しかし、ヤコブは答えた。

       「私はあなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ。」       (創世記32章26節)

 

 創世記32章26節〜28節、ヤコブがイスラエルという名に変わった時の箇所です。ヤコブには悩みがありました。それは兄エサウに命を狙われていること

でした。それで、先に荷物と家族に川を渡らせまそたが、自分は兄が怖くて一人残っていたのです。その時、神が現れました。ヤコブはその方と夜通し格闘

しました。その方(神)は、「わたしを去らせよ。」と言われましたが、ヤコブは「私の願いを聞いてくださるまで離しません。」と食い下がりました。ヤ

コブはしつこく食い下がり、結果、主から祝福を勝ち取りました。

 ヤコブという名は、押しのける者という意味があります。産まれる時、ヤコブはタッチの差で双子の弟として産まれました。長子の権利は兄エサウのもの

でした。普通、一人目の子どもは最初なので、親からたくさんの恵みを受け、ぽかんとした性格です。二番目三番目の子どもはガツガツしています。二番目

の子ヤコブは、兄の持っている長子の権利がほしくて仕方ありませんでした。母リベカは、兄弟がお腹の中にいる時に、神の人から「兄が弟に仕える」と語

りかけを受けていました。ある時、ヤコブは狩りで疲れて死にそうにお腹をすかせたエサウに1杯の煮豆と長子の権利を交換しようと持ちかけました。エサウ

は煮豆と長子の権利を交換するという愚かなことをしてしまいます。ヤコブは兄に変装して、父から兄が受けるはずの祝福の祈りを受け取ります。兄は怒り、

とうとうヤコブを殺そうとまで思うようになります。

 一般的に見れば、ヤコブはなんてやつだと思うでしょう。しかし、神様から見れば、祝福や恵みをしつこく求めるヤコブは高評価されるのです。 人に対し

てしつこくすると嫌われますが、神さまにしつこく求めることは良いことなのです。私たちはヤコブのようにしつこく神様に必要を求めていきましょう。

                                                       (文責:山口由華)

 

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2016年2月21日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   ですから、私のほうから伺うことさえ失礼と存じました。ただ、おことばをいただかせてください。

       そうすれば、私のしもべは必ずいやされます。                     (ルカの福音書 7章7摂)

 

 今日のみことばに「おことばをいただかせてください。そうすれば、私のしもべは必ずいやされます。」とあります。私たちも神様のことばを中心として

信仰の歩みをなしていく必要があると思います。今、本当に終わりの時に来ています。また、たくさんのことばがこれから成就していく段階に入っています。

今回、白馬キャンプでたくさんのことばを受け取りました。それを放すことなくしっかりと握って歩み続ける必要があります。また、今回参加されていない

方も、この群れの全体に与えられた祝福なので、ブログや証を通して語られたことを自分のものとして受け取って歩んでいただきたいと思います。

 神様はおひとりおひとりに使命を与えておられます。パウロ秋元牧師も「『私はもう歳だから』と言う人にもやってもらいます。80歳の人でもやってもら

います。」と言っておられます。モーセは80歳から120歳になるまで働きにつき、使命を全うしました。どんな人にも神様は素晴らしい働きを備えておられ

ます。しっかり神様のことばを受け取り、使命に堅く立って歩んでいただきたいと思います。  (文責:神崎久美子)

 

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2016年2月14日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   愛を追い求めなさい。また、御霊の賜物、特に預言することを熱心に求めなさい。

                                              (コリント人への手紙 第一 14章1摂)

 

 神は愛です。愛を追い求めよとは、人の愛ではなく神の愛を求めよということです。つまりは、神の御言葉を求めよということです。神様は愛の証として

わたしたちに賜物をプレゼントしてくださいました。御霊の賜物である預言の言葉は、前田牧師ご夫妻をいやしたように、特別な祝福恵みがあります。また、

預言は教会形成の働きの中でも重要な役割を持っています。

 私は、はじめ大阪の牧師になることは全然頭になく、預言を通して大阪教会の牧師になると語られた時には驚きました。 しかし、今こうし大阪教会の牧師

として働きに就いています。現在、主の十字架の教会は日本中、世界中にあり、また出版や賛美の働きも盛んですが、これらの働きは預言を通して語られ、ス

タートしました。先日のハワイチームでは、賛美隊のGIFTSが路上賛美した時、たまたま日本から旅行に来ていた少女がいました。お付き合いしていた彼氏が

亡くなって傷ついた彼女を励まそうと友人たちが企画し、旅行に来ていたそうです。その彼女が賛美を通して神様に触れられ、号泣し癒やされたそうです。また、

自殺しようとしていた人が賛美を通して自殺を思いとどまったり、神様の愛に触れられて変えられていく、そのような御業が次から次へとあらわされています。

クリスチャンには、それらの賜物が与えられているのです。

 良い天気の日も雨の日もありますが、雲の上はずっと晴れています。霊的なことをきちんとする(早天の祈りを持ったり、聖書を読んだり、お祈りの時間を持

つこと)と、霊的なことが安定していきます。神様から与えられている賜物を用いていく時に、私たち自身が神様の愛に満たされていくことにもなるのです。

 霊的な土台をしっかりさせ、賜物を受け取り、熱心に用いていきましょう。                    (文責:苫米地晃一)

 

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2016年2月7日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません。

                                             (ルカの福音書 14章27摂)

 私たちの教会の名前は「主の十字架」という名前です。これは、主の十字架を負うという意味です。

 クレネ人シモンがイエス様の十字架を負ってカルバリの丘までイエス様と共に歩んでいきました。私たちの教会にも、そのような使命が与えられています。私

たちの教会は、主が語られた事に従って歩む教会です。一見、無理と思われる事柄を主が語られますが、主が語られたのならば、必ず主が成し遂げるための力を

与えてくださいます。

 殉教聖会の時、知人がバイオリンを弾いてました。私は「あれ?この人、バイオリン弾けたっけ?」と思いましたが、他にも、意外な方がバイオリンを演奏し

ていました。知人に聞くとやらざるを得なくなり、祈るとバイオリンが与えられたのだそうです。前から楽器を弾けた訳ではないのに、練習して、現在演奏して

います。すごいなと思います。楽器をやりたいなとか、主から示されているかなとおっもう方は、まず祈ってみてください。必要な楽器や能力が主によって与え

られます。

 パウロ秋元牧師は、神様にオーケストラをやるようにと語られていましたが、とても無理と思いスタートしませんでした。すると、「あなたが若い人たちの楽

器の働きを止めている。」と神様に語られて悔い改め、オーケストラをはじめました。牧師賛美の奏楽がエレガントになりました。演奏者達は、ほとんど初めて

の人たちでした。オーケストラが始まって1年位経つでしょうか。今はちゃんとしたきれいな音が出ています。

 神様に語られたなら、無理と思わずに祈り聞き従って、神様の御業が表わされるのを期待していきましょう。主はご自分の語られたことを必ず成し遂げてくだ

さるからです。                                           (文責:山口由華)

 

 

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2016年1月31日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   『心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』 

       次にこれです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』この2つより大事な命令は、ほかにありません。

                                              (マルコの福音書 12章30節〜31摂)

 

 30節、「あなたの神である主を愛せよ。」とあります。「神を愛するとは、神の命令を守ることです。」と他の聖書箇所にあります。それは、神様の言葉に従い、

神様の御心を行うことです。神様は、私たちにできることを語って下さいます。しかし、妨げてくるサタンの存在があります。私たちが弱くて従えないような時にも

神様に祈り続け、願い続けていくならば、私たちの霊は神様に強められます。私たちの信仰を強めるためには何が必要でしょうか。それは毎日、祈ったり聖書を読む

という信仰の基本的な事を続けることです。

 31節、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」崎の30節とこの31節の2つのみことばが、律法を全うする重要なことです。自分自身を愛することができ

なければ、隣人を愛することはできません。感謝できない人がいるなら、まずその人を感謝してください。その時に、神様が私たちの心の中にある暗闇、傷に触れて

くださり、傷から開放してくださいます。そして、自分自身を受け入れられるようになり、自分を愛するようになれば、隣人を愛することができるようになります。

ひとつひとつ丁寧に感謝していきましょう。ぜひ、皆さん、自分を愛してください。そして、そのうえで神様に従っていただきたいと思います。

                                                 (文責:神崎久美子)

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2016年1月24日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。

                                                (マタイの福音書 9章33節)

 

 今日のみことばは、私がいつも支えられている聖書の箇所です。私が牧師に任命され大阪に異動する時に、当時の関西の長老には早く来るようにと催促されて

いましたが、経済が満たされず、動けずにいました。期限が来て、いよいよという時、まさに直前の日曜日に経済が与えられ、アパートの契約金を支払い、鍵を

もらって移ってくる事ができました。海外からの奉仕者が来る時は大きな費用がかかります。しかし、教会のメンバー数は変わらないのに、いつも経済が満たさ

れて謝礼をお渡しすることができました。長老からは「困っていたら相談して」と言われていましたが、私は絶対に人には頼らないと決めていて、御言葉に立っ

ていました。そして、確かに神様はいつも支えてくださいました。御言葉の原則を守る時、神様が支えてくださるのです。私が神学生だった時に、祈祷会をさぼ

って家で寝転んでいた時がありました。すると、たちまち経済が厳しくなりました。すぐに悔い改めたら、神様が憐れんでくださって、必要な経済を満たしてく

ださいました。

 ローマ人への手紙8章32節「私たちすべてのために。ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子と一緒にすべてのものを、私たちに

恵んでくださらないことがありましょう。」

 神様は求める人に豊かに最善のものを与えてくださいます。大胆に神様に求めてまいりましょう。             (文責:苫米地晃一)

 

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2016年1月17日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。

       神があなたがたのことを心配してくださるからです。           (ペテロの手紙第一 5章7節)

 

 最近、一家心中とか子どもを殺してしまうニュースを見ますし、インターネットで人生相談のコーナーを見ると、家族や自分の将来、経済的な事を

とても心配しています。しかし、聖書では、神様は「思い煩わないでいなさい」と語っておられます。

 今日の聖書箇所が書かれた時代は、クリスチャンへの迫害が厳しく、普通の生活をすることが難しい、また人間関係や経済など様々な不安がありま

した。初代教会時代、クリスチャンは殉教したり、逮捕されたりしており、信仰がなければやっていられない状況でした。では、具体的にどうすれば

よいのかということが、ピリピ人への手紙4章6節に書いてあります。

 私は若いころ、将来について色々と心配していました。高校はキリスト教系で、救われるきっかけとなり、卒業後進んだ美術の専門学校で宣教師の

娘さんに誘われて教会に行く事になりました。そこで洗礼を受け、クリスチャンになりました。その後の仕事先が現在の東京アンテオケ教会の近くで

あり、アルバイトした時は「地球の歩き方」のイスラエル・フロンティア版の版下の制作をして、イスラエルに興味を持ちました。偶然と思っていた

事がそうではなく、教会を離れていた時でさえ、神様の御手があったと思います。

 私たちは将来の事を思い煩う必要はないのです。神様は完全な御手をもって働かれ、導いてくださるのです。更にこの真実な神様に信頼して歩んで

まいりましょう。                                          (文責:神崎久美子)

 

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2016年1月10日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしくわたしのところに帰っては来ない。

       必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送ったことを成功させる。           (イザヤ書 55章11節)

 

 今日の御言葉は、神様の語られた言葉は私たちの思いと違ったとしても、必ず成就するということです。この群れの児童養護施設の働きに関して

は、3年前には神の言葉だけがありました。孤児院スタッフは「無理です。」と言いましたが、パウロ秋元牧師は「無理かどうかではなく、神様の御

心なのでやっていけます。」と信仰の踏み出しをしたのです。費用が3億円かかると試算されましたが、当時は世界的な大企業との関わりがあり、こ

の企業の助けを期待していました。しかし、この企業から「日本の孤児院には重荷がありません。」と言われ大変がっかりしました。そして、徹底し

た感謝と悔い改めが導かれました。神様でなく人に頼ろうとしていたことを悔い改め、神様が語られたならば神様が成し遂げてくださると切り替えま

した。その後、それまでに与えられていた献金で土地が購入され、建物が建ちました。現在は、責任者が決まり、国の認可を待つだけになりました。

 本当に神様が語られたならば、その働きは進んでいきます。教会の働きとともに、皆さん個人個人においても、神様に語られたこと、約束されたこ

とは、必ず成就してていきます。皆さんは、その言葉をしっかりと握っているでしょうか。よくわからないと言う方はさらに祈ってください。聖書の

御言葉から語られることも多々あるので、祈りつつ聖書を読み、神様からの言葉を受け取りましょう。        (文責:神崎久美子)

