聖書アイコン 説 教 要 旨

2014年度 (2013年11月〜2014年10月)説教要旨

 リストマーク

2014年10月26日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。

                                            (ピリピ人への手紙 4章4節)

 

 このみ言葉は、神様が私たちにいつも喜んでほしい、どのような迫害や厳しい状況の中にあってもいつも喜んでいなさいと願っておられ

ることです。このことは私たちの守りとなり、また喜んでいる人を通して福音宣教の働きは進んでいくからです。世の終わりには多くの悲

惨なことが起こっていきます。でも、すべての問題の背後に神様の最善があり、計画があります。私たちは、それを感謝していきましょう。

一歩進んで、喜びがあふれるまで感謝し続けましょう。

 皆さんは、この1年を振り返ってみて、喜びに満ちた1年だったでしょうか。私は、特にこの年末の感謝できない事柄に感謝していく中で

悔い改めが導かれました。そして、「もっとへりくだって弱さを感謝できるように」と神様に示されました。皆さんも感謝できないことを

特にこの年末の一週間に感謝をし、その中で導かれる悔い改めをしていただきたいと思います。

 新年度以降においては、働きがいろんな面で本格化してくると思います。時が近づいてします。しっかり目を覚まして備えていきましょう。

目を覚ますことは、ひとつの重要な事柄です。喜んでいる時に私たちは神様からの語りかけを受けられます。つぶやいている時に私たちの目は

問題や困難に向いています。喜ぶ時は、問題ではなく神様に私たちの思いがいっている時なのです。

 これから救いを伴いつつ圧倒的な勝利が現されていくと思います。ぜひ徹底した感謝、悔い改め、喜びをこの年末年始にさらに持って行きま

しょう。                                              (文責:神崎久美子)

 

 リストマーク

2014年10月19日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   すべての事について感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

                                            (テサロニケ人の手紙第一 5章18節)

 

 今日は、私たちがいつも学んでいる「感謝」についてです。皆さん、実践しているでしょうか。イスラエル派遣前に、住んでいる所に

工事が入ることが判り、大掃除をしなければならず、ついつい神様に文句を言ってしまい、悔い改めが導かれました。起こった時には理解

できず、「何で?」と思ってしまいますが、背後に神様のすばらしい計画があるのです。人生の中で、「あの人さえいなければ幸せなのに」

という人がいるでしょうか。

 マーリンさんは神学校の授業の中で、「あなたは傷ついていますか?それは、あなたが傷つくことを選んだからです。落ち込むことを自ら

選んでいるのです。そうではなく、感謝することを選ぶのです。そうすることは、皆さんできるんですよ。」と語っておられました。私たち

が、思い悩み、落ち込んだりする時、神様が働くことはできません。それは不信仰だからです。感謝することに決めて、実践していきましょ

う。理解できないことにさえ、感謝を実践していきましょう。導かれる悔い改めをなし、感謝をし、神様の恵みを受けていきましょう。

                                              (文責:苫米地晃一)

 リストマーク

2014年10月12日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。

                                            (エペソ人の手紙 1章23節)

 

 私たちひとりひとりは、教会のみ体の一部です。指は楽器を弾いたり、色々な働きをしますが、指を切ってからだから話して置いてお

くとどうなるでしょう。腐って死んでしまいます。み体にきちんと繋がっているからこそ機能を果たすのです。

 クリスチャンは、イエス・キリストを信じていれば、たとえ教会に行かなかったとしても天国へ行くことはできます。しかし、クリス

チャンとしての本来の豊かな祝福を受け取り、またその働きを全うするためには、しっかりと教会に繋がっている必要があります。教会

に集って来るときにその人たちの必要は満たされていくのです。

 この世の全てのものは、神様の栄光のために神様が創造されたものです。私たちの群れには、教会を土台とした新聞、出版、音楽、孤

児院などの働きがあります。今は小さい働きかもしれませんが、これから世を抜いていきます。

 皆さんは、教会のみ体のひとりとして重要な働きの使命が与えられて、豊かな祝福を与えられています。信仰を働かせて豊かな祝福を

受け取って頂きたいと思います。                                     (文責:神崎久美子)                                                                                       

 リストマーク                                             

2014年10月5日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。

                                            (ヨハネの手紙第一 5章15節)

 

 神様の祝福を受けるポイントは信仰を用いることです。

 「求めなさい。そうすれば、与えられます。」

 「病を癒してください。」「海外宣教に行くための経済を与えてください」「働きのために必要な経済を満たしてください」等々、祈り

求める時、神様が導いておられるなら満たされます。神様が御心としておられるなら、それに伴う必要とされるものは全て神様が用意して

満たしてくださるのです。海外宣教であれば、まず、導かれているかどうかを確認するということは非常に重要です。

 第一段階は「信じる」ということでしたが、第二段階は「受けたと信じて対応していく」ということがポイントです。「与えられたこと

をありがとうございます」と告白したり、病に置いては「癒やされた!」と告白するのです。

 「与えられるでしょう」とか、「癒されると思います」ではなく、「与えられました!」「癒やされました!」「必要が満たされました!」

と告白していくのです。

 否定的な言葉は神様の働きを妨げ、祝福をとどめてしまいます。意識して、信仰の言葉、感謝の言葉を語っていきましょう。受けたと信じて

新古の告白をしていきましょう。そして、神様の祝福をみていきましょう。               (文責:苫米地晃一)                                                

 リストマーク

2014年9月28日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   また、彼は私に言った。「この書の預言のことばを封じてはいけない。

       時が近づいているからである。」

                                            (黙示録 22章10節)

 

 現代は、困難な時代になってきています。先日は、御嶽山が噴火し亡くなった方々があります。もし、休火山が次々に噴火したら大変な

ことになります。現代は、イエス様の福音を語っても、世の人々は他に楽しみがあり、神様の事柄に興味がありません。しかし、本当に困

難な時代が来たら。人々は確かなもの、助けてくれるものを真剣に探し求めるようになります。世の終わりの時、人々が深く悔い改め、へ

りくだるその時が刈り取りの時です。大変な中でも真に神様にある人には神様の助けや祝福が伴うのです。

 黙示録22:10ー12、黙示録の預言は必ず成就します。黙示録にあるように、世界の中心はヨーロッパに移って行き、中東和平を締結す

る人が現れますが、その人が反キリストです。和平締結からの7年間が患難時代で、その中間でクリスチャンの携挙があります。患難時代

前半の3.5年の中にリバイバルが来ます。リバイバルの短い期間中に働き人を立て上げるための準備が必要です。後半の大患難時代に残って

しまった場合は、クリスチャンには殉教か背教の選択が迫られます。患難時代の後は、1000年王国が来てクリスチャンはよみがえります。

その千年王国の終わりにサタンが解き放たれますが、裁かれ、燃えるゲヘナ(地獄)に投げ込まれます。そして、天から新しいエルサレムが

降りてきます。私たちは、これから起こってくる事柄を理解する必要があります。

                                                    

                                              (文責:山口由華)

 

 リストマーク

2014年9月21日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。

       必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成就させる。

                                            (イザヤ書 55章11節)

 

 私たちの教会では「感謝」ということを学んでいます。本当に感謝していく時に深い悔い改めへと導かれます。本当に悔い改めた時には、

その人の人生は大きく変化していくことを知ることができます。私たちを真に悔い改めに導くのは聖霊様です。私たちの肉の力では、悔い

改めることはできません。聖霊様は私たちに罪を認めさせて悔い改めに導くお方です。

 ダビデ王は、人妻バテシェバと姦淫の罪を犯し、それを隠蔽しようとして彼女の夫を戦争の最前線に送り、戦死させました。罪には必ず

裁きがあります。ダビデとバテシェバの最初の子どもは病死しました。このことでダビデは深く悔い改めました。悔い改めた時、罪は許さ

れます。その後、二人の間にソロモンが生まれます。

 神様は悔い改めに導くために裁きを許されます。本当の悔い改めに導きたい、厳しいことをしてでも、神の前に聖い状態でいてほしいと

神様は願っておられます。

 さらに私たちは、聖霊様に導かれて悔い改め、新しい者となり、神様を喜ばせる者として歩んでいきましょう。                                                    (文責:神崎久美子)