 

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2016年1月3日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。             (ピリピ人への手紙 4章4節)

 

 喜ぶことは、感情です。感情で喜ぶことには、時に信仰を用いる必要があります。いま、世の中はお正月です。たくさんの人々が偶像のところに

お参りに行ってささげものをしていると思いますが、霊的なものはすべて代償を求めてきます。結局、大切なものを失うことになるのです。

 使徒16章25節。パウロとシラスは、占いの霊に憑かれている女奴隷から悪霊を追い出しました。それによって彼女は開放されましたが、彼女の主

人は占いの儲けがなくなったので、パウロたちを訴え牢屋に投獄させたのです。パウロ達はムチ打たれ、手かせ・足かせを掛けられて牢の中に居まし

た。この状態の中にあっても、パウロ達は神様が素晴らしい計画を用意されていることを信じ、喜んで神様を賛美しました。すると、地震が起こり、

牢の扉がすべて開き、かせがすべて外れました。看守は、囚人たちが逃げたと思い、責任を問われる前に自害しようとしましたが、パウロ達はそれを

引き留め、かえって福音を伝えました。パウロ達が喜び感謝したことを通して、看守とその家族が救われたのです。

 今日の御言葉は、私たちに語られているのです。許されている問題を喜んでいきましょう。問題の背後に神様の祝福のご計画をあるからです。私た

ちが喜ぶ時、周りにいる人々に喜びが流され、神様の祝福が流されていきます。

 私たちはぶつぶつと文句を言うこともできますが。喜ぶこともできます。

 あなたなら、どちらを選択しますか? 感情は後からついてくるものなのです。ですから、最初は信仰で「感謝します」と告白していきましょう。

今年度、皆さんが『喜ぶ人』として用いられる一年となることを主にあって期待しています。   (文責:苫米地晃一)

 

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2015年12月27日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦難、迫害、困難に甘んじています。

       なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。             (コリント人への手紙 第二 12章10節)

 

 自分の様々な弱さを覚える時があります。私が牧師として立てられた時、神様に「どうして男性の牧師をお縦にならなかったのですか?」と聞きま

した。当初から「大阪教会は巨大な教会になる」と神様に語られており、「巨大な教会の事は、到底人の手では成し得ないので、最初から弱い人を選

んだ」と語られました。弱くても、神さにより頼み祈る時、神様のわざがあらわされます。祈りが重要であり、私は祈る時、神様の器となります。し

かし、祈らない時、私はただのおばさんです。祈ることを通して聖霊に満たされます。

 私が尊敬する祈りの器は、世界最大の教会、ヨイド純福音教会の崔子実(サイ・シジツ)牧師です。彼女は40歳で神学校に入り、若い人たちと一緒

に勉強しました。卒業後は、おばさんだったので、どこの教会からも来てくださいと言われず、田舎の村で一人で樹の下で教会を始めました。村の中で

ある女性が中風でした。病気で体を動かすことができず、お風呂に入ることもできません。崔牧師が祈ろうとすると、最初は断られました。しかし、家

を掃除したり、体を拭いてあげたり、彼女のために家事をしている中で、癒やしの祈りを受けるようになりました。最牧師が熱心にしつこく祈っていく

中で館お女は信仰的になり、癒されていき、ついには立ち上がり、完全に癒やされました。その彼女の癒やしを通して教会に人が集まりました。

 皆さんも是非、神様の言葉を受け、信仰の祈りをしていってください。神様が必ず栄光をあらわしてくださいます。

                                                         (文責:山口由華)

           

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2015年12月20日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   信仰の創始者であり、完成者であるイエス・キリストから目を反さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、

       はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の右に着座されました。             (ヘブル人への手紙 12章2節)

 

 12章にある証人たちとは、旧約聖書に出てくるアブラハム、モーセなどの信仰者たちです。彼らは、地上における信仰の歩みを全うしました。そして

その信仰のバトンが今、終わりの時代を歩んでいる私たちに渡されました。イエス・キリストは、十字架の上で勝利を取り、最も高い神の右の座に着き、

世界を支配する権威が与えられています。どうしてそうなったのでしょうか?それは、十字架を通して苦しい所を通られたからです。最初に信仰を完成

されたのは、イエス・キリストです。私たちも、困難や問題の中でつぶやいたり、自分で何かしようとするのではなく、まず神様からのみ言葉を受け取

りましょう。み言葉を受けたら、み言葉に対する信仰の対応として、徹底して感謝するのです。

 神様は、勝利の賞品を備えてくださっています。しかし、せっかくの賞品を受ける人と、受けない人とがあります。受ける人は信仰を用いた人。受け

ない人は信仰を用いなかった人です。これから、受ける人と受けない人に大きく分かれていくでしょう。私たちは、イエス・キリストが歩まれたように

与えられた神様のみ言葉に対して信仰の対応を取り、徹底して感謝し、神様の備えられた祝福・勝利を得る者となっていきましょう。

                                                      (文責:神崎久美子)

 

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2015年12月13日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   彼のことばがそのとおりになる時まで、主のことばは彼をためした。                 (詩篇105篇19節)

 

 最近、『神のことば・・・』という預言がたくさん語られています。それは言い換えれば、神様んおことばの成就を見るという語りかけです。

今日の聖書箇所はヨセフの夢のことを言っています。ヨセフは自分が見た、偉くなるという夢を兄たちに話した結果、ねたまれて奴隷商人に売られ、また、

その後には冤罪で投獄されました。しかし、エジプト王パロの夢を解き明かす力を神様から与えられ、エジプトの総理大臣の地位を得ました。

時が来て、神様のことばが成就したのです。しかし、その寸前までは投獄されており、罪人だったのです。

 大阪教会には初期の頃から語られている事がありますが、それはこれから成就していきます。個人個人に語られていることも成就していきます。 

 私たちの霊の戦いとは、信仰の戦いです。信仰の紅白をし、語られたことが成就することを宣言していきましょう。信仰を用いて、圧倒的な主の勝利を見、

約束のことばの成就を見ていきましょう。                                   (文責:苫米地晃一) 

 

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2015年12月6日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   十分の一をことごとく、宝物庫に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。ーー万軍の主は仰せられる。ーー 

       わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。

                                                    (マラキ書 3章10節)

 

 今日の聖書の御言葉は、十分の一献金についてです。私たちの収入の十分の一は神様のものであり、それを捧げていない者は盗んでいると書いてあります。

献身者の方々は十分の一を捧げています。しかし、教会生活に慣れていない方や初めての方はひいてしまいます。皆さんは普段の生活で消費税などの税金を支

払っていますが、それに加えて、教会に収入の十分の一を払うとなるとさらに大変です。

 以前に行ってたペンテコステ派の教会で、私は十分の一の学びを受けました。当時の私の給料は月に17万〜18万円くらいで、いつも月末はギリギリでした。

そんな仲でしたが、十分の一献金を捧げることにしました。経済が苦しくなったでしょうか。いいえ、なぜかギリギリでなくなり、ちょうど神学校に行くため

に転職しましたが、月に2回、15万円ずつ収入が与えられ祝福されました。また、主の十字架に導かれ神学生となった時にもアルバイトする事もなく経済が守

られました。 経済の信仰が与えられたのは、十分の一献金を始めた時からでした。

「祝福するかどうか、ためしてみよ。」と御言葉にありますので、経済が苦しい方は試してみてください。旧約聖書を見ると、イスラエルの民が神様に従った

時は経済が祝福され国が繁栄しました。しかし、イスラエルが罪を犯した時は裁かれ、経済も苦しくなりました。ここに神様の言葉の真実を見ます。

                                                          (文責:山口由華)

 

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2015年11月29日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。       (コリント人への手紙第一 12章27節)

 

 今日はキリストのみからだについて学んでいきたいと思います。私たちのからだは、目・鼻・手・足など多くの器官からなっています。そして、それぞれが

独立して存在しているわけではなく、全てが繋がっていて助けあっています。どれかひとつでもなくなったら、満足に体の働きができなくなります。私たちの

体には何一つ不要な器官はありません。それと同じように、教会もキリストが頭であり、私たち一人ひとりが各器官なのです。私たちは一人ひとりですが、独

立したものではなく、霊的に繋がっている存在なのです。教会に属している人の中に不要な人というのは一人もなく、それぞれに与えられている使命・働きが

あるのです。

 私は今年に入って、なんだか解らないけどとにかく祈らなければいけないという思いが続いており、示される方々のために祈っています。なぜかは頭である

イエス様が全てご存じです。イエス様は祈らせてくださり、祈りを通して働いてくださいます。ですから、皆さんも祈りが導かれた時は祈ってください。

 教会のお一人お一人には、必ず、教会の働きのための使命・召しということがあります。ぜひ召された働きのためで奉仕できるようにと祈って頂きたいと思

います。そして、キリストのみからだなる教会のためにも、導かれた祈りを祈っていただきたいと思います。  (文責:神崎久美子)

 

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2015年11月22日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   それから、イエスは群衆を弟子たちといっしょに呼び寄せて、彼らに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、

      自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。いのちを救おうと思う者はすれを失い、わたしと福音のためにいのちを失う者はそれを

      救うのです。人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、何の得がありましょう。」       (マルコの福音書 8章34〜36節)

 

 先週「Son of God」という映画を見ました。内容は淡々としていて、イエス様役の俳優の顔が良すぎて批判されている映画です。ですが、十字架にかかる

シーンは感動的でした。弟子たちは離れていき、天のお父様にも見捨てられ、ムチ打たれて十字架にかかられたシーンを見て、もう一度、自分のためにかかっ

てくださったことを思い起こし、涙しました。イエス様は最後までその使命を果たされました。

 イエス様はムチ打たれた後、十字架を担ぎ、ゴルゴタの丘まで歩かされましたが、その際、何度も倒れられたため、クレネ人シモンが強制的に手伝わされ

ました。彼は初めいやいや担いていましたが、イエス様と一緒に歩きながら、変えられていきました。彼は後に、教会の中心的な奉仕者として用いられるよ

うになります。

 自分のやりたい事がありながら、神様に従うことはできません。自分のやりたいことを心に持ったままでは、神様の祝福に満ちた計画を受け取ることはで

きないのです。この世は滅び去ります。富も名声もこの世のものです。私たちは永遠に残るものを見つめ、神様が与えてくださる十字架を負って歩んでいき

ましょう。その十字架こそが最善の道であり、最善の人生なのです。自分自身を捧げて、イエス様に従うことを選んで歩むとき、この世のものとは違う喜び

神様の特別な守りを体験できます。この喜びの道を選び歩んでまいりましょう。                       (文責:苫米地晃一)

 

 

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2015年11月15日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   「見よ。わたしはシオンに、選ばれた石、尊い礎石を置く。彼に信頼する者は、決して失望させられることがない。」

                                                 (ペテロの手紙 第一 2章6節)

 最近、横浜でマンションが傾いた問題が起きています。杭が土台までしっかり届いてないことが原因でした。

 今日の御言葉ですが、選ばれた石、尊い礎石とはイエス・キリストのことです。何事でもしっかりとした基礎・土台がなかったら、揺らいでしまいます。

名古屋教会のKさんが、イスラエルチームで証されました。彼女は胃がんでお医者さんから余命3ヶ月、長くても6ヶ月と言われました。ガンが、脳、リンパ節

などあちこちに転移していました。彼女は教会の助けの中で熱心に祈り「あなたを癒す。三日目に主の宮に登る。」と御言葉で主に語られました。彼女にある

3箇所の転移したガンが奇跡的に消え、最初にできた胃がんだけになり、イスラエルに行くことができました。余命宣告された時期を過ぎていたので、本当なら

死んでいてもおかしくないはずですが、元気にツアーに参加し、一眼レフカメラで同じ教会員のお子さんの洗礼式の写真を撮影されていました。聞く所による

と、がん保険がおりたのでそのお金でイスラエルチームに参加されたそうです。そして、彼女はロシア系ユダヤ人の教会で証しされ、その証が用いられました。

彼女を含め末期がんだった方が3名、今回のチームに参加されました。

 なぜそのような素晴らしいわざが起こったのでしょう。最初ガンという悪いことが起こりましたが、癒やされた方々は主の栄光を見ることができ、信仰が

強められました。旧約聖書に出てくるヨブもそうです。神様は益になる事しか許されません。皆さんも主を信頼し、御言葉を受け取り、信仰の対応をとり、主

の栄光を見る者となってゆきましょう。                                   (文責:山口由華)

 

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2015年11月8日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   神のことばが、荒野でザカリヤの子ヨハネに下った。「主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ。」

                                                 (ルカの福音書 3章2節、4節)

 この聖書箇所は、ガリラヤ湖畔での新年度礼拝で語られたみことばです。

 そして、「せかいのおわり」の本が出版されました。この本には、これから私たちが直面していく事柄が書かれています。全人類が終末に臨んでいこうとし

ています。黙示録の時代、7年間と言われている患難時代に、大きなリバイバルが起こり、多くの救いが起こってきます。現在は黙示録の直前に入っています。

私たちの群れ、主の十字架の群れに与えられているのは、リバイバルとともに終末の使命が与えられているのです。これから大変な世の中になっていきます。

皆さんには、しっかり目を覚まして歩んで頂きたいと思います。

 イスラエル派遣中に祈った時、以前に預言を通して語られた「アジアの使徒団と働く。」「ベンジャミンさんとの関わり」を思い出しました。不思議ですが

大阪教会のビジョンと私個人のビジョンは、ぴったり合っていました。大阪教会に集っている方々は大阪教会の召しと同じはずです。

 リバイバル、終末の働きはもう始まっています。神様はことばを与えてくださっています。「主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ。」

 私たちは、教会全体として、個人として何をなすべきんあおか。神様はひとりひとりに使命を与えておられます。今年度与えられたみことばをしっかり握り

つつ歩んでいきたいと思います。                                          (文責:神崎久美子)

 

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2015年11月1日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   イエスは彼女に言われた。「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。」

                                                 (ヨハネの福音書 11章40節)

 マリヤとマルタが住んでいるベタニヤでの出来事。二人の兄弟ラザロが病気にかかっており、イエス様に来て祈ってもらえるようお願いしていました。しか

し、死んで4日経ってからイエス様は来ました。イエス様は失望に打ちひしがれている二人に言われました。「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を

見ると言ったではありませんか。」と。そして、墓の石を取り除けさせてから、感謝の祈りをささげ、「ラザロよ、出てきなさい!」と大声で叫ばれました。

すると、手と足を長い布で巻かれたままで、墓からラザロが出てきました。彼はよみがえったのです。

 皆さんには、不可能と思っている事があるでしょうか。神様に不可能はありません。病気も理由があって許されますが、神様の栄光のために用いられます。

諦めていることがあるなら、悔い改めてください。私たちの努力や能力によって、神様の栄光があらわされるのではありません。神様のことばを信じて、その

ことばに立って信仰の歩みをなすならば、神様は栄光をあらわしてくださいます。

 破壊された人間関係、医者に治らないと言われた病においても、神様は解決を与え、癒やしてくださいます。

 新年になりました。驚くべきことがあらわされてくるでしょう。神様のことばを信じるなら、その通りになるのです。自分自身を見て不信仰になってはなり

ません。神様は私たちの心の願いをかなえてくださいます。御心の願いは必ずきかれます。

 希望は神様の言葉にあります。神様からことばを受けて、希望を持って新年の歩みを始めてまいりましょう。         (文責:苫米地晃一)

 

 

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2015年10月18日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   幻がなければ、民はほしいままにふるまう。    (箴言 29章18節 前半)

 

 この聖句は、他の聖書箇所では「幻のない民は滅びる」と書かれています。私が最近観た「坂本龍馬」のドラマでは 彼は命がけで夢を追いかけその途中で

なくなったわけですが、今でも人気があるのは、彼のそのような生き方に憧れるからではないかと思います。多くの人は、目の前の現実を見て「無理」と諦め

てしまいますが、だからこそ、自分の夢や理想に向かって生きる人を尊敬するのではないでしょうか。

 聖書には、私たち一人一人に神様が定めた人生があり、使命があると書かれています。皆さんはビジョン(目標)を持って歩んでいるでしょうか。もし、わか

らないならば、神様に聞いてください。ビジョンは個々人に与えられるものですが、教会を通して与えられものです。皆さんが導かれている教会にしっかり繋が

ることを通して、ビジョンが与えられ、賜物が開かれていきます。かつて、ご自分に与えられた海外宣教の働きをしようと教会を離れてしまった方がおられました。

しかし、結局、その方は今も海外宣教の働きをしておられません。希望していた国にも行っておられません。教会を離れた時に、道が閉ざされてしまったのです。

 神様に導かれた教会に繋がっている時に、神様の御心のビジョンが与えられ、御心の道が大きく開かれることをぜひ覚えていただきたいと思います。

 今、年度末の祈り込みの時です。この時、神様は皆さんに語ろうとしておられることがあります。更に祈ってビジョンを受け取っていっていただきたいと思いま

す。                                                      (文責:神崎久美子)

 

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2015年10月11日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。

                                                 (ヨハネの手紙 第一 5章15節)

 

 「受けたと信じる信仰」皆さんの祈りはたくさん聞かれているでしょうか?神様は私たちの¥祈りを聞いてくださるのです。しかし、すべての祈りが聞か

れるわけではありません。不信仰の祈り、つぶやき、愚痴であふれている祈りは神様に聞かれません。信仰の祈りを聞いてくださるのです。

 私が大阪教会に遣わされてくるときに、与えられたみ言葉があります。それは「必要なものは与えます。」という神様の言葉でした。大阪教会では現在、

車を求めて祈っています。枚方での集会に物を運ぶなど、必要をすごく感じているからです。また、事務所のプロジェクターのモニターの映りが悪くなっ

ているので、モニターの必要もあります。また、お墓のためにも必要を感じ祈り求めています。必要なものはすべて神様が与えられますので、皆さん、期待

して神様に祈り求めていきましょう。まず祈らなくては何も起こりません。大胆に祈り、また与えられたという信仰にたって告白していきましょう。

 み言葉に「この世の富を用い過ぎないように気をつけなさい。」とありますが、不必要な贅沢のために無駄な用い方はいけません。という事であり、私た

ちの生活に必要なものに対しては、神様が与えてくださいます。みこころにかなった祈りは聞かれるのです。

 いつになったら与えられるのでしょう。こんなに祈っているのに、、、という祈りではなく、感謝をもって祈っていきましょう。祝福を受けるポイントは

感謝の祈りにあります。皆さんの祈りを信仰の祈りに変えてください。癒やされました!問題は解決されました!与えられました!と。

 新年度、たくさんの祈りの答えを共に見ていきましょう!                            (文責:苫米地晃一)

 

 

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2015年10月4日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   私たちの戦いに武器は、肉の者でhあなく、神の御前で、要塞をも破るほどに力のあるものです。

                                                 (コリント人への手紙 第二 10章4節)

 

 祝福の前には、サタンの攻撃(悪いこと)が起こります。問題が起こっても、召しを投げ捨ててはなりません。今日のみ言葉にある「戦い」とは、血肉の

戦いではなく、また武器をとって政府を倒すというようなものではありません。私たちの戦いは霊的なものです。
 最近のみ声新聞によると、アメリカで「War Room(戦いの部屋)」というタイトルの映画が上映され、ランキングで1位になったそうです。この映画はア

メリカの教会が作ったもので、問題が起こった時に部屋に行ってお祈りし、素晴らしい事が起こり、次々と問題が解決するという内容です。

 祈りを通して神が働かれ、素晴らしい恵みを受けます。私は先日スプレンダーで吉野山に霊の戦いと賛美をするために行ってきました。日本では、どの山

にも神社や仏閣があり、朝から熱心に祈っています。私たちももっと熱心に祈る必要があるのではと思います。勧告では、教会が山を購入して祈祷院を建て、

熱心に祈っています。 

 数年前、神様は賛美隊を立ててくださり、路上賛美などが導かれ、霊の壁が打ち砕かれてきています。感謝し賛美していく中で、神様が臨在されて働かれ

リバイバルが起こってきます。感謝できないことに対しても信仰持って感謝士賛美していきましょう。神様は最善を与えてくださいます。

                                                          (文責:山口由華)

 

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2015年9月27日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられたものです。

                                                     (ローナ人への手紙 13章1節)

 

 今日のみ言葉のように、神が建てた指導者に従う事は重要なことです。また「ペテロの手紙第12章」には神に従うからこそこの地上の権威に従うという

ことが書いてあります。善良な主人にだけでなく、横暴な主人にも従いなさいとあります。では、横暴な主人が人を殺せと言ったら殺さないといけないので

しょうか?それは違います。神のみ心に従うからこそ神が与えた主人に従うのです。人殺しは神のみ心に反しています。権威には、委ねられている範囲があ

ります。私は教会の牧師ですから、教会の働きに関して権威があります。家庭の中では、お父さんに権威があります。皆さんはその範囲の中で従っていく、

そのことが皆さんの守りであり、皆さんの祝福なのです。裁きは神のものです。自分で裁いてしまう時に結局自分自身が害を受けてしまいます。

裁きは神様に委ねて、感謝し権威に従うことは豊かな守りと祝福となっていくのです。

 皆さんは、正しく権威に従い守りの中を歩んで行って頂きたいと思います。                   (文責:神崎久美子)

 

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2015年9月20日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   すると、イエスは言われた。「できるものならと言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」

                                                     (マルコの福音書 9章23節)

 

 信仰が弱まってしまっているけれど、「息子を癒やしてほしい。」と思っていたお父さんに、「できるものなら、と言うのか。」イエス様の厳しい言葉に

お父さんの信仰が引き上がりました。諦めて祈らない時、神の業を見ません。信じて祈る時に、神の業を見ていくのです。

 最近、車の必要を感じて祈り求め始めています。枚方など遠方の所に行かなければならなかったり、膝が弱くなってきたからです。神様は必要な物を与え

て下さいます。それ以外にも、病に対しても、信じて祈り求めていくことが重要です。

 民数記11章に、イスラエルの民が荒野で神様に文句を言い始めて、「肉が食べたい。」と言い出した箇所があります。民はモーセに文句を言い、モーセも

神様に文句を言いました。すると、神様は海の方から、うずらが民の前に飛んで来るようにさせました。しかし、それを欲望のまま食べた者は裁かれて死ん

でしまいました。対象的なのが、5000人の給食のところです。イエス様は2匹の魚と5つのパンをとって、神様に感謝しました。決して「少ない」と、つぶ

やき、文句を言われることはありませんでした。そして、人々に分け始めるとどんどんと増えていって、全員が食べて満腹になり満足しました。

「信じるものにはどんなことでもできるのです。」信じて、神様の奇跡の業を見る者となってまいりましょう。      (文責:苫米地晃一)

                        

 

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2015年9月13日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。              (ヨハネの福音書 8編32節)

 

 現在、ヨーロッパには何百万もの難民が助けを求めて移動し、中東、また世界が混乱しています。反キリストが出てくる舞台が整ってきています。私たち

クリスチャンは時をとらえ備える必要があります。また、最近はダブルで台風が来たり、地震など自然災害が起こっており、日本に裁きや悔い改めが導かれ

ているのではないかと思います。先日の祈祷会の帰り、雷が鳴り、雨が降ってきて、アーケードで雨宿りしている方々が雷を怖がっていました。私たちクリ

スチャンは雷は神様の語りかけなので、ハレルヤ!と思うのですが。

 イエス・キリストの十字架を信じている人々には、神様は愛と恵みのお方です。しかし、信じていない人にとっては裁きの神であり、恐ろしい存在なのです。

私たちクリスチャンは、イエス・キリストの十字架を信じて、すべての罪が赦され義と認められ、神の子とされる特権を与えられています。神様は恐ろしい方

ではなく、愛してくださり、祈りを聞いてくださる方です。その恵みの鍵を持っているのが私たちクリスチャンです。

 恐れている日おt、飢え渇いている人、そういう方々に希望を、救いの鍵を与えられるのは私たちです。マーリンさんは最後のセミナーで、私たちの群れに

「一人ひとりを通して100万人が救われます」と言われました。マーリンさんは預言者です。預言的な意味で言われたと思います。皆さん、信じて受け取って

ください。時が近づいています。                                          (文責:山口由華)