 

リストマーク

2014年9月14日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て。わたしが示す地へ行きなさい。

       そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は

       祝福となる。」                                  (創世記 12章1節〜2節)

 

 神様がアブラム(改名する前のアブラハム)に語りかけた時、アブラムはすでに高齢でしたが、アブラムは神様の言葉を信じました。そして、

アブラハム100歳、妻のサラが90歳の時イサクを産んだのです。アブラハムは信仰を最後まで貫き通しました。今現在、イスラエルの民は星の

数のように増え広がっています。

 主の十字架の群れの働きで、孤児院、海外宣教、賛美の働き、出版の働き、インターネットの働き等、全ては預言を通してスタートしました。

「神様の御心を早く正確に知る方法を教えてください。」と祈り求めて始まったのが、この預言の働きです。

預言の働きがなかれば、今の大阪教会はないでしょう。預言を通して、全国に教会を作るという主の言葉が成就しているのです。

 出エジプト記で幕屋作りのことが書かれている箇所がありますが、神様が幕屋を作るのに必要な建築技術を教えたという箇所があります。

 神様は私たちに自由に選択する意思を与えてくださっていますし、また従う時に必要な能力や力を与えてくださいます。そして、神様に従う時

に大いなる祝福を見ることができます。神様の計画の内を歩み、神様が用意してくださっている祝福を受け取ってください。

                                                       (文責:苫米地晃一) 

 

リストマーク

2014年9月7日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   最後に、私の兄弟たち、主にあって喜びなさい。前と同じことを書きますが。これは、

       私には煩わしいことではなく、あなたがたの安全のためにもなることです。       (ピリピ人の手紙 3章1節)

 

 ピリピ人への手紙は、パウロが晩年、投獄中に書いた「獄中書簡」また別名「喜びの書」と言われています。パウロは晩年、獄中にありました。

普通、投獄されている時というのは失望し落胆するものですが、彼は信仰が成熟し喜んでいました。しかし、気がかりなのは残された教会の兄弟姉妹

のことでした。パウロは彼らに喜ぶようにと伝えたのです。

 私は8月に中耳炎になり、耳が聞こえなくなりました。でも、先週の半ばくらいから聞こえるようになってきました。耳が聞こえない時は落ち込み

ましたが、感謝の対応を成し続け、お医者さんも諦めずに治療してくださいました。そんな中、先々週のことですが、長崎から来られたY兄弟が、月

曜礼拝の中で証をしてくださいました。長崎教会で片耳の聞こえない女性に30分間癒しの祈りをしたら瞬時に癒やされたという証でした。その証を

聞いて、私も30分間癒しの祈りを実行しましたら、聴力が上がったように思います。病院での検査が楽しみになりました。

 ピリピ3章2節、異端に気をつけるようにと言っていますが、異端の方々には喜びがありません。神様との関係が正しい時、喜びがあります。イエス

様の十字架を信じ、本当に救われているかどうかの見分けは、喜びがあるかということです。

 これから困難な時代がやってきます。全てを感謝し、喜ぶことが重要です。喜ぶ時、困難が益に変わります。

                                                    (文責:山口由華)

                                                   

リストマーク

2014年8月31日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、

       全ての悪から私たちをきよめてくださいます。               (ヨハネの手紙第一 1章9節)

 

 私たちの教会では、「感謝」ということを学んでいます。本当に感謝して行く時に、深い悔い改めへと導かれます。本当に悔い改めた時には、その人の

人生が大きく変化していきます。私たちを本当の悔い改めに導くのは聖霊様です。私たちの生まれつきのままの力では、悔い改めることはできません。

聖霊様は、私たちに罪を認めさせて、悔い改めに導くお方です。

 聖書に出てくるダビデ王は、人妻バテシェバと姦淫の罪を犯し、それを隠蔽しようとして彼女の夫を戦争の最前線に送り戦死させました。罪には必ず裁

きがあります。ダビデとバテシェバの最初の子どもは病死しました。このことでダビデは深く悔い改めました。悔い改めた時に罪は許されます。その後、

二人の間にソロモンが生まれます。

 神様は、悔い改めに導くために裁きをなさいます。本当の悔い改めに導きたい、厳しくしてでも、その人に神様の前で聖い状態でいてほしいと、神様は

願っておられるのです。

 私たちは、聖霊様に導かれて悔い改めるべきことを悔い改め、神様を喜ばせる、新しい者へとされて、歩んでまいりましょう。

                                                    (文責:神崎久美子) 

リストマーク

2014年8月24日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めるものは何でも、それをしましょう

       父が子によって栄光をお受けになるためです。                (ヨハネの福音書 14章13節)

 

 ヨハネ16章21節には、「女が子を産むときは、その時が来たので苦しみます。しかし、子を産んでしまうとひとりの人が世に生まれた喜びのために、

もはやその激しい苦痛を忘れてしまいます。」とあります。出産は人によりますが、ひどい場合には命をなくしたり、大変なことです。しかし、苦しんで

終わりではなく、新しい命が与えられると、何倍もの喜びがあります。

 イエス様にとっての産みの苦しみとは、十字架です。弟子たちは十字架とともに大きな揺るがしと試練の中を通りました。しかし、イエス様の十字架を通

して、多くの人に救いと恵みが与えられました。イエス様は、十字架をまっとうされたことで、天において高い位に着かれました。イエス様を信じる私たち

は、このイエス様の御名によって祈り求める時、何でも与えられるのです。何でも与えられると信じて祈っているでしょうか。長年かかっていることでも、

諦めないでください。

 イエス様に従い歩む時、私たちは産みの苦しみの中を通ることがありますが、必ず神様はその祈りを聞いて答えてくださいます。神様の栄光が現されるの

です。信じて、大胆に最後まで祈りきっていきましょう。

                                                    (文責:苫米地晃一) 

 

リストマーク

2014年8月17日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。

                                             (マタイの福音書 6章33節)

 

 マタイ6章29節に出てくるソロモンは、実在したイスラエルの王です。彼は最も映画を極め、聖書の記述によると「象牙に金をかぶせた王座に座り、

知恵と知識に優れ、多くの人びとから尊敬されていました。多くの奥さんやそばめが居て、あらゆる財宝を持っていました。現在の人がほしいと羨む

ようなものを、ソロモン王はすべて持っていました。しかし、それにも関わらず、彼は著書「伝道者の書」に「空(くう)の空(くう)。」つまり、

すべて虚しいと書いているのです。彼は最善なのは、神の戒めを守ることだと言っています。

 神様は野の草花さえも綺麗にしてくださっているのです。まして、神様の形に似せて造られた、私たち人間に良くしてくださらないことがあるでしょ

うか? 