 

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2015年9月6日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   だれも自分の身を憎んだ者はいません。かえって、これを養い育てます。それはキリストが教会をそうされたのと同じです。

                                                     (エペソ人への手紙 5編29節)

 

 教会は、キリストのみ身体であると聖書に書いてあります。私たちはお腹が空いたら食べ、病気になったら病院に行ったりと、身体に必要なことをします。そ

れと同じように、イエス・キリストは、教会のために絶えず必要なことをしてくださっています。また、私たちも必要のために具体的に祈り求めましょう。

 東京のK牧師は、車が必要だったので神様に祈り求めました。手元には3万円しかありませんでしたが、車種・色・性能など細かく具体的に祈っていきました。

すると3万円で車を譲ってもいいという人が現れました。車種・色・性能なども祈った通りの車が与えられたのです。

 真剣に祈っていく時に、神様は必要な物を与えてくださいます。神様は私たちの事を愛しておられ、最善の事をしてくださるのです。

 聖書には「自分を愛するように隣人も愛しなさい。」とありますが、人を愛するためには、まず私たちが自分自身を愛さなければなりません。神様に愛する力

を求めていきましょう。神様の愛がわかったときに、自分も人も愛する力が与えられていきます。私たちは神様の愛を受け、その上で、何かを求めて彷徨ってい

る方々に神様の愛を伝えていきましょう。                                              (文責:神崎久美子)

                                                           

 

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2015年8月30日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   けれども、あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます。

                                           (詩篇22編3節)

 

 詩篇22編を1節から見てみましょう。「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか。遠く離れて、、、、、」ダビデは神様を遠く離れて

感じる時があったことがわかります。しかし、3節にあるように、「けれども、あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます。」とあり、

神様が賛美の中に住まわってくださり、賛美の中にご臨在を現してくださることをダビデは知っていたのです。どういう状況の中にあっても、神様に向かって

賛美するとき、神様がそこに住んでくださいます。

 大阪で霊の戦いをしていますが、行っても行っても偶像がいっぱいあります。こんな汚れた土地で神様が働かれるのか?という考えが浮かんだりします。し

かし、どんなに偶像だらけで汚れていようとも、賛美をする時に神様が住まわれ、業をなされるのです。感謝と賛美を通して、大阪の地にリバイバルが起こさ

れるのです!人間にはできないこと、不可能な事がたくさんあります。しかし、神様には不可能がありません。とても賛美している場合でないと思えるような

時にも、困難の中にあっても、人間的にもう駄目だと思うような状況の中にあっても、感謝と賛美を通して、圧倒的な勝利が現されていくのです。

 私たちは、その神様の勝利に目を留めて信仰の対応をしていきましょう。感謝すること、賛美することを徹底して、神様の圧倒的勝利を見て行きましょう。                                                           (文責:苫米地晃一)

 

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2015年8月23日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には

       報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。

                                                 (ヘブル人への手紙 11章6節)

 

 クリスチャンの中には、十字架の救いは信じていても、祈りに応えられないとか、占いなどしてしまっている人がいます。皆さん、祈れば応えられると

信じていますか。本当に信じて祈っているか、神様は人の心の中を見ておられます。神様に祈る時には、信仰が必要です。信仰の基本は、神様の言葉です。

 ヘブル11章7節、ノアは神様から(世界が洪水で滅びるという)警告を受け、神様に方舟を作るようにと言われ、作り始めました。お金がかかり、努力も

必要だったでしょう。周りの人々からおかしな人と言われたことでしょう。しかし、100年経ったある日、大雨が降り始め大洪水となりました。ノアの家族

と彼が運び入れた動物たちだけが助かりました。洪水の後、ノアの子孫が全世界に広がっていきます。ヘブル11章8節、アブラハムもそうでした。

 私(毛内)は、白馬で耳の癒やしのため神様に言葉を求めた時、与えられました。与えられた言葉は告白し続けなければなりません。パウロ秋元牧師も礼

拝の中で「リバイバルが始まりました。」と皆さんと一緒に告白する時を持っています。また、感謝についても、問題を感謝し、益と変えられるのを期待し

見ていく者となりましょう。

 昨年の御言葉は『いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい(ピリピ4:4)。』でした。これは口先だけでなく、感情で喜ぶという

事です。その中で奇跡が起こり、リバイバルが始まっていくのです。                     (文責:山口由華)

 

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2015年8月16日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   しかし、聖霊があなたがたに臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。

       そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てまで、わたしの証人となります。

                                                 (使徒の働き 1章8節)

 

 弟子たちは、この言葉の意味はよくわかってなかったと思いますが、イエス様に言われた通りエルサレムに留まり、約束のときを待ち望んでいました。

 聖霊が働くならば、救いや働きが進んでいきます。重要なことは、神の言葉を受けることです。

 昨日は、戦後70年の日でした。この節目の時に、私たちは、もっと戦争の悲惨さや日本がアジア諸国にしてきたことなど正しく知り、悔い改める必要

があるのではないかと思わされています。

 これから、神様は、私たちを世界へと遣わしてくださいます。また、当教会にはアジア宣教の使命が与えられています。ベンジャミンさんを通して、

アジア宣教の働きが大きく開かれていきます。

 実り多いリバイバルの働きが現されるためには、ます悔い改めが必要です。

 リバイバルの働きは始まっています。ぜひ皆さん、祈り続けていきましょう。                      (文責:神崎久美子)

 

 

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2015年8月9日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。

       神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。

                                                 (エペソ人への手紙 2章10節)

 

 神様は、私たち1人1人に人生の目的にそって賜物を与えてくださっています。ある人には伝道すること、ある人には歌うこと、ある人には献金すること、

、、等です。また、霊的な賜物もあります。

 召しに従って、歩む時に、賜物の働きが開かれて行きます。

 皆さんが良い働きをするために、神様が1人1人に良い計画を用意しておられます。

 神様の言葉を信じ、従い、歩み始め、最後まで歩みきっていきましょう。

 神様の言葉は成就していきます。私たち1人1人に与えられた賜物の現れを通して、神様の栄光を見ていきましょう。

                                                          (文責:苫米地晃一)

 

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2015年8月2日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   絶えず祈りなさい。              (テサロニケ人への手紙 第一 5章17節)

 

 第一テサロニケには、終末の事がらについて書かれています。第一テサロニケ5:1〜3、永遠の都が訪れる直前には突如として滅びが襲いかかり、多くの

困難が許され、特に黙示録の患難時代を通って行かねばなりません。5:4〜6,眠るとは神様の計画ではない方向、世の楽しみなどに思いを向けているとき、

突如として世の滅びが来るということです。目をさまして、神様の導きを正しくとらえ、慎み深くしていなさいということです。5:7〜8,守りのための防

具をつけるのは、信仰の戦いがあるからです。5:9〜13,お互い平和を保つことが重要です。いつ何が起こるかわかりません。私たちは、いつ終わりの時

が来てもよいように備え歩んでいく必要があります。5:14,弱い人々のために祈ることも必要です。5:15〜18,有名な箇所ですが、終わりの時代には

此のことが重要です。

 今日は「絶えず祈る」ことについて学びます。私が祈るようになったのは色んな試練があったからです。最初、大阪に遣わされてきた時には、金縛りに

あい、何位も祈れなくなり、聖書を読もうとしたら、脳が締め付けられた感じがし、これが霊の圧迫と感じました。しかし、教会の祈祷会のおかげで恵み

を受け、また、ガンの方が癒やされたり、経済や結婚の問題のある方々の祈りに、神様が次々と答えてくださることを経験しました。

 これからの終わりの時代、私たちは神様に目を向け、祈り聞き従ってまいりましょう。                 (文責:山口由華)

 

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2015年7月26日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。

                                                       (マタイの福音書 26章41節)

 

 イエス様は、神様であり完全な人間でした。イエス様の使命は、全人類の罪を背負って十字架の上で死ぬことでした。イエス様にとっても、それは決して

簡単なことではありませんでした。ですから、切に祈り、その中で霊の戦いがなされ、イエス様は勝利されました。しかし、弟子たちは、いざ自分の身に危険

が及んだ時に逃げて裏切ってしまいました。イエス様に従いたいという強い思いがありましたが、肉の力ではできないのです。霊的な働きのたまには祈りが必

要です。

 今年の春「こころごすぺる」のコンサートが東京で行われました。今までとは全然違う神様の臨在があり、そして、多くの方が感動され、コンサートが終っ

ても、なかなか人が帰らなかったそうです。それはどうしてかというと、パウロ牧師が賛美グループに『10時間祈ってください』とオーダーして、皆さんが

祈ったのだそうです。祈りは重要です。パウロ牧師は、最初の頃は1時間も祈れなかったそうです。最初は座っているだけ、祈りの格好だけでしたが1時間や

り続けました。そうしたら、色んな神様の業を体験するようになりました。祈れない人は祈りの格好から始めていただきたいと思います。祈ることを通して

私たちの使命を全うするとともに、大いなる神様の祝福を受けていきましょう。

                                                        (文責:神崎久美子)

 

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2015年7月19日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   イエスは3度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは、イエスが3度「あなたはわたしを

       愛しますか。」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存知です。あなたは、私があなたを

       愛することを知っておいでになります。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい。」   (ヨハネの福音書 21章17節)

 

 イエスは十字架にかけられ、3日目によみがえり、ガリラヤ湖畔で弟子たちの前に現れました。イエスが十字架にかけられる前、捕まる時に、鶏が鳴く前に3度

わたしを知らないと言うとペテロに言われた言葉の通り、ペテロはイエスを知らないと言いました。そして、今度はそのペテロに、イエスは3度「あなたはわたし

を愛しますか」と聞かれました。ペテロは2回までアガペの愛(完全な愛、神の愛)で愛しますと答えましたが、3度目に聞かれた時、友を愛する愛で愛しますと

答えました。レベルは下がりましたが、なんとか3度答えました。心が砕かれていたのです。

 浦上(長崎)でクリスチャンに対する迫害があった時、一人だけ最後まで信仰を投げなかった人がいます。高木仙右衛門です。高木仙右衛門は自分が弱いことを

知っていたので、毎週金曜日に祈っていました。裏切らないように。自分の弱さを知るということは、とても大切なことです。

 これから大きな働きが始まっていきます。肉の力で進める働きではありません。聖霊による神の業です。だからこそ、神様は高慢な物を砕いて、へりくだった者

を用いられるのです。神様から力を受けて、神様から与えられた使命を全うしていきましょう。                   (文責:苫米地晃一)

 

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2015年7月12日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、

       正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現れを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。

                                                (テモテへの手紙 第二 4章7節〜8節)

 

 昨日は、ビル・ウィルソン(65歳)さんのセミナーに参加しました。彼が12歳の時、フロリダでお母さんに置き去りにされ、沢山の人が目の前を通りかかり

ましたが、3日間だれも声をかけてくれず、飲まず食わずでした。そんな時、一人のクリスチャンが彼に声をかけ、すぐに水と食糧を与え、いろいろ手続きして

くれ、教会で彼を引き取ることになり、教会キャンプに彼は参加でき、そこでクリスチャンになりました。なぜ3日間だれも声をかけられなかったかというと、

彼の顔に障害(口が裂け歯も出る)がありました。まわりのだれからも愛されず、母は売春婦・アルコール中毒で、母に捨てられた原因は顔に障害があったからだ

と思うと証で語っておられました。

 彼は教会の階段下の三角の押入れの中に3年間住み、その間、教会の方々が交代で食事を1日1食、運んでくれて、彼は持ってきてくださる方が僕のことを忘れ

ませんようにと毎日祈っていました。押入れの中で祈る中、神様との交わりが深められたそうです。今の彼は何度も整形し俳優さんのようにかっこ良い顔でした。

 彼の活動は、アフリカで顔に障害のある子供を助ける働きや多くの貧困の子ども達のため教会学校をしています。

 今日の御言葉、義の栄冠を受ける人は、召しを全うした人だけに与えられます。悪い事柄にも主の深い計画があります。皆さんにも使命があります。                                                              (文責:山口由華)