 マタイ福音書6章31節〜34節、神の国とは、永遠の住まい=天国のことです。義とは、神さまの正しさの事で、神様の言葉は真実で正しいという事

です。私たち自身が、神様の言葉の正しさを体験し、証してまいりましょう。私たちには、使命をもってこの世に生まれてきたのです。神様の使命を

まっとうするために必要なものは与えられます。

 私たちは、神様を第一にし、神様の言葉に従ってまいりましょう。能力がないとか、健康がちょっとと思ったとしたら、神様に求めましょう。

 経済や健康、能力、必要な助けを神様が与えてくださいます。更に主を信頼してまいりましょう。 

                                                     (文責:山口由華) 

 

 

リストマーク

2014年8月10日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   すると、彼らに答えて言われた。「あなたがたで、あの人たちに何か食べる物をあげなさい。」そこで、弟子たちは言った。

       「私たちが出かけて行って、二百デナリものパンを買ってあの人たちに食べさせるように、ということでしょうか。」    

                                 (マルコの福音書 6章37節)

 

 この聖書箇所は、5000人のパンの奇跡のところです。多くの人々がイエス様のところに集まり教えを受けました。しかし、そこはへんぴな所で

食べる物がなく、5つのパンと2匹の魚しかありませんでした。イエス様は弟子たちに「あなたがたで食べる物を用意しなさい。」と言われました。

弟子たちはそんなことは無理だと思いましたが、イエス様は本気で言われたのです。それは、信仰を用いればできることであったからです。

 イエス様は、弟子たちに代わってパンと魚を取り、神様に祝福を求めて祈ってから配るようにと弟子たちに渡されました。弟子たちが配り始める

と、それは増え、皆が食べて満腹したとあります。パンの余りを取り集めると12のかごにいっぱいありました。12は完全数です。パンは無限に増え

たのです。神様が私たちに与えようとしておられる恵みはこのようなものです。

 旧約のエステル記には、王様の印鑑について書かれています。王様の印鑑を押した文書は誰も取り消すことができないのですが、その印鑑はすでに

モルデカイの手に渡されていました。私たちは祈りの際に「イエス・キリストの御名によって」と祈りますが、これは王様の印鑑を押した文書のよう

に誰も取り消すことのできない効力のあるものなのです。神様の御心に反する祈りでない限り、「イエス様の御名によって」祈った祈りはきかれます。

 皆さん、どうか信仰をもって祈ってください。祈り、信仰の告白をして、信仰を用いてください。私たちには、イエス・キリストの御名を使う権利

が与えられています。ぜひ、この権利を用いていってください。                        (文責:神崎久美子) 

 

 

リストマーク

2014年8月3日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   しかし、そのようなことはみな、産みの苦しみの初めなのです    

                                 (マタイの福音書 24章8節)

 

 イスラエルの情勢や、シリア、世界を見る時に、終わりの時代の始まりを象徴した出来事が起こって居るのを見ることができます。24章全体は、

イエス様が弟子たちに向けて語られた言葉ですが、同時にクリスチャンにも向けられたいるメッセージでもあります。

 9節、「人々はあなたがたを苦しい目に会わせ、殺します。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての国の人々に憎まれます。」世界各地

でクリスチャンが、実際に非常に困難な状況に置かれています。反キリストが中東和平を締結し、その後に7年の患難時代に突入します。後半の3.5年

の大患難に入る前に、クリスチャンの携挙があるという立場に私たちの群れは立っています。そして、イエス様がオリーブ山に再臨され、千年王国が

やってきます。

 また、終わりが近いということは、リバイバルが近いということです。マーリンさんは1人が100万人を救うようになると示されたと言われました。

確かに、その通りになるでしょう。

 400年前に長崎で地を流して殉教した、殉教者の報いを得る日が近づいているのです。殉教者たちが天を見上げ全うしたのにならって、私たちも天国

に召されているのですから、天国を目指して歩んでいきましょう。                            (文責:苫米地晃一)

 

        

リストマーク

2014年7月27日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   それで、主はあなたを苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナを食べさせられた。

       それは、人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出るすべてのもので生きる、ということを、あなたにわからせる

       ためであった。                                     (申命記 8章3節)

 

 この申命記8章は、私が神学生になる時に与えられた御言葉です。当時、仕事を辞めてフルタイムで献身するように神様に示されました。

 2節、試練の中で何に信頼しているのかがはっきりわかります。神様は私たちを懲らしめることが目的でなく、本当に神様に信頼しているかどうか、

これからの本格的な働きに耐えられるかどうかということを試されます。

 イスラエルの民が旅した地は、不毛・焼けつく地であり、水も食糧もない、人が生きていく環境ではない所でした。しかし、その中で神様の言葉を

信頼して生きていくことを訓練されました。しかも、40年間、神様は毎朝マナ(丸い白い食べ物)を降らせ、水も与えて、イスラエルの民を養って

くださいました。神様のことばを信頼していれば大丈夫だよと充分に教えるためでした。

 私は東京で3年間、アルバイトすることなく神様に支えられて生活しました。神様は、私たちを良い地に導き入れ、祝福を与えるためにあえて困難

や試練を与えられます。許される困難を感謝し、約束の良い地に入って行きましょう。

                                                       (文責:山口由華)         

リストマーク

2014年7月20日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   「見よ。わたしはすぐに来る。この預言のことばを堅く守る者は、幸いである。」

                                                (ヨハネの黙示録 22章7節)

 

 今、凶暴な事件、紛争、戦争等、終わりの時代の兆候が現れ始めています。終わりの時代には、非常に困難な事柄が起こってきます。しかし、私たちは

神のことばである聖書のことばを堅く守って歩むなら、どんな困難な中にあっても神様の守りを受けていくことができるのです。神様は真実な方で、神様

のことばに従っていった時には、全て責任を持ってくださいます。

 私は18年ぐらい前に神様に従って大阪の教会に来ました。大阪の生活は厳しく、必要のために祈る毎日でした。夏は私の家で神学校・祈祷会をしており、

人が集まるととても暑くなりました。とうとう私は、暑さに我慢できずに「神様は必要な物は与えてくださる」という信仰に立って、お金もないのに、クー

ラーを買ってしまいました。それから、毎日ひざまづいて、必死で「お金を与えてください」と祈りました。そして、支払いの2日前、ある人が訪ねて来ま

した。その方は金銭トラブルのことで「お金が返ってくるように」と祈ってほしいとのことで教会で祈っていた方でした。その日は、お金が返ってきたので

その十分の一を献金したいと言って持ってきてくださったのです。間に合ってクーラー代が与えられました。

 神様に従っていくときに神様は豊かに助けて下さり、その必要を満たしてくださいます。私たちは、不確かなこの世の物に頼るのではなく、決して変わる

ことのない神様のことばを堅く守り、神様に依り頼んで歩んで行きましょう。                    (文責:神崎久美子)

 

         

リストマーク2014年7月13日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。これが律法であり、預言者です。

                                                (マタイの福音書 7章12節)

 7節からことばを見ると「求めなさい。そうすれば与えられます・・・」とあります。子どもたちは愛する存在であり、世にある人々でも自分の子ども達

には良い物を与えたいと思っています。神様も始めに私たちを愛してくださいました。そして、良い物を与えたいと思っておられるのです。

 また、「律法であり、預言者です。」という言い方は、他の箇所にもあります。マタイ22章に出てくる『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、

あなたの神である主を愛せよ。』『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』この2つの戒めに律法全体と預言者とがかかっているという箇所です。

 多くの人々は、自分のことを間違って評価し、誤った否定的なセルフイメージを持っています。神様がどれだけ自分のことを愛してくださっているかを知り、

また感謝できないようなことに対しても信仰おwもって感謝していく時に、皆さんの内側が変えられていきます。また、周りにいる受け入れられないような人

々に対し感謝していくと、自分の中に自分に対してm受け入れられない部分があることに気付かされます。園中で感謝し続ける時に、神様のことがわかり、始

めて相手の立場になって考え、思いやりある行動がとれるように変えられていくのです。

 さらに神様に求めていきましょう。また、隣人への愛を実践していく者となってまいりましょう。               (文責:苫米地晃一)

 

 

リストマーク2014年7月6日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。

                                           (ヤコブの手紙 1章2節)

 皆さんにとって、この上もない喜びとは何ですか? 宝くじが当たることでしょうか? 