 

 

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2015年7月5日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。 (イザヤ書 43章7節)

 

 私たちひとりひとりは、神様に愛されて、そして神様の栄光を表すすばらしい存在として創造されました。どうしたら、そのことが解るのか、それは神様の

もとに行く時に解るのです。先程の「1分動画」に出ていた出西牧師は、あるアメリカチームに参加した時に神様に触れられて、今まで自分の思うままが楽し

い人生だと思っていましたが、神様のところにはもっとすばらしい人生があることが解り、今は映像の働きで大きく用いられています。皆さんも神様の元に行

き、神様に従い、最善の人生を歩いて行きましょう。

 それと共に今日は霊的な話をしたいと思います。

 サタンとか悪霊とか目には見えませんが、確かに現実にいます。聖書のテサロニケ第一の御言葉は、最初は感謝や喜びのことから霊的なことになっていますが、

これは関わりがあることなのです。私はこの教会に来た頃は、霊の見分けに関してはよくわからず反発がありましたが、「感謝しなさい」と語られ感謝していっ

た時に霊的なものが私のふりをして反発していることが解り、その霊を縛っていった時に反発の思いhあなくなりました。

 私たちは正しいく見分け判断するために、正しい立場に立たないといけまsねん。それは、神様の言葉です。

 正しく見分けるポイントは、徹底して全てのことを感謝することです。これから終末の時代に入り、多くの惑わしが起こってきますが、私たちは聖書の御言葉

に立って最善の人生を歩んでいきましょう。                                        (文責:神崎久美子)

 

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2015年6月28日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちきよめてくださいます。                                                      (ヨハネの手紙 第一 1章9節)

 

 聖書には、私たちが悔い改める時に、罪が生み出すあらゆる災いから開放されると約束されています。アメリカのドラマで、ある人が正当防衛で人を殺して

しまい、警察からは逃れられたが、自責の念に苛まれていく様子が描かれていました。アルコール中毒になり、暗闇を恐れるようになり、無意識の内に自分が

罰せられるような行動をとってしまう。その行動をとる時だけ平安を覚える心理状況になっていきました。罪責感は自分の勝ちを低くしてしまいます。幸せな

生き方から遠ざけてしまいます。教会は許された罪人が集う場所。私たちは、今まで犯した罪を、ひとつひとつ丁寧に悔い改ためていく必要があります。

 ある牧師夫人のお話。末っ子の娘さんが、小学高学年の時にお母さんにしたお話です。幼稚園の時、男の子に砂をかけて泣かしてしまい、謝れずにいたら、

すぐ男の子は引っ越していなくなりました。依頼、男の子の目が失明していないか、小学高学年になるまでずっと気になって悩んでいたことを打ち明けました。

母親は、一緒にお祈りしてあげ、男の子のためにお祈りしました。すると、彼女の心が軽くなり、夜もぐっすり眠れるようになったそうです。

 悔い改めは祝福です。へりくだる所に神様の恵みが注がれます。私たちが罪に苦しむことを神様は喜んでおられません。神様の恵みの中で、平安に歩むこと

を神様は喜びとされます。そのことを覚えて歩んでいきましょう。                               (文責:苫米地晃一)

 

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2015年6月21日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。      (ヘブル人への手紙 11章1節)

 

ヘブル11章1節、信仰によって、私たちは救われました。私たちは死んでも天国に行きますよね?どうしてわかりますか?信仰によって天国に行くことが

わかります。神様を見た事ないですよね。神様がいると信じていますか?見たことはありませんが、信じた時に、神様がおられることがはっきりわかりま

す。それは信仰によってです。神様の言葉は信仰の土台です。

ヘブル11章3節、創世記には、神様がこの世界を創った事が書かれていますが、神様の言葉によって世界が創造され、人間だけは、神様の手によって創ら

れ特別に愛されている存在です。聖書の言葉は神様の言葉で、聖書の言葉に従って歩むことによって、確かに神様の言葉は真実であることがわかります。

 ペテロは、嵐の時ガリラヤ湖で、主に来なさいと言葉を受け、最初は信仰に満たされ歩き始めましたが、現実を見た時沈み始めました。

 どうやって信仰を保ち続ければよいのでしょうか?それは、イエス様を見続ける、神様と交わり続け、確信が来るまで祈りきることです。また、聖書を

読み、祈りや礼拝出席を通してです。終わりの時、真に頼れるお方は神様です。神様の言葉にしっかり立って歩んでいきましょう。

                                                     (文責:山口由華)

 

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2015年6月14日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。                                                 (ローマ人への手紙 8章37節)

 

 「雲の間にある虹」の5月、6月号に「新井先生の思い出」が載っています。ここには、パウロ秋元牧師が救われた頃の事が書かれています。その当時は

カリスマの事、霊的なことが受け入れられない時代でした。その中でパウロ秋元牧師は、カリスマの働きを受け入れたために様々な困難が起こりました。し

かし、そういった中で「副牧師になる」と神様に語られて、その通りになったことを通して教会は人中心ではなく神様のものであることを体験されました。

なぜ多くの困難が起こったのか、今になってはっきりとわかります。それは、起こった多くの困難を通してカリスマの何が問題なのか、理解することができ

て、「預言」「御声に聞き従う」などの本を執筆することができるようになったのです。これらの困難は意味のないことではありませんでした。後にカリス

マの本を出版し、カリスマの第一人者となるための備えでした。

 もし、皆さんに困難なことが許されているなら、決して意味のないことではないのです。ぜひ神様を信じ続けてください。そのことを感謝してください。

神様は必ず益としてくださいます。

 新井先生を通してのカリスマの事柄、マーリン師を通しての感謝と賛美の事柄、神様は預言を通してこの霊的なことの継承者として、この群れを選んだと

語られました。これからすばらしい神様の栄光と共に、困難や戦いも起こってくるでしょう。しかし、圧倒的な勝利は決まっています。不信仰になって逃げ

出すなら、勝利を見ることはできません。最後まで神のみ心に留まり続ける時に私たちは勝利を受け取ることができます。さらに神様に信頼し続けていきま

しょう。                                                    (文責:神崎久美子)

 

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2015年6月7日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父も

       あなたがたの罪をお赦しになりません。                         (マタイの福音書 6章14節〜15節)

 

 本日の聖書箇所から『祈りがきかれるための重要なポイント』を学んでいきましょう。

例え、クリスチャンとして救われていたとしても、赦せない思いや、憎しみを抱いているなら、神様からの救いの恵みを受けることができない状態です。

人は得てして、相手が謝らない限り赦さないという態度をとるのが普通です。しかし、イエス様は相手が謝ってこなくても、赦しなさいと語っておられ

ます。そして、イエス様ご自身が、「神よ、彼らをお赦しください。彼らは自分で何をしているのかわからないのです。」と全人類の罪を背負い、身代

わりとなって十字架で死んでくださいました。

(1.告白)私たちは赦せない思いが内にあっても、『○○さんを赦します。○○さんを祝福します。』とっ告白し、継続して告白し続けることも1つの

重要なポイントです。

(2.感謝)マーリンさんから感謝のことを学んでいる通りに、問題に対して感謝していきましょう。人間は自分にとって嫌なことのほとんどは忘れてい

ます。しかし、成長する過程で受けた傷や、自分自身の小さい頃の問題などが潜在的に憎しみに変わって蓄積されていることがあります。時として、そ

れが氷山の一角として現れ、今現在の人間関係に障害をもたらします。私自身も、問題を徹底して感謝していったときに、自分自身の内側にある傷が原

因であったことに気づくことができました。そして、感謝していったときに怒りから開放された経験をしました。

 赦さない人は自分自身が縛られ、神様からの祝福を受けることができません。たとえ、相手が謝ってこなくても赦しましょう。イエス・キリストご自

身が、まず私たちを赦してくださいました。神様に祈り求めるときに、人を赦す力を豊かに与えてくださいます。親や、会社の上司、同僚、妻、ご主人、

子ども、先生、人によって問題を抱えている対象は様々です。しかし、私たちは赦しましょう。そして、神様からの恵みを受け取っていきましょう。                                                          (文責:苫米地晃一)

 

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2015年5月31日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすくにされる。

                                                 (箴言 3章6節)

 

 どんな事柄(良い事も悪い事も)の中にあっても、神様が知らないことは何一つありません。聖書にヨブ記がありますが、ヨブも財産や家族をなくし、

病気になり、次々災難にあいますが、サタンはまず、神様にヨブに災いをおこす許可を取りに行き、ただ、命は取ってはいけないと許可されました。サタ

ンはヨブに災難をおこします。ヨブはこれらの災難を通しても神様から絶対に離れることはなく、必ずこのことはヨブにとって良い結果をもたらすことを

神様はよく知ってました。そのように、私たちに起こってくる事柄においても、神様の許しなしでは起きません。

 箴言3章8節、神様ご自身が私たちの益のためにこのことをなしてくださっていると私たちが神様の手と神様の主権を認めるということです。認めると

いうことは、ローマ8章28節、神様を信じ、見上げてほめたたえ、神様に感謝を捧げることです。実は、神様の主権を認めて、すべてを感謝していくこと

は、問題解決の最短距離です。神様は私たちのことを愛してくださっています。あらゆる状況の中で、神様を認め、感謝を捧げていきましょう。

                                                         (文責:山口由華)

 

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2015年5月24日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの備え物として御子を遣わされました。

       ここに愛があるのです。                            (ヨハネの手紙 第一 4章10節)

 

 私たちは、自分は愛されていない、愛される資格がない、と感じている人が結構多いのではないでしょうか? 聖書はそうではありません。今日の聖句

のようにまず神様の方が私達を愛してくださっています。私たち人間は、霊、心(知識・感情・意思)、体(肉体)の三層構造で出来ています。イエス様

様信じると霊の内に聖霊様が来てくださり神様に従いたいと願うようになりますが、肉(心・体)は自分のやりたいことをやり、霊と肉の間には戦いがあ

ります。すべて聖霊で満たされると心の内にも御霊の実(愛・寛容・親切・善意・・・)が現れ、体も健康が与えられます。

 神様は、ご自身のひとり子であるイエス・キリストを私たちの罪の身代わりに死なせてくださいました。ここに神の愛があります。神様は、私たちが

どんなに汚れて失敗続きの人生であったとしても、すべてをご存知で私たちの存在そのものを愛してくださいます。

 私たちは、神のことばを受け取り信じて、愛を受け力を受け、さらに神様に喜ばれる者となっていきましょう。

                                                (文責:神崎久美子)

 

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2015年5月17日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。

                                             (ガラテヤ人への手紙 5章16節)

 

 「御霊によって歩みなさい。」とありますが、聖霊に満たされる時、私たちは罪から解放されていきます。

 「お酒を飲んで酔うよりも、御霊に満たされなさい。」と聖書にあります。 御霊に酔うことは、良きことだけを生み出します。神様は、人間の肉の力で

やっていくようにと言ってはおられません。

 日本人は二宮金次郎のように努力して頑張ることが好きですが、これからの働きは人間の努力や頑張りでは到底間に合わない働きになっていきます。

神様の力が必要です。

 ルカ11章13節にあるように、神様は求める人達に聖霊を与えてくださいます。聖霊に満たされ続けることは大切なことです。私は、聖霊の満たしを経験した

時にはっきり人生が変わりました。神様は神のちからによって聖められ、聖霊に満たされなさいと言っておられるのです。

 私たちが弱さを覚える時、神様はもっと頑張りなさい、聖くなるよう努力しなさいとは語っておられません。聖霊に満たされなさいと語られているのです。私

たちの弱さを通して、神様の力が現されるために、私たちは御霊に満たされていきましょう。また、聖霊を与えてくださいと神様に祈り求めていきましょう。                                                              (文責:苫米地晃一)

 

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2015年5月10日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。

                                             (マタイの福音書 24章42節)

 

 世界でいろんな事柄が起こっています。地震やテロなど、終わりのしるしが色濃く現れてきています。目を覚まして歩まないといけない時が来ています。

 最近、枚方の集会に来て救われて間のない方が、近頃はおかしいと言われます。ネパールで地震が起き、1万人位の方が亡くなられた可能性があるという

ことですが、一般の方も気がつくような世の中の変わり様です。

 マタイ24章42〜46節、世の終わりが近づいてきています。終わりの時の直前には、大きなリバイバルが起こり、たくさんお人々が救われます。

 先日の海外宣教の授業で弓野牧師がお話されていましたが、アフリカのケニアの伝道者の方が言われたことで、アフリカでリバイバルが起こり、たくさん

の人々が救われたが、受け取るための教会がなく、せっかく救われた人々がいつの間にかいなくなってしまったということでした。

 主の十字架の教会は、たくさんの人を受け取るための準備がなされています。大阪教会でも人数は少ないですが、多くの礼拝があり、受け取り体制の備えを

しています。皆さんも、目を覚まして、主に従い、備えていきましょう。                      (文責:山口由華)

 

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2015年5月3日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。

       彼女からそれを取り上げてはいけません。                 (ルカの福音書 10章42節)

 

 イエス様が家に来られた時、マルタはおもてなしをしようと忙しくしていましたが、妹のマリヤはイエス様のお話に聞き入っていました。マルタは、

そんな妹に怒ってしまうのですが、イエス様はマルタに言われました。それが、今日のみ言葉です。イエス様が来られたのは、み言葉を語るためでした。

神様が一番喜ばれることは、神様のみ言葉を聞くことです。私も最近やることが多く忙しくしていて、つぶやきが出ていました。そんな中、教会の経済の

必要のために祈っている時「神様を第一にしてなかった」と気付き、悔い改めが導かれました。確かに実際的なことを優先して、祈りや聖書を読むことな

ど、神様のことがおろそかになっていました。

 マリヤは、イエス様が十字架にかかられる前に自分の高価な香油をイエス様に注ぎました。当時、香油は女性にとって大切なものでした。少しづつ溜めて

結婚の時に結婚資金に替えるのですが、マリヤはそれをイエス様に注ぎ、十字架にかかられる前に最善のことをしたのです。それはイエス様のお話をちゃん

と聞いていたからです。

 忙しいからと言って神様のことを後回しにするのではなく、神様を第一として言葉を受け、神様と交わる時、やらなければならない沢山のことが簡単にで

きる力が与えられます。どうぞ皆さんも、神様がお一人お一人に語っておられる言葉を受け取っていただきたいと思います。    (文責:神崎久美子)

 

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2015年4月26日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   神は私たちに、新しい契約に仕える者となる資格をくださいました。文字に仕える者ではなく、

       御霊に仕える者です。文字は殺し、御霊は生かすからです。          (コリント人への手紙 第二 3章6節)

 

 永岩姉が召天されました。明日告別式が持たれます。最近天へ帰る方が多いと感じます。新井先生もマーリンさんもです。私たちはこの方々の継承者

です。感謝と賛美の継承者とは何でしょう? 感謝しづらいことが次々と起こってきます。マーリンさんは乗ってた車がひっくり返った時にも「感謝し

ます!」と対応しました。すると、翌日新しい車が与えられました。マーリンさんの人生はそんな出来事の連続でした。それは神様の栄光が現された人

生でした。私たちはその継承者です。

 では、今日の御言葉を『律法』と『信仰』という観点からみていきましょう。ここで言ってる「文字」とは『律法』のことであり、「御霊」とは聖霊

に信仰によって従う人たちの『信仰』を指しています。律法に従って義を全うするためには100%従わないといけないのですが、私たちは律法に100%

従いきることはできないのです。だからこそ、イエス・キリストがおられるのです。キリストが私たちすべての罪を背負って十字架にかかってくださった

のです。そのイエス・キリストを信じる信仰によって私たちは救われ、義とされ、大胆に神の前に出ることができるのです。だから、私たちの弱さをも

感謝していきましょう。どんなに優れた人が一生懸命に頑張っても神の御心を全うすることはできないのです。しかし、御霊によって歩む時、神様の言葉

に従って歩む時に私たちは神様の御心を全うすることができます。

 律法はよいものです。しかし、律法では全うできないのです。私たちは新しい契約に仕える者となる資格が与えられました。それは、信仰によって神様

に聞き従っていく歩みです。ぜひ、皆さん、神様の御声に聞き従って歩んで行ってください。                                                        (文責:苫米地晃一)

 

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2015年4月19日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   それから、イエスは百人隊長に言われた。「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」

       すると、ちょうどその時、そのしもべはいやされた。                    (マタイの福音書 8章13節)

 

 百人隊長とはローマの兵隊さんのことです。マタイ8章8〜9節、軍隊は権威秩序がしっかりしています。彼はイエス様が最も権威のある方だと知って

いたので、「お言葉をいただくだけで、いやされる。」わかっていました。百人隊長はそのような信仰を持っていたのです。マタイ8章10〜12節、信仰

を持っていない人は信仰の恵みに与れないと言っています。マタイ8章13節、神様はどんなことでもお出来になります。しかし、信仰を通して神様は働か

れます。「こういう病気はいやされるけど、これこれの病気はいやされない。」と私たちが思っているなら、その不信仰な思いの通りになっていきます。

重要なのは、神様がなんと言っておられるかです。神様からの言葉をしっかり握り、信仰を用いていきましょう。

 福島県郡山市にスタートしようとしているファミリーホームも、信仰がなければ、今頃なにも起こっていません。大きな働きをするためには信仰が必要

です。信仰には試しがありますが、それは皆さんの成長のためです。私たちが信仰を用い、神様に従うなら、必要はすべて与えられます。

                                                         (文責:山口由華)

 

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2015年4月12日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものから

       できたのではないことを悟るのです。                          (ヘブル人への手紙 11章3節)

 

 皆さんは、神様から「ことば」を与えられているでしょうか?「神様から語られたかな?」という状況では、まだ信仰に立っているとは言えません。

 私の召しはアジア宣教ですが、最近、英語の勉強をしていない、召しに対してあやふや態度だったと反省しています。私たちは召しや使命に向かって

備えている必要があります。

 チェコ教会が再スタートしましたが、再スタート後の働きには目覚ましいものがあります。神様の働きが大きく進んでおり、「風のひびき2集」には

チェコ人の方が作られた曲が入っています。また、「預言」の本のチェコ語訳など出版の働きも進んでいます。これらは、この群れの働きの最初の頃に

語られた「ヨーロッパ宣教は東欧から始まる。」という預言の成就でもあります。

 皆さんに与えられている神様の約束のことばは何ですか? 約束のことばをしっかり握って、信仰の告白をなし、約束の成就をみていきましょう。

                                                        (文責:苫米地晃一)

 

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2015年4月5日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。

       必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。

                                           (イザヤ書 55章11節)

 

 私たちは、種を蒔いたら当然のように収穫しています。このように、神様の言葉も時が来たなら成就します。人の目には不可能のように見えても、神様の

言葉があるならば必ず成就していきます。

 現在、東京の教会ではオーケストラの働きが始まっています。このことは、30年位前から預言で語られていました。神様から再び「やりなさい。」と語ら

れて応答した時に、昔ブラスバンドやっていた人とか、楽器を持っている人たちが集まり、オーケストラがスタートしました。大阪においても、15年ほど前

に枚方市で祈祷会が始まりました。その頃に、神様から「枚方で教会の働きが始まっていく」と語られていました。その後、祈祷会はお休み状態になりました。

再び「枚方の働き」と語られ、昨年から集会を始めました。そうしたら、以前ゴスペル教室に来ていた方が枚方に引っ越しされていて、友達を誘って来られま

した。そして、その友達と息子さんが救われ、息子さんは天国に召されましたが、お二人は今も集会に来ておられます。

 神様の言葉は、成就していきます。皆さんも神様から語られた言葉をしっかりと握り続けていただきたいと思います。       (文責:神崎久美子)

 

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2015年3月29日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   あなたがたも同じように喜んでください。私といっしょに喜んでください。

                                           (ピリピ人への手紙 2章18節)

 

 ピリピ人への手紙は獄中書簡で、パウロが晩年、牢獄の中で書いたのですが、別名「喜びの書」と言われています。なぜなら「喜んでください。

喜んでください。」と何度も書かれているからです。2章12節から読むと、パウロは投獄されていて、ピリピの人たちと一緒にいることができないが、

使命や信仰を守り通してくださいと願っています。マーリンさんもパウロと同じ気持だと思います。マーリンさんは20年間、私たちの群れに「感謝と

賛美」ということを何度も教えてくださいました。

 13節、神様はビジョンを与えて下さいます。私たちは先週、聖会でアメリカのエシュルンちゃんの動画を見ました。彼女は生まれつきの自閉症・多

動症・言語障害がありました。彼女のお母さんはその問題を神様に感謝し、神様を賛美し続けました。すると長老を通しての預言で「この子には賛美の

賜物があります。賛美する中で癒されます。」と語られ、最初信じられませんでしたが、とうとう従いました。そして、彼女は賛美していく中で癒され

てゆき、今ではアメリカのゴスペル界で有名な方から「この子は賛美で成功する。」と言われました。彼女は神様に用いられていくでしょう。

 同じようなことが私たちにも起こってきます。17節の「注ぎの供え物」とは「殉教」と意味しています。パウロは投獄されおり、死が間近に迫ってい

る状態の中でも喜びに満たされていました。私たちも感謝と賛美を成し続け、喜びをもって福音を宣べ伝えていきましょう。     

                                                          (文責:山口由華)

 

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2015年3月22日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

                                           (テサロニケ人への手紙第一 5章18節)

 

 今日の御言葉は「感謝しなさい」です。感謝してすぐに答えが与えられる時とそうでない時があります。
私は引っ越しのために10年祈りました。そして時が来た時に、神様のすごい祝福が起こりました。引っ越しをするために必要な経済の余裕はありま

せんでしたが、感謝の祈りをしていました。そして思いもしない時に道が開かれました。当時住んでいたマンションが取り壊されることになったの

ですが、立退き料・契約金返却で80万円を受取り、引っ越しまでの3ヶ月間家賃タダとなり、要らないものは置いていっていいということが起こっ

たのです。本当に驚きました。
 私たちは、忍耐を持って祈り続けましょう。つぶやきや文句は、神様の働きを留めてしまいます。どうぞ皆さん感謝してください。
ヤコブの手紙2章17節には「信仰も、もし行いがなかったなら、それだけでは、死んだものです。」とあります。聞いて学ぶだけではなく、学んで

実践する人となりましょう。忍耐をもって神様の時が来るまで感謝し続けましょう。神様は、必ず私たちの信仰に応えてくださいます。
 これから、更に困難や問題も大きくなっていくでしょう。でも、与えられる恵みも大きくなっていくのです。皆さん、更に主に期待して感謝して

いく人となっていきましょう。                                      (文責:神崎久美子)

 

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2015年3月15日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   しかし、神は、さらに豊かな恵みを与えてくださいます。ですから、こう言われています。

       「神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる。」           (ヤコブの手紙  4章6節)


 7節に「ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたから逃げ去ります。」とあります。へりくだる

ということと、従うということは切り離して考えることはできない関係にあります。神様は私たちを愛してくださって、だれでも簡単な方法で永遠の

御国に入れるパスポートを取れるようにしてくださいました。へりくだってイエス様の十字架を信じるだけで(!)です。

 日本人(仏教)の死後の世界観は明るくありません。しかし、私たちが地上に生きている時間はほんの一瞬で、死んだ後に本当の永遠の人生が待っ

ているのです。

 旧約聖書に登場するナアマン将軍はハンセン氏病でした。彼はイスラエル人の奴隷に預言者エリシャのことを聞き、祈ってもらえば治ると思い、わ

ざわざ遠い距離を時間かけて行きました。しかし、エリシャは家から出てこず、使用人が出てきて、ヨルダン川に7度身を浸しなさいと言っただけで

した。ナアマンは怒り、帰りかけました。しかし、賢い部下に「難しいことではないからやってみましょう。」と説得され、ヨルダン川に行き、言わ

れたことをしました。そうすると、彼の皮膚は幼子のような肌になりました。

 神様は私たちの経験や理解を超えたことを語られます。へりくだって神様に御心を教えてくださいと祈り求め、神様に従っていきましょう。

                                                   (文責:苫米地晃一)

 

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2015年3月8日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、

       私たちは知っています。

                                               (ローマ人への手紙  8章28節)