 私の場合は、家族が救われ教会に来ることや一緒にキャンプに参加することですが、聖書には、さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと

思いなさいとあります。この上もない喜びとは、一番の喜びということです。

 試練の中で信仰が試されます。ある人は試練や困難の中で信仰を捨ててしまったりします。忍耐を持って待ち続けるのです。諦めたり、文句を言うことで

はなく、信仰を告白して神様に信頼し続け、祈り続ける。忍耐、信仰を働かせるということです。

 何のために忍耐がゆるされるのでしょうか。それは、成長を遂げた完全な者となるためなのです。試練や困難が起こったならば、すぐに解決したら良いと

思いませんか? しかし、多くの場合、忍耐することがゆるされ、その中で信仰が成長します。

 アブラハムも忍耐し長年待ち望んで、息子のイサクが与えられました。そして、最後の試しの時、アブラハムはイサクをためらうことなく神様に捧げよう

としました。もし、もっと早くイサクが与えられていたら、アブラハムは従えなかったでしょう。その信仰によって、アブラハムはイスラエルの信仰の父と

なりました。長い試練や困難の背後に、素晴らしい神様の祝福、計画があります。忍耐し、喜び、信仰を働かせていきましょう。  

                                                             (文責:山口由華)

 

リストマーク2014年6月29日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだということを知っているでしょう。

       ですから、あなたがたも賞を受けられるように走りなさい。         (コリント人への手紙第一 9章24節)

 

 今、ワールドカップが開催されています。残念ながら日本は敗退しましたが、皆、優勝を目指して参加していると思いますが、優勝できるのは、1チーム

だけです。24節には「賞を受けられるように」とあります。そのためにはどうしたらよいでしょうか。25節に「あらゆることに自制します」とあります。

なぜそうするのでしょう。はっきりとした目標があるからです。私たちが勝利者としての歩みをするたまには、はっきりとした目標、ビジョンを持つことが

必要です。

 ダビデ前田牧師は、ミュージシャンを目指していましたが挫折して薬物中毒となり、精神病院に入院となりました。その中で神様と出会いました。前田牧

師には「自分が作詞作曲した曲が、幅広い年令層の人に歌われるようになったらいいな」という夢がありました。ある時、神様から「ゴスペルだけを聴くよ

うに」と語られて、その事に従い、持っていた全てのテープやレコードを捨てました。そして、今は作詞作曲が与えられ、「やすらぎの歌」や「風のひびき」

の歌集にたくさんの曲が載っています。また、日本で一番大きい教会から、証と賛美の奉仕にと要請を受けて行くという事柄が実現しました。

 皆さんも神様が与えるビジョンを持って歩んでください。ビジョンを持ち、最後まで従い通して人生の勝利者となり、いのちの冠を受けてください。 

                                                             (文責:神崎久美子)

 

リストマーク2014年6月22日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられたものです。

                                                     (ローマ人への手紙 13章1節) 

 本日は「権威」について学びます。

 日本のトップに安部首相がいますが、例え靖国参拝など神の御心と反することをしていても、神様によって立てられた権威です。ですから、神様の御心を

行うように、国のリーダーのために祈っていく必要があるのです。家庭にあっても権威があります。神様に従わない夫であっても、神様に立てられた権威で

す。しかし、権威には範囲があります。会社で言えば、利益を得るための枠内で権威が与えられていると言えます。もし、会社が犯罪を犯しなさいというよう

な指示を出しても従う必要はありません。範囲を超えているからです。また、上に立つから偉いのかというと、そうではありません。権威とは順位付けのため

のものではないからです。

 ダビデがサウルに命を狙われた時、『神様に油を注がれた人だから』と言って、逆にサウルを返り討ちにすることは一切しませんでした。神様が上に立つ権

威に対して裁きをなさいます。オカシイなと感じた時は、改善してほしいと要望したり、報告することは良いと言えます。

 権威とは人を縛るためのものではなく、皆さんを守るためのものであるということを覚えておいてください。私たちの教会はこれから大きな働きに入ってい

きます。神様の御心の組織体制となり、権威秩序が確率されるようにお祈りしていきましょう。

                                                           (文責:苫米地晃一)

 

リストマーク2014年6月15日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   それから、イエスは群衆を弟子たちといっしょに呼び寄せて、彼らに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、

       自分を捨て、自分の十字架を負い、そして、わたしについて来なさい。」              (マルコの福音書 8章34節)

 本日の御言葉、神に従うためには、自分を捨てる覚悟がなければ、聞き従うことができません。なぜなら、自分の計画と神様の計画は相反することが多いから

です。自分を捨てるとは、いのちさえも捨てる覚悟、自分の執着している物や考え、思いよりも、神様の側に従うということです。覚悟がなければ、神様に従

い通すことができないのです。

 私の若いころの願いは、金持ちになり有名になり、他人を見返すことでしたが、挫折して神様に導かれ、宣教師になり貧しい人に仕えたいという願いが神様か

ら与えられました。私はたとえ殉教しても神様に従いますと祈りました。献身とは、神様が私を自由に使ってくださいということです。しかし、多くの献身者の

方々は、献身してしまったのに自分の思いに従い、自分に死んでないゾンビのようになってしまっています。一番いいのは、自分に死んでしまうことです。

 幸いなことに、私は神様から離れて歩むことの虚しさを知っています。大阪に来ることも私の計画にはありませんでしたが、従って良かったと思っています。

 皆さんの人生も、神様が計画をもっておられます。自分を捨てる覚悟をもってください。神様の側を選んで行きましょう。

                                                             (文責:山口由華)

 

リストマーク2014年6月8日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   わたしは、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。

       捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。

                                            (ルカの福音書 11章9節)

 この御言葉は「祈りなさい。」ということを言っています。皆さんは、熱心に祈ったけれど、応えられていない祈りがあるでしょうか?皆さん、失望しないで

祈り続けてください。また、祈る前から諦めてはいませんか?まず、祈らなければ何も起こりません。祈り続けてください。よほど御心でない祈りではない限り

神様は聞いてくださいます。

 祈りが聞かれない原因の一つに「不信仰」があります。聖書には「あなたがたの信仰のとおりになるように。」とありますから、「どうせ、私の祈りなんか聞

いてもらえない。」ではなく、「私の祈りも聞いてくださる」と告白を変えてください。

 神さは祈りに応えてくださいます。祈れないと思ったら、祈る力を求めてください。神様に求めて祈ったけど何と言っておられるか、はっきりとわからないと

いう方は、10時間祈ってください。10時間も熱心に祈ればわかってきます。祈り続けてください。

 モーセが祈りの手を上げ続けていた時には、イスラエル軍は優勢でした。ところが、モーセが疲れて手が下がった時にはイスラエル軍は押されてしまいました。

祈りは重要です。大阪教会の働きが進んでいくためには、祈りが必要です。また、ご自身のためにも祈ってください。皆さんが祈る時に、その祈りは聞かれます。

祈り求め続けてください。

                                                            (文責:神崎久美子)

 

 

リストマーク2014年6月1日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです。

                                            (マタイの福音書 18章35節)

 本日は「赦し(ゆるし)」というテーマです。

21節から見てみると、「兄弟が罪を犯した場合、何度まで赦すべきでしょうか。」との質問に、イエス様が「7度を70倍するまで。赦しなさい。」と答えられて

います。ここでは、490回という具体的な回数許すという意味ではなく、永久的に赦し続けなさいと言っています。そして、1億円相当の借金をして返済に困窮し

ていた男の例え話が出てきます。主人はかわいそうに思い、借金を免除してやりました。しかし、免除されたにも関わらず、100万円相当のお金を貸していた男に

出会うなり、首をしめて返済を迫り、返せないとわかると投獄したのです。その一部始終を聞いた主人は、激怒し、彼を捕えて獄吏に引き渡しました。

 私たちは、相手が悪いと思っていなくて、謝ってこなかったとしても赦しましょう。それは、感情的には非常に難しいことです。害を与えた人はどうなるので

しょうか? 聖書には、「裁きは神様に任せなさい。」と書いてあります。神様が正しい裁きをなさいます。

 感謝の対応を取ることは、「神様に信頼し委ねます」という信仰です。その時、神様が御手を働かせて解決を与えてくださるのです。

 皆さんには、赦すことができます。憎しみに縛られるのではなく、害を与えてくるような人のためにも祝福を祈り赦し、神様の祝福の内を歩んでまいりましょう。

                                                            (文責:苫米地晃一)

 

リストマーク2014年5月25日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   彼が近寄ってきたので、「わたしに何をしてほしいのか」と尋ねられると、彼は「主よ。目が見えるようになることです。」と言った。

                                            (ルカの福音書 18章41節)

 

 今日の御言葉ルカ18章1節〜。盲人は大声で「ダビデの子。イエス様。私を憐れんでください。」と言いました。旧約聖書にダビデの子孫にメシア(救い主)

が生まれるとありますので、盲人は「救い主イエス様」と呼びかけたのです。

 多くの人々が問題解決を求めてイエス様のところに殺到していました。その中で、盲人はしつこく叫び続けました。周囲の人々は彼を黙らせようとしましたが、

彼は一生懸命に求め続けました。私たちは祈る時に簡単に諦めてはなりません。祈り続けることが重要です。

 昨日、大阪市役所前の川沿いでご飯を食べていたら、一羽の鳩が近寄ってきました。以前にパンをあげたら、多くの鳩が寄ってきて大変になったことがありま

したので絶対にあげないと決めていましたが、その鳩がしつこく求めてきたので、かわいそうになり最後の最後に、その鳩にだけご飯つぶをあげました。神様は

私たちに良い物を与えたいと願っておられます。

 40節、聞かなくてもわかりそうですが、イエス様は盲人に「何をしてほしいのか」と尋ねられました。彼は具体的に「目が見えるようになることです。」と

言い、彼の目が見えるようになりました。栄光が現されたのです。

 このように、私たちは具体的に祈ることが重要です。信仰を働かせ、具体的に祈り求め続けましょう。                                                            (文責:山口由華)

 

リストマーク2014年5月18日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。

                                            (ヨハネの手紙第一 1章9節)

 

 アダムとエバは、何を食べたでしょうか?「善悪の知識の木の実」を食べたのです。ですから、私たちは生まれつき善悪を判断する力を持っています。悪い

事をしたという思いは、私たちの心の中に暗い影となっていきます。その暗いところが長期にわたると、そこに悪霊が住み着きます。神様と和解するためには

すべての罪を言い表して、悔い改めないといけないのです。私たちの信仰は、「悔い改め」から始まります。

 私が神学生の時、霊の戦いの授業があり、偶像礼拝から受けている霊の断ち切りの宿題が出ました。人によっては偶像礼拝を通して、縛りを受ける人がいます。

霊の縛りによって、霊的成長を妨げられたりすることがあります。皆さんも思い出す毎に悔い改め、霊の断ち切りをしていただきたいと思います。その日の夜に

一日を振り返り、悔い改めてください。また、感謝することを通しても、神様が悔い改めに導いてくださいます。悔い改める時、神様はすばらしい恵みを与えて

くださいます。神様には、赦すことのできない罪はありません。神様は私たちを愛してくださっています。この神様の愛を受け取っていただきたいと思います。

                                                              (文責:神崎久美子)

 

 

リストマーク2014年5月11日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   するとイエスは言われた。「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」

                                            (マルコの福音書 9章23節)

 

 この箇所は、口をきけなくする霊につかれた子どもを持つ父親が、イエス様の所にきたときのことが書かれています。現代では精神病(神経疾患)として

分類されていますが、本当の原因が悪霊によることも多いのです。悪霊と言うと怪訝な顔をされる方もいるかもしれませんが、悪霊が私たちの生活に非常に

密接に関わっていることは事実です。この悪霊につかれた息子を解放するために、父親はあらゆる手段を尽くしました。その後で、最後の望みをかけてイエ

ス様の所に来たのです。ですから「もし、おできになるなら・・・」と不信仰な言い方をしてしまいました。彼はその不信仰をイエス様に咎められ、「信じ

ます。不信仰な私をお助けください。」と悔い改めました。

 イエス様の弟子たちは「この種のものは祈りによらなければ追い出せない」ことを知りませんでした。

 これからの時代、悪霊追い出しの対応が必要とされる機会も増えてくるでしょう。祈りを強め、神様との交わりをより深いものにしていきましょう。

また、問題に対して、信仰を働かせ、神様の圧倒的な勝利と栄光を見ていきましょう。                   (文責:苫米地晃一)

 

 

リストマーク2014年5月4日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に、「子よ。あなたの罪は許されました。」と言われた。

                                            (マルコの福音書 2章5節)

 

 2章2節には、中風の人(半身不随で寝たきり状態)が出てきます。彼は、なんとかしてイエス様に癒してもらいたいと思っていました。しかし、イエス様

のおられる家の戸口には大勢の人がいてはいれません。彼の友人たちは、家の屋根に穴を開けて、イエス様の前にベッドごと中風の人を吊り降ろします。他人

の家に穴を開けるのは非常識な行動ですが、イエス様は彼らの信仰を見られました。そして、中風の人は癒されました。彼らがとった行動は非常識でしたが、

信仰の行いでした。

 信仰のためには、時々非常識と思われることもしなければならなくなります。先週の神学校の証で聞いたのですが、東京の神学生の方が、感謝と賛美とリバ

イバルキャンプに行くように示されました。しかし、その時期は年度末で会社からは休まないでくださいと言われていました。しかし、祈ると行くことが示さ

れ確信が与えられたので、クビになってもいいからと休みを願い出ました。すると、上司から辞めなくてもいいと言われ、キャンプに参加することができ、祝

福されました。

 聖書によると、私たちは罪を持って生まれてきたとあります。神様は親のような存在で私たちを愛してくださり、私たちの祈りをききたいと思っておられます

が、罪がそれを阻みます。神様のひとり子イエス様が私たちの罪のために、身代わりに十字架にかかって死んでくださり、よみがえられ、罪を取り除いてくださ

いました。これが救いです。私たちがイエス様を救い主として信じて信仰を持つ時、祈りは聞かれます。

神の御言葉を基盤として信仰の行いをなしてゆきましょう。                                 (文責:山口由華)

 

 

リストマーク2014年4月27日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   愛を追い求めなさい。また、御霊の賜物、特に預言することを熱心に求めなさい。

                                            (コリント人への手紙第一 14章1節)

 

 「愛を追い求めなさい。」これは、キリスト教会ではよく語られている言葉です。ここでは、愛することと同様に賜物も熱心に求めなさいとあります。し

かし、預言など霊的な賜物に関しては、きちんとルールに従って用いなければなりません。ルールブックは聖書です。ルールのひとつは「預言は、教会の賜

物」であり、教会の管理の中で教会のものとして用いていく必要があります。そしてルールの2つ目は「吟味する」です。吟味について、はじめはわからな

くても、やり続ける中でだんだん感覚的にわかってきます。

 神様から来た預言、また賜物の働きは、人々の人生を大きく変えます。

例えば、エシュルンちゃんです。彼女は自閉症で多動症、言語障害がありました。一般的にはこの病は治らないとされています。しかし、長老を通して「こ

の子には、賛美の賜物があります。賛美をさせなさい。その中で癒やされていきます。」と預言が語られました。その言葉に従い、賛美大会に出たところ、

毎年優勝しています。これは奇跡的なことです。その中で癒やされてきていることも見ています。それはどこから始まったかというと、預言で語られたこと

を聞いて信じた時からです。

 預言とは、たくさんの神様の言葉を、またたくさんの神様の愛を受ける手段でもあります。私たちは、預言を熱心に求めていきましょう。そして、預言す

ることを求めていきましょう。

                                                           (文責:神崎久美子)

 

 

リストマーク2014年4月20日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」

                                            (ヨハネの福音書 11章25節)

 