 神を愛する人々とは、クリスチャンのことです。ただ感情的に愛するということではなく、ヨハネの手紙第一を見ると、神を愛するとは、神の命

令を守ることと書いてあります。神の言葉を守り、そして神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくだ

さることを、私たちは知ってると書いてあるのです。神のご計画に従うとは何か特別なクリスチャンのことと思うかもしれません。マタイの福音書

28:19には、あらゆる国の人々を弟子としなさいとあり、すべての人が弟子になることを神様は望んでおられるのです。弟子とは献身者のことで

すが、すべての人が牧師や伝道師になるということではありません。音楽を通して神様の栄光をあらわしたり、スポーツ選手となって神様の栄光を

あらわす方も、神様の弟子であり、献身者です。神様から一人ひとりに与えられた最善の計画の内を歩むクリスチャンには、神様がどんな問題をも

すべて働かせて益としてくださり、必要な能力をも与えてくださるのです。

 月間雲の間にある虹に、ダビデ前田牧師の長女サラちゃんの証が載っています。サラちゃんはある教科の勉強が苦手でした。しかし、神様はサラ

ちゃんにとても優れた音楽の賜物を与えられ、現在はプロのサックス奏者として活躍しています。もし、彼女が音楽の道を選ばなかったら、良い仕

事には就けなかったかもしれません。

 皆さんも、神様の最善の計画の内を歩み、主に従って行ってください。                     (文責:山口由華)

 

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2015年3月1日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。

                                               (ペテロの手紙第一  5章7節)


 私たちは人間ですから、いろんなことで心配したり、平安がなくなったりします。しかし、私たちが心配したからと言って、何か
変わるわけでは

ありません。私たちが本当に心から感謝の祈りを捧げていく時に、心配事がなくなって平安な思いになります。平安な思いになった時に神様の業が

起こります。

 私は、経済のことについて訓練を受けることが多くありました。ある年末には、お金がなくなり必死でひざまづいて祈りました。祈りが終わりか

けた時に、ある牧師夫人から電話があり「大阪の友人が困っているので、行って祈ってきてほしい。」と言われました。そこで、その方の所に行き

祈ってきました。帰りに交通費を頂きましたが、家に帰ってから中を見たら数万円入っていたのです。このようなことを私は何度も経験しています。

 ぜひ皆さんも神様に信頼して、信仰を働かせてください。思い煩いを握り続けないで、感謝して神様に祈り求めてください。神様はかならず私たち

の祈りに応えてくださいます。

                                                     (文責:神崎久美子)

 

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2015年2月22日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれる時、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤと、サマリヤの全土、

       および地の果てにまで、わたしの証人となります。                       (使徒の働き  1章8節)


 私は今回、冬の白馬キャンプに参加してきました。パウロ秋元牧師はキャンプで、今日のみ言葉、使徒1章8節やマタイ福音書28章の大宣教命令

の箇所からメッセージを語られました。

 弟子たちは、イエス様を裏切り、自分達には力がないと思い知らされていました。しかし、神様の言葉に従い、出て行った時に弟子たちを通して

素晴らしい宣教の働きが現されていきました。賜物とは、教会に与えられた恵みであり、福音宣教に伴う印であると聖書にあります。これからの宣

教にカリスマの働きが大きく用いられていきます。

 私たちは弱さを覚え、何もできないということを思い知らされるでしょう。しかし、その中でも神様の言葉に立って出て行く時に神様の力が現さ

れていくのです。神様に語られた時には、大胆に出て行きましょう。

 今回の白馬キャンプで、映像の働きを教会として進んで取り組んでなかったことを示され、悔い改めました。機材はない、人材もいない、経済も

ないですが、神様が示されているので、必要なものは与えられていきます。私たちは難しい状況を見て諦めるのではなく、祈り求めて、神様の御業

を体験していきましょう。語られていることは継続して忠実に従い続けていきましょう。               (文責:苫米地晃一)

 

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2015年2月15日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

                                             (テサロニケ人への手紙 第一  5章18節)


 私が20代の頃、妹から「とてもクリスチャンに見えない。」と言われていました。なぜなら、いつもイライラして平安がなく、姉弟でも長女と

いう立場だったため、我慢させられることが多く、自己憐憫していました。しかし、感謝と賛美で有名なマーリン・キャロザースさんのセミナー

に行く機会が与えられ、マーリンさんから感謝の証を聞いて、「アメリカだから。。」とも思いましたが、感謝を実践することにしました。

 私はおっちょこちょいで、よくお皿を落としたり、鍋をひっくり返したりしますが、その時に感謝するようにしました。仕事で失敗しても感謝し

ました。そうすると、確かに平安と喜びが与えられました。大きな問題も感謝しました。確かに献身した後、それらの事柄が益となっている事に気

づきます。私は祝福されていることがわかり、人生で脇役と思っていたのが主役だったことに気づきました。

 困難は祝福の前触れです。困難を感謝する時、皆さんの人生にかならず何か素晴らしいことが起きてきます。

 どうぞ、皆さんすべてのことについて感謝してください。                             (文責:山口由華)

 

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2015年2月8日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   すると、主は彼に向かって仰せられた。「あなたのその力で行き、イスラエルをミデヤン人の手から救え。

       わたしがあなたを遣わすのではないか。」

                                                (士師記  6章14節)


 ギデオンは、自他共に認める、イスラエルで最も弱い人でした
。隠れて酒槽の中で小麦を打っている時に、主の使いから「勇士よ。あなたのその

力で行き、イスラエルをミデヤン人の手から救え。わたしが遣わす。」と語られました。ギデオンは、その言葉を受け取り信じました。そして、神

の言葉に従って戦いに出て行った時に、13万5千人の敵を300人で打ち倒し、イスラエルに勝利をもたらしたのです。ギデオンは弱い者でしたが、

神に従って行って勝利を得ました。

 長崎殉教記念聖会で「これから全世界へ宣教の働きが広がっていく。」と語られました。危険な地域にも行くと思います。しかし、神が語られた

なら、すばらしい業が起こります。

 この群れの初期の頃、神様に導かれフィリピンにチームが遣わされました。その頃のフィリピンはイスラムゲリラとか共産ゲリラが暗躍している

危険な状況で、確かに銃撃や爆撃の音の聞こえる中で集会が持たれていましたが、守られました。そして、現地の教会の方々は「私たちは何年も、

私たちにみ言葉を教えて助けてくれる人が来るように祈っていました。それがあなたがたです。」と喜んでくださいました。現在、たくさんのカバー

リング教会が与えられ、孤児院の働きも行われています。

 神様が語られるなら、神様はそれを実現する力をも与えてくださいます。私たちは神様の言葉にしっかりと立って歩み続けてまいりましょう。

                                                        (文責:神崎久美子)

 

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2015年2月1日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。

                                                    (マタイの福音書  6章33節)


 私が牧師になる前、神様を第一にしてなかった時には、特に経済に困難が許されました
。そして、悔い改めと経済の満たしのために熱心に祈るという

訓練がずっと繰り返されるという日々を過ごしていました。そのような日々の中でも、神様は私の経済を完全に守ってくださいました。

 確かに、私たちは生活の中で、心配に思ったり、不安になったりすることもあります。ですが、みことばにあるように、神様は私たちに必要なもの全

てを満たしてくださるのです。なぜなら、神様の方で、魂の救いだけでなく、私たちの生活に必要なもの全てを心配してくださっておられるからです。

私たちは不安に思う必要はないのです。神様が助けてくださるかどうかどうかわからないという不信仰に立つ時、その通りになります。不安定な今の世

だからこそ、揺るぐことのない神様のみことばにしっかりと立って、信じて熱心に祈り求めていきましょう。神様は生きて働いておられます。

                                                        (文責:苫米地晃一)

 

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2015年1月25日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。 ーー主の御告げーー 天が地よりも

        高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。」                                                    (イザヤ書  55章8節〜9節)


 派遣チームでカンボジア孤児院を訪問しました。その時、一人の子が特にしつこく自分の名前を言ってきて、特別に自分だけを愛してほしいという、

愛に飢え渇いている印象を受けました。また、孤児院の中には病気(HIV)の子ども達が居て、現在は健康が守られて学校にも行けてますが、彼らの表情

が暗かったです。子どもたちには霊的な恵みが必要だと思いました。孤児院の子どもたちは学校に行くことができて、着る物、食べる物が与えられ、恵

まれていて幸せですが、子どもたちには、個人個人を愛してくれる存在(救い主)、教会の恵みが必要だと思いました。

 東京の教会の預言で、孤児院責任者の前田さんに「副牧師」ということが語られ、チーム派遣中に副牧師としての按手がなされ、カンボジアに主の十字

架の教会ができました。本当によかったです。

 私の願いは、海外に行って、前田さんのように孤児院の働きをすることでした。しかし、今回カンボジア孤児院に行って、教会の恵みの大切さを思わされ、

私の思いとは違いましたが、神様が私を大阪教会の牧師として導いてくださったことは確かに最善でした。これから大阪教会を通して、当初、私が考えていた

働きよりもはるかに大きな計画、孤児院の働きなどが起こってくるでしょう。主の計画は最善です。主に従っていきましょう。    (文責:山口由華)

 

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2015年1月18日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを

       私たちは知っています。                               (ローマ人への手紙  8章28節)


 「神を愛する」とは、他の聖書箇所で「神の命令を守ることです」とあるように、神様の言葉を守
り、神様の計画の内を歩む人ということですその

人には、すべてのことが益となっていくと聖書は約束しています。どんな人も私たちに害を与えることはできません。ただすべて益のために用いられる

のです。

 今回、カンボジアチームに参加することになりました。このような実践派遣は14年ぶりぐらいです。前回の事は、よく覚えています。というのは、そ

の時の派遣から帰ってきた次の日に、教会の3人の方から突然「教会を出ます」という手紙と教会の荷物が送られてきたのです。この事柄にも徹底して感

謝しました。その頃はこの群れに問題が起こり、噂話・作り話が広がって「あの群れはおかしい」と言われていた時期でした。揺るがしが起こることは、

あらかじめ神様から語られていたことであり、そしてこの大変な最中に、神様は「圧倒的な勝利が現される」と語ってくださいました。群れ全体でも多く

の方々が群れを出て行かれました。その後、どうなったでしょうか?この群れの働きは以前の歩みよりも、もっと成長したと思います。賛美の働き、映像

やインターネットの働きなどが大きく広がってきています。

 今年度与えられた御言葉は「恐るべき業」でした。私たちはこれからそのことを見ていきます。

 皆さん一人ひとりの人生に、問題や困難が起こるとしても、しかしそれは皆さんの益となるため、祝福となるために神様が計画されているのです。ぜひ、

忍耐を持って感謝し続けていただきたいと思います。

                                                         (文責:神崎久美子)

                                                         

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2015年1月11日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。

       そうすれば、私はあなたを大いなる国民とし、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。」
                                        (創世記  12章1節〜2節)


 神様の言葉に従うということは、大きな祝福を受ける道です

 去年の1月、私は大阪の街を縦・横に歩くということをしていました。神様に語られていたのですが、ずっと先延ばしにしていました。でも、もう従

わないとだめだと迫られて、とうとう従う決心をしました。従った結果、意外に簡単にできてしまいました。体力が与えられ、問題なく、必要なものは

必要な時にすべて備えられ、楽しく無事に歩き切ることができました。

 海外宣教も過去に比べると2倍以上の値段がして、もったいない気がしました。しかし、使命が与えられていることと、長いこと教会から派遣されてい

ないこともあり、出ていかなければと迫られるものがあり、神様の言葉を受けていく決断をしました。行った結果、お金に代えられない素晴らしい祝福を

受けて帰ってくることができました。それだけに留まらず、その後も次から次へと海外派遣が導かれてきています。

 私たちは肉の力では従えません。まず神様に祈り求めていきましょう。「御心を行わせてください。」と祈ることを通して、神様は、弱く力のない私達

を助けて下さいます。祈りを持って、聞き従いの歩みを全うしていきましょう。                    (文責:苫米地晃一)

 

 

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2015年1月4日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、

       また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。
                                        (エペソ人への手紙  6章12節)