 私たちクリスチャンは、幸いです。それは地上の身体が終わったら終わりではなく、死んでも新しい人生が与えられているからです。

 ある天国に行って帰ってきたという方のお話ですが、殉教で亡くなられた奥さんに天国で再会されたそうです。その奥さんのある部分がダイヤモンドのよ

うにすごく輝いていました。その輝いているところは、まさに奥さんのいのちを奪った銃弾の跡だったそうです。

 天国は悲しみ、叫び、苦しみ、涙のない場所です。聖書には死んだ跡に裁きを受けるとも書いてあります。法を犯していなくても、人に「バカ」と言えば

燃えるゲヘナ(地獄)に投げ込まれるとあります。嘘をつくことも罪です。

 すべての人は、神様の目には罪人であり、永遠の滅びを受けるべき存在です。しかし、父なる神様が私たちを憐れんでくださり、イエス・キリストを地上

に送ってくださいました。イエス様は私たちの身代わりとなって、十字架にかかって死んでくださいました。そして、3日後によみがえられました。それは、

信じる者が、罪を悔い改めて十字架とともに死に、その後、よみがえりのイエス様とともに新しく生まれ変わるためなのです。

 私たちの周囲には、まだ天国へのパスポートを持っていない人がたくさんいます。私たちは、その人たちに福音を伝えていく責任があります。

 今年の御言葉「喜びなさい」と実践し、まだ救われていない人々に喜びに満ちた素晴らしい救いの恵みを伝えていきましょう。

                                                           (文責:苫米地晃一)

 

リストマーク2014年4月13日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。

                                        (エペソ人への手紙 1章23節)

 

 先週は、ユースホステルで一緒に歌う曲がアメージンググレースに変わったことで、アメリカの高校生の方々とコンサートの時を持ちました。その高校で

日本語を教えている日本人のクリスチャンの方に、アメリカも伝道しにくくなっており「今度アメリカに来て英語で歌ってください」と誘われました。

 今年から、感謝と賛美とリバイバルキャンプで「路上などで賛美する時は英語で」ということになりましたが、反応が違うそうです。スプレンダーも英語を

練習し、アメリカで賛美しましょう。

 このキャンプの帰り、パウロ牧師たちの飛行機はトラブルで、一泊余分にアメリカに滞在しました。その時地震が起こり、神様に語られたことは、大川先生

のメッセージでアメリカ人が語ったアメリカに対する裁きの預言で「カリフォルニアに大地震が起こり、全滅する」という内容でした。アメリカは建国当初は

聖書を基盤としていましたが、すべてのものが大きく豊かになり、それゆえ高慢になり、最近は、同性婚を認める州が増えるなど、聖書から離れてきています。

アメリカにも宣教が必要になります。

 今日の御言葉は、教会のことについてです。私自身、クリスチャンになってから教会を離れた時期があり、一人で信仰を守るのは難しかったです。しかし、

恵みで教会に戻り、霊的な恵みを受け、牧師になり、賛美や宣教の働きをしています。

 召しは教会に与えられており、私たちは御心の教会にしっかりつながる中で召しが開かれ、必要が満たされます。

 時が来ています。備えてまいりましょう。

                                                           (文責:山口由華)

 

リストマーク2014年4月6日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、

       神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

                                        (ローマ人への手紙 8章28節)

 

 この聖書箇所と「すべてのことについて感謝しなさい。いつも喜んでいなさい。」(第一テサロニケ5章)のみ言葉は、メッセージでよく語られます。

なぜ喜ぶのか?理解できないことだと思います。

 私たちクリスチャンは、感謝して喜んでいると本当に問題や困難が祝福に変わっていくことを体験して知っています。

 アメリカに住んでいるエシュルンちゃんは、自閉症と多動症の病がありました。自閉症は現代の医療では「治らない病気」と言われています。しかし、

神様は預言を通して「賛美をさせなさい。賛美を通していやされます。」と語られました。そして、その言葉に従ってアメリカの賛美予選に出た結果、優勝

したのです。それから、日本の賛美大会にも出場して、人前ですばらしい賛美ができて優勝しました。それまでは病気のせいで飛行機に乗れなかったのです

が、8年ぶりに日本に帰ってくることができました。これは奇跡的な事柄です。弱さの中に神様は栄光を顕されます。

 お母さんは「なぜ感謝なのか?」と思いながらも感謝し続け、それと共に「賛美させなさい」の言葉に従い、信仰の一歩を踏み出した時から、いやしが始

まっていきました。

 この事柄は、皆さんの人生にも起こってきます。すべてのことについて感謝し、語られたことに忠実に従っていきましょう。

                                                          (文責:神崎久美子)

 

 

リストマーク2014年3月30日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   だれでもキリストの内にあるなら、その人は新しく作られた人です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。

                                        (コリント人への手紙第二 5章17節)

 

 私は今回、6年ぶりに海外派遣に参加することができました。個人的には、アズサ街での祈りこみがとても臨在があり、祝福されました。アメリカは今後

困難な時代に入っていきます。アメリカだけでなく世界中がそうなります。感謝と賛美が必要であることが聖会で語られました。

派遣で、とても印象的だったのは、色んな所でエシュルンちゃんの賛美を聴くことができたことです。彼女は多動症で自閉症、言語障害がありますが、私が

日本から持っていったお菓子をあげたら、日本語で「ありがとう」と言ってくれました。彼女は癒やされつつあります。まだ病気なので、おかしな動きをし

ていましたが、いざ賛美となると、とても素晴らしく感動しました。彼女のお母さんは最初、預言で、賛美の賜物が与えられていると語られても信じられま

せんでした。しかし、その後、信仰の歩みをし、彼女に賛美させたところ、賜物が開かれてきて、病気もだんだん良くなりはじめました。

 派遣中、ずっと語られてきた御言葉は、テサロニケ第一5章16〜18節ですが、今日の御言葉は、パウロ牧師が最後の早天聖会で語られた御言葉です。

皆さんもキリストのうちにあるなら、新しく変えられます。神様のご計画のうちを歩むなら、いろんな困難があって苦しんでも、喜び、感謝する人に変えら

れます。エシュルンちゃんがどんどん変えられていっているように。このことは私たちの人生にも起こってきます。     (文責:山口由華)

 

 

リストマーク2014年3月23日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。

                                        (ピリピ人への手紙 4章4節)

 

 今日の御言葉は、今年度に与えられた御言葉です。2回も喜びなさいと言ってます。パウロを通して、神様が喜ぶようにと言っておられます。5〜7節では、

あなたがたの寛容な心を知らせなさいと言っています。もし、あなたがたが暗い顔をして礼拝に行っていたら、朝早くから気の毒にと思われるでしょう。

 私の人生は人から見たら負け犬ですが、私自身は毎週礼拝し、神様に献身し、従う人生を何よりも幸せでいつも喜びが与えられています。神様が与えてく

ださる天国の喜びを伝える使命があります。私はマーリンさんと出会ってから、問題を賛美し感謝することに切り替えました。すべて感謝することによって、

神様の栄光をみることができました。

 先週、前田牧師ご一家が引っ越しされましたが、大家さんから莫大なリフォーム代を請求されそうで、ちょうど白馬の映像祭で見た、谷口牧師の引っ越しの

証を思い出して、みんなで感謝しました。谷口牧師はリフォーム代を請求されて、最初は感謝できずにいましたが、心から主に感謝する対応に変えた結果、大

家さんが「あなたがたは文句ひとつ言わなかった。」と感動して、請求が取り下げられました。そのあと、どうなったのかはまだわかりません。

 信仰を用い、感謝し、賛美し、神様の豊かな栄光を見ていきましょう。そして、皆さんの喜びを世の多くの人に伝えていきましょう。

                                                      (文責:山口由華) 

                                                

 

リストマーク2014年3月16日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。

                                        (コリント人への手紙第一 12編27節)

 

 12節に、キリストのからだとは教会のことを表しているとあります。「御霊を飲む」とは、イエスキリストを信じた時に聖霊が私たちの内側に入ってく

ださり、その時にキリストの御からだに属することになるという事です。

 私たちのからだは、神様が造られたものであり、本当によく調和がとれています。からだの器官一つ一つが重要であり、何一つ不要なものはありません。

教会も同様で、皆さん一人ひとりが必要な存在であると聖書にあります。それと共に皆さん一人ひとりに御からだの中で役割があると書かれています。その

ために、12章の前半には霊の賜物のことが書かれています。皆さんの役割・働きと共にふさわしい賜物が与えられています。ある人は祈る人、ある人は捧げ

る人、教える人などなど。神様はその一つ一つの働きを通して御からだ全体の益のために用いてくださいます。

 4月以降、皆さんの働きも次の段階に入っていくと思われます。中心的な召し、働きのために更に祈っていただきたいと思います。

 皆さんの奉仕は教会の益のために用いられています。ぜひその意識を持って歩んでいただきたいと思います。          (文責:神崎久美子) 