 エペソ人への手紙には、権威・秩序の事柄が書かれています。その後に霊の戦いのことが出てきます
。軍隊のことは詳しくは分かりませんが、戦うため

には特に権威・秩序がしっかりしていないといけません。エペソ6章10〜12節、戦いと言っても人に対しての戦いではなく、悪霊に対しての戦いです。13

節、邪悪な日とは、試練の日や終末の患難時代の迫害の時を言っています。

 「イスラム国」では不信者は処刑されてしまいます。終わりの時、反キリストにつかない人々にはそのような事柄が全正解で行われるようになります。そ

の時、しっかりと信仰に立つために防具が与えられています。14〜16節にある大盾は、全身が隠れるもので、敵の放つ火矢がささらないように防いでくれ

ます。サタンの武器は否定的な惑わしのことばです。この惑わしから守られるために、信仰の対応としてすべてのことを事を感謝します。

 17節、唯一の攻撃の武器は、神の言葉、聖書と預言です。預言は重要な霊的武器です。その上で、18節、祈りが重要だと言っています。

 教会では、祝福や恵みを受けるとともに、戦いという側面もあります。主は、霊的な戦いにおいても勝利を与えてくださいます。  (文責:山口由華)

 

 

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2014年12月28日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。

       この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。
                                        (歴代誌第二  20章15節)


 ヨシャパテ王は、勝ち目のない戦いのために神様に祈り求めました。そして、「恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあなた方の戦い

ではなく、神の戦いであるから。」と神様に語られました。王が軍の先頭に賛美隊を立てて出陣した時、伏兵が現れて敵を打ち負かし、不思議な形で勝利

しました。

 これは、神様に従ったことの祝福でした。皆さんも、困難や問題の時には神様にことばを求めてください。聖書には「神を愛する者のために、神がすべ

てのことを益としてくださる。」とあります。これはお一人お一人に語られていることばですから、しっかりと握ってください。

 重要な事は感謝することです。これから、すさまじい勝利の御業が現されてきます。そのために必要なことは、皆さんの信仰です。ヨシャパテ王のよう

に、私たちも神様に信頼し、従ってまいりましょう。                               (文責:神崎久美子)

 

 

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2014年12月21日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。

       なぜなら、私が弱い時にこそ、私は強いからです。
                                        (コリント人への手紙第二 12章10節)


 家を建てるとき、建物の3倍の重さの土台を作ります
。土台がしっかりしていると、家は強い風が吹いても倒れずに立ち続けます。困難や問題に強い

人というのは、信仰の土台がしっかりしていると言えます。お祈りすること、聖書を読むことなど、基本的な信仰生活を忠実に日々行うことが鍵となり

ます。

 神様の働きが大きく進む時は、敵(サタン)の圧迫も強くなるので、祈りを強めてまいりましょう

 パウロの肉体には弱さがありました。そのことのゆえに、彼は侮辱、苦痛を受けていました。また、キリストに従うことを通して、迫害、困難にあい

ました。私たちは弱さを覚える時に神様に期待し祈り求めます。最低、最悪と思えるとき、私たちは弱められますが、そんな状況の時こそ、神様に期待

し祈り求めましょう。私たちの弱さを通して神様は働かれ、奇跡と栄光を現されるのです。                (文責:苫米地晃一)

 

 

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2014年12月14日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   もし私たちが苦しみに会うなら、それはあなたがたの慰めと救いのためです。もし私たちが慰めを受けるなら、それもあなたがたの

       慰めのためで、その慰めは、私たちが受けている苦難と同じ苦難に耐え抜く力をあなたがたに与えるのです。
                                              (コリント人への手紙第二 1章6節)


 今日の御言葉は、先週の御言葉(マルコ8章34節)の並行箇所です
。ここで私たちがと言っているのはパウロたちのことで、コリント教会に対して

語っている箇所です。私たちも苦しみに会う、十字架を負うという事柄は、その事を通して乗り越えた時に祝福を受けるとともに、同じ苦しみにあっ

ている人に慰めを与えることができます。

 ダビデ前田牧師御夫妻の証ですが、彼らはクリスチャンになる前は精神病院に入院していました。特に奥様は閉鎖病棟に入れられていました。しか

し、彼らはクリスチャンになり、神様に聞き従う中で完全に癒やされました。主治医は、絶対に治らない精神病がいやされた彼らを「あなたがたは、

私の希望です。」と言われました。先日、ダビデ前田牧師は日本で一番大きな教会に招かれて、メッセージと証をされました。彼らが通った苦しみを

通して、多くに人々に希望が与えられています。

 神様は、苦難に耐え抜く力、乗り越える力を与えてくださっています。私たちが直面している困難、問題が、多くの人たちに希望や慰めを与えるこ

とになるのです。                                             (文責:山口由華)

 

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2014年12月7日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を棄て、自分の十字架を負い、そしてわたしについてきなさい。
                                                 (マルコの福音書  8章34節)


 イエス・キリストの十字架を通して私たちは救われました。私たちに与えられる全ての祝福は、この十字架から来るのです。十字架なしに赦しは

なく、祝福も恵みもありません。この十字架は祝福の基です。

 私はまだ喉が治っていません。1年に2回位、声が出ない状態になります。それとともに難聴も許されています。このような中でゴスペルを歌い続

けることは本当に大変なことで「どうして、このグループの中にいるんだろう?私は歌わない方がいいのでは?」と思うこともありました。しかし、

深い所では、賛美隊の一員として賛美を続けることが神様のみこころであることが分かっていました。でも、「どうして?」という思いになることも

ありました。そんなある時、神様に「イエス・キリストは喜んで十字架につけられましたが、あなたは喜んでいますか?」と語りかけを受けました。

そして、十字架として喜んで受け取ってなかったことを思わされました。

 私たちにも十字架が与えられています。私たちが正しく十字架を負うということは、許されていることを感謝することです。感謝できない事柄、そ

れを私たちの十字架として正しく受け取って行く時に、神様のすばらしい栄光が現されるのです。まず感謝してイエス様に従っていきましょう。

                                                     (文責:神崎久美子)

 

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2014年11月30日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。
                                                 (エペソ人への手紙 1章23節)


 イエス・キリストは十字架に掛かって死なれ、3日めによみがえられ、天に挙げられ、全ての支配・権威・権力・主権の上に座し、今の世

ばかりでなく、次に来る世においても唱えられる全ての名の上に高くおられます。ですから、キリストは全てのものを持っておられるのです。

そして、そのキリストが教会に与えられたと聖書に書かれてあります。

 キリストはどんなセレブよりもお金持ちですし、地球も宇宙もキリストの持ち物なのです。

 教会を見渡すと、自分も含め、「健康」とは言えない状態の人が多いと感じることがあります。しかし、神様はこの教会にいやしの御業を

現そうとしておられます。いやしのために、信じてお祈りしていきましょう。

 神様は、皆さんが必要な物を全て豊かに与えることがおできになるのです。教会に満ち満ちておられるキリストに向かって、諦めないで、

信仰を持って、忍耐を持って、期待して、熱心に、大胆に祈り求めていきましょう。                 (文責:苫米地晃一)

 

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2014年11月23日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   わたしに聞き従い、良い物を食べよ。そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づこう。
                                             (イザヤ書 55章2節)


 今日のみことば、この当時は肉の中で脂肪は最も良いものでした。私たちが神様に従う時、私たちは神様から最善の祝福を受けます。大きな

祝福を受ける前には、困難が来ます。

 十数年前、当時岐阜教会に所属していたサリーさんは伝道熱心で、仕事を辞めて伝道宣教の船に乗ることを決めていました。しかし、預言で

その船に乗るのは御心ではないとはっきり語られ、葛藤はありましたが、船に乗ることを辞めたのです。しばらくして、親戚の方からチェコで

の仕事の誘いを受け、確認を取り、教会から宣教師の按手を受けてチェコに行きました。その後、非難中小の惑わしで彼女は教会を出て、7年間

他教会に行ってましたが、毎日悲しく、目の前が真っ暗になってしまったそうです。この教会の与えられている宣教の召しを失ったからだと思い

ます。しかし、神様は「彼女は戻ってくる」と語られていました。

 預言でチェコの教会のことが再び語られ始めた時、彼女がこちらのインターネットを見ていることがわかり、教会から連絡をしました。彼女は

初めびっくりしていましたが、こちらの教会に家族で戻ってくることになり、チェコ教会が再スタートしました。聖霊に燃やされた彼女を通して

8人の人が救われ、また、チェコ関係でイスラエルでのロシア系ユダヤ人との関わりが開かれました。

 教会と召しは一つです。御心の教会につながり、主に聞き従って行き、最善を受けましょう。
                                                    (文責:山口由華)

 

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2014年11月16日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   小さい事に忠実な人は、大きい事にも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい 事にも不忠実です。
                                             (ルカの福音書 16章10節)


 このみことばは、今回のイスラエル派遣中にも何回も預言を通して語られたことばです。今回、ロシア系ユダヤ人の方との関わりが開かれました。

パウロ牧師は以前の派遣中に歯の詰め物が取れてしまった事がありましたが、「すべての事に感謝しましょう」と語られている のですぐに感謝され、

そのことがブログに載りました。ブログの事で以前ホームページの多言語化ということが語られていてすべて英訳されています。そのブログを見た

チェコの人が「こんなことにも感謝するのか」と感動され英語の預言の本を翻訳したいと言ってくださいました。

 今回の事柄でも小さな事柄、ちょっとした事柄を通して大きな働きが開かれました。神様の聞き従いにおいては、言われたらすぐにやる。そうし

ないと開かれない事柄があります。
 今年度のみことばのように大いなる恐るべき神様の業が起こってきます。でもそれは、小さな事を忠実になしていく中で開かれていきます。それは、

私たちの肉の力では全うすることができません。ですから私たちは祈っていきましょう。そして、神様の大いなる業をみていきましょう。
                                                    (文責:神崎久美子)

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2014年11月9日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   わたしは、あなたの民すべての前で、地のどこにおいても、また、どの国々のうちにおいても、かつてなされたことのない

       奇しいことを行おう。

       あなたとともにいるこの民はみな、主のわざを見るであろう。わたしがあなたとともに行うことは恐るべきものである。

                                            (出エジプト記 34章10節)

 

 この御言葉は、新年の御言葉です。

 御言葉の中にある、「奇しいわざ」や「恐るべきわざ」が起こる前には、問題が許されます。

また、「恐るべきわざ」は自然に起こるのではありません。昨年の御言葉『いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。』

(ピリピ4章4節)これを実践し、信仰を働かせる必要があります。つぶやきや文句を言っていては、神様の恐るべきわざを見れなくなる可能性

があります。

 起こってくる問題に感謝し、信仰を働かせ、ともに主の恵みを受けていきましょう。               (文責:苫米地晃一)

 

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2014年11月2日 主日礼拝説教 ハンナ吉田伝道師

聖書箇所   わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。ーー主の御告げーー

       天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。

                                            (イザヤ書 55章8節〜9節)

 

 15年前、私が最初に行ったイスラエルチームの時のことです。主人の勤め先の会社から永年勤続で旅行費用が与えられ、主人と息子と

私の3人で派遣に行くことができる、めったにない機会でした。しかし、その直前、父に胃がんが見つかり、その派遣中に内視鏡手術の

予定が入り、行くことが難しい状況が許されました。私はどうするか悩みました。そんな時、聖会で長老に祈っていただく機会が与えら

れました。預言は吟味が必要ですが、預言で「行きなさい。わたしがイスラエルであなたにし示すことがある。お父さんは守られる。」と

語られました。手術日に私が不在なのは問題だと思いましたが、教会の助言をいただき、自分でも吟味して派遣に行くことに決めました。

そのことで弟が激怒しましたが、弟が父のために知り合いの良いお医者さんに連れて行き、結局、監査に時間がかかり、私が派遣から帰って

から内視鏡ではなく、開腹手術をする事になり、立ち会うことができました。手術は成功し、父は家族の誰よりも食欲旺盛で、今も元気です。

そして、神様に従って派遣に行った結果、生涯に関わる言葉が私に与えられました。

 人の思いと神様の思いは違います。人の思いをはるかに超える神様の祝福と恵みが与えられます。神様に従っていきましょう。

                                                   (文責:山口由華)

 

 

◯2013年11月〜2014年10月の説教要旨は、こちらです。

                                               

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