                                                      

          

リストマーク2014年3月9日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   まことに、あなたがたに告げます。これらのことが全部起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません。

                                        (マタイの福音書 24編34節)

    

  今、既にリバイバルが始まっています。救いや癒やしがたくさん起こってきます。しかし、リバイバルが始まったということは同時に、患難時代に

突入するということを意味しています。

 聖書によると、7年間の患難時代があり、前半の3.5年にリバイバルが起きます。多くの人が救われます。しかし、黙示録の時代であり、反キリストが

出てきてクリスチャンをはじめ多くの人々を惑わします。後半の3.5年に入ると背教か殉教かという厳しい時代に突入します。

 反キリストは、造らせた自分の像を拝まない者を処刑します。この患難時代の中間に携挙(空中再臨)があります。私たちクリスチャンは、今がどんな

時代か注意し、惑わされないように聖書をよく読む必要があります。

 マタイ25章に書かれている「賢い娘と愚かな娘」の例えや「タラントの教え」から、私たちはこの終末の時に、「試練を超えた教会」にしっかり繋がっ

て「賜物を用いる教会」に居るということが重要な事柄であることを読み取ることができます。

 リバイバルは始まっています。例えるなら、山の登山口に入って歩き始めているところです。しっかりと霊の目を開いて、一人ひとりに与えられた使命

を捉えて歩んで行きましょう。(文責:苫米地晃一)

 

                             

リストマーク2014年3月2日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   あなたは幼子と乳飲み子たちの口によって、力を打ち建てられました。それは、あなたに敵対する者のため、敵と復習する者とを

       しずめるためでした。                                       (詩篇 8編2節)

    

 白馬では、パウロ牧師を通して士師記から「その力で行きなさい」と語られ、また、もうリバイバルは始まっている。富士山でいうと登山口の入り口に

入って登り始めていると何度も語られました。そして「リバイバルが始まりました」と信仰告白の時がもたれました。

 本日の御言葉は、私が個人的に白馬で語られた御言葉です。大阪教会でも月曜礼拝の時に信仰告白の時がもたれています。

 聖会で印象に残ったのは、不思議さんの預言でした。何度も「御心でない関わりははっきりと断りなさい。」と語られました。私も経験があります。ゴ

スペルの働きの中で、アメリカから音楽関係の学生さんが来るので一緒に歌いませんかとお誘いを受けました。歌う曲は「イマジン」で、この曲の歌詞には

天国などないとクリスチャンとして歌ってはいけない内容でしたので、丁寧にお断りしました。

 これから超教派の働きや一般との関わりの中で、神様の御心だけを行えるように祈っていきましょう。

 第二歴代誌20章を見ると、神様に従い賛美隊を用いてアモン人モアブ人の連合軍に圧倒的勝利をしたヨシャパテ王でしたが、彼の最後は遠征先での戦死で

した。神様に従わない北王国の王の要請に応じて一緒に戦いに出た結果です。ヨシャパテ王は神様に従った時は圧倒的な勝利が現され、従わなかった時敗北

してしまいました。

 私たちが導かれている働きは、最後のリバイバルであり、失敗の許されない働きです。更に正確に神様に祈り聞き従ってまいりましょう。

                                                            (文責:山口由華)

リストマーク2014年2月23日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです

                                             (テサロニケ人への手紙第一 5章18節)

    

 聖書には、「すべての事について感謝しなさい。」とあります。感謝すること、信仰の告白をすることがなぜ必要なのでしょうか。私たちはともすれば

否定的なことを語りがちではないでしょうか。否定的なものというのは、私たちの働き、活動をストップさせてしまいます。たとえば、自転車にブレーキ

をかけながら進もうとするようなものです。ですから、普通の人よりストレスが溜まり、力が充分に発揮できません。しかし、いつも心に喜びがある時、

全てのブレーキが外れて、持っている力が充分発揮できるのです。否定的な言葉は、真実ではありません。真実なものは神様だけです。だから、私たちは

神様の言葉を告白し続ける必要があります。神様が「高価で尊い」と言われれば、高価で尊いのです。「私なんか・・・」というような否定的な思いにさせ

るのは、サタンです。

 どうか、神様の言葉を語ってください。皆さんの舌が何を語るかによって、皆さんは大きく変わっていきます。すべてのことに感謝して、異言でも祈って

ください。異言の祈りは徳を高め、神様に似た性質に私たちが換えられていきます。言葉はとても大切です。日々、否定的なことを言ってないか、意識して

肯定的な言葉を語ってください。

 私たちが喜びに満たされている時に、神様から与えられている能力がどんどん出てきます。神様は私たち一人一人を尊く清い存在としてお造りになりました。

言葉を語ることはとても大事です。ぜひ、感謝する、異言で祈る、信仰の告白をすることを為していってください。    (文責:神崎久美子) 

                                       

                                                               

リストマーク2014年2月16日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所   詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。

                                             (エペソ人への手紙 5章19節)

    

 ここに「霊の歌をもって」とあります。霊歌になったら座りだす人がいますが、神様は霊歌の中で御業を表されます。座る合図ではありません。皆さんも

霊で歌っていきましょう。18節には、「酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。」とあります。酒に酔うことと放蕩することがイコール

で書かれています。お酒は苦しみや悲しみかを忘れるための一時的な手段になりえますが、しかし、お酒で借金を作ったり、事故を起こしたり、トラブル

になったりと結果放蕩につながるのです。聖書にはお酒に満たされるのではなく、「御霊に満たされなさい」とあります。

 次に、賛美することと感謝することが書かれています。40年前のオリンピック、フィギュアスケートの銅メダリスト、ジャネット・リンという人を皆さん

は覚えているでしょうか。彼女は演技の途中に尻もちをついて転んでしまいます。しかし、ニコッと笑顔で立ち上がり、演技を続けたのです。彼女は日本中

の人々の心に強烈な印象を与えました。ファンレターを送ったという安部首相もその一人でしょう。彼女はクリスチャンで、「神様のために踊るんだ」と決

めていました。だから、失敗しても最後まで笑顔で踊り続けることができたのです。何年か後に、札幌での伝道クルセードにジャネット・リンが用いられ、

たくさんの人々が神様の元へと導かれました。

  皆さんも神様のために生きると決めてください。そして、何が起こっても笑顔で喜びましょう。神様は多くの人びとの救いのために、皆さんを用いられます。

                

                                                             (文責:苫米地晃一)

                                  

リストマーク2014年2月9日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

 

聖書箇所 こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、

     いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競争を走り続けようではありませんか。

                                                  (ヘブル人への手紙 12章1節)

    

 殉教聖会で、木原牧師のメッセージで私たちは最終ランナーであると言われました。世の終わりにさしかかっています。世の人々は困難な状態に入って

行きます。私たちには信仰があります。信仰を通して、神様が祈りに応えてくださいます。喜んで福音を宣べ伝える人々を通して奇跡が起こります。最終

ランナーの私たちには責任があります。

 ヘブル12章1節、証人とはアブラハムやモーセなどの信仰の先輩たちのことです。彼らは信仰によって、神様の業、祝福を見る人たちです。実際には見て

なくても、天から彼らは私たちの働きを見ています。天から執り成しの祈りがあります。これから圧倒的な勝利が起こりますが、それは私たちの力ではあり

ません。信仰の先輩たちと分かち合うものです。最終ランナーとして忍耐をもって走り続けましょう。

 ヘブル12章2節、イエス様に目をとめ続けていなさい。と、あります。十字架刑は残酷な処刑方法です。イエス様は神様からも捨てられましたが、それは

全人類を救いへと導くためでした。イエス様は十字架の後に来る喜び、栄光を知っておられました。皆さんも困難や問題のゆえに喜んでください。喜びの中で

神様からの勝利、喜び、栄光を見ます。十字架を負う人々が、多くの苦しみを持つ人々を真の救いへと導くことができるのです。  

                                                               (文責:山口由華)

 

 

リストマーク2014年2月2日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所 「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」

                                                  (マルコの福音書 8章34節)

    

 このみ言葉は、長崎の西坂公園のレリーフに書かれていあるみことばでもあります。西坂は、日本で初めて26人のクリスチャンが信仰のゆえに殉教した

地です。彼らは「26聖人」と呼ばれています。彼らは処刑されるために京都から西坂の丘に向かって旅をさせられました。2月の寒い時期で厳しい旅だった

と思います。でも、彼らは喜んでいました。

 旅の途中で、一番若い12歳のルドビコ茨木は、役人に「信仰を捨てるなら、養子にしてやろう。」と言われますが、彼は逆に「お役人様こそ、私と一緒に

天国に行きましょう。」と信仰を捨てませんでした。彼らは、十字架の背後にある素晴らしい天国のことがわかっていたのでした。

 私たちの十字架とは、許されている困難や問題のことです。皆さんにとって十字架は何ですか?妻、夫、経済的なこと、仕事や学校、人間関係などの十字架

があるかもしれません。しかし、その背後には、素晴らしい祝福が備えられているのです。

 聖書には「乗り超えることのできない困難はない。」とあります。徹底して感謝し、信仰の告白をしていきましょう。また、信仰の土台は、祈りとみ言葉で

す。ですから、祈りと聖書の読み込みをしっかりとなしていただきたいと思います。

 どうぞ、皆さん、徹底的に感謝し、信仰を用いて、さらに信仰の成長した大人となっていきましょう。              (文責:神埼久美子)

 

リストマーク2014年1月26日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所 すると、主は彼に向かって仰せられた。「あなたのその力で行き、イスラエルをミデヤン人の手から救え。

     わたしがあなたを遣わすのではないか。」   

                                                  (士師記 6章14節)

    

 ギデオンは、イスラエルの部族の中でも弱い部族の出身で、一番若く存在感の薄い人物でした。しかし、主は彼に「勇士よ」と語りかけられたのです。

 パウロ牧師は、「あなたを海外に遣わす。」と語られた時に、始めは疑いました。なぜなら、英語も話せなかったし、海外に知り合いもいなかったから

です。しかし、今は、数えきれないほどたくさんの国々に行っています。

 人の評価や才能、人がなんと言っているかは関係ないのです。

 私が、牧師として大阪教会に来た時、始めは教会の人ががっかりしていました。私が若く、女性だったからです。しかし、私は神様が私の牧師になるこ

とを導いていると祈って確信していましたので、退くことはありませんでした。結局、しばらくしてから、私に「神様が立てられた器と分かりました。」

と、その方が言って来られました。

 神様が何と言っておられるのかが大切なことなのです。

 真の勇者というのは、自分の力に頼ること人ではありません。真の勇者というのは、神様に頼る人のことです。

 神様はギデオンを通して、たった300人で16万人のミデヤン人を倒すという大勝利をとられました。神様は、神様のことばに従うものを通して、み業を

現されます。まず、神様からのことばを聞いて受け取りましょう。そして、神様に信頼し、聞き従っていきましょう。       (文責:苫米地晃一)

 

 

リストマーク2014年1月19日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所 しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。   

                                                  (ローマ人への手紙 8章37節)

    

 ローマ8章35,37節 患難、心の苦しみ、迫害、経済的問題、争いや戦い、病気、すべての中にあっても、神様によって、圧倒的なh総理者になる事が

できます。ローマ8章28節 どんあ人々が圧倒的な勝利者ななるかというと、神様を愛する人、すなわち、神様の命令を守る人で、神様の計画の内を歩む

人です。神様がすべてのことを働かせて益になることを知っているとは、確信がある、体験がある人です。

 マーリンさんは従軍チャプレンをされていた時、車が壊れ、修理が必要となりました。軍の修理の人が病気でお休みで、民間の修理屋さんで直さなくては

ならなくなりました。普通、軍で直すよりお金もかかる上、さらにふっかけられ、高額になるかもしれないとがっかりしましたが、このこともマーリンさん

は神様に感謝しました。最初は、やはり高くつきそうな話でしたが、見積の帰りにエンジンの音を聞いて原因がわかり、修理の人がすぐに直してくれ、なぜか

費用も無料で、さらに車の調子も良くなりました。普通なら、お金がかかっていたでしょう。

 どんな事の中にも、神様の知らないことはなく、どんな事も益となるのです。

 信仰を用い、すべてを感謝し、喜び、勝利を受けていきましょう。                       (文責:山口由華)

                                                       

リストマーク2014年1月12日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所 主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。   

                                                  (ヘブル人への手紙 12章6節)

    

 私たちは主に愛されている存在です。しかし、愛されているにも関わらずいろいろな困難や問題が起こってきます。私も以前は、問題が起こると「私は

愛されていない」という思いになっていました。しかし、何年か過ぎ、今は神様に感謝しています。神様あkr尚試練を通ったからこそ、今、器として立つ

ことができていると思っています。

 神様は愛する者を懲らしめられます。皆さんも、神様に愛されて神様の働き人に召されているなら、取り扱いが始まっていきます。すでに厳しい状態の

中にある方もあるかもしれません。それは神様から忘れられているのではありません。神様に愛されている証拠です。許されていることで何一つ意味のな

い事はありません。そのことを通して、神様は成そうとしておられることがあります。試練はいつまでも続きません。いつまでも続く人は文句を言って、

つぶやく人です。一番短く試練を乗り越えたいと思うなら、感謝してください。神様は、ご自分の聖さにあずからせようとして、また栄光の義の実を刈り

取らせるために、私達に試練を与えてくださいます。その試練はこの上もない喜びへと変わっていくのです。

 ぜひ、徹底した感謝の対応を成し続けて頂きたいと思います。

                                                       (文責:神埼久美子)

                                        

リストマーク2014年1月5日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所 わたしは、高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。

     へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かすためである。    

                                                  (イザヤ書 57章16節)

    

 私は、主の十字架に来て、聞き従うという歩みが最善の歩みであることを教えられましたが、以前に神学校で学んだ学問的な知識が、聞き従う歩みには

全く通用しないという経験をしました。そして、家に帰ってから、感謝し悔い改めて祈りました。

 旧約聖書に出てくる、エリコの城壁の周りを7回まわりなさいという方法はどの戦術にもない方法です。しかし、ヨシュアとイスラエルの民は、心砕かれ

ていたゆえに従いました。その時、城壁が崩れ、攻め入ることができ、勝利しました。もし、へりくだってなければ、神様に口答えしてしまうでしょう。

「いや、こんな方法もありますよ。あんな方法も考えられるでしょう。」と、神様に向かって言ってしまうかもしれません。

 ナアマン将軍は、エリシャのところに来た時、言われたことに最初は反発しましたが、結局、言われた方法に従い、ヨルダン川で7度身を洗った時に幼子の

ような肌になりました。彼のハンセン氏病は完全に癒やされました。

 へりくだる事は、神様のみわざを見る鍵です。高い地位にいる人ほど、へりくだっていなければなりません。へりくだってないと地位に低い人を理解できま

せんし、良い働きはできないでしょう。

 今年、神様の栄光を見ていくために、へりくだって神様のみ声に聞き従っていきましょう。         (文責:苫米地晃一)

 

                                        

リストマーク2013年12月29日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所 それから、イエスは百人隊長に言われた。「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」

     すると、ちょうどその時、そのしもべはいやされた。    

                                                  (マタイの福音書 8章13節)

    

 マタイ8章13節。百人隊長とはローマ軍の100人の部下がいるリーダーのことです。軍隊は組織化されています。その百人隊長がイエス様の所に来て、

「部下が家で寝ていて苦しんでいます。助けて下さい。」と言い、イエス様は「行って治してあげよう。」と言われたのですが、百人隊長は「お言葉だけ

与えてください。そうすれば、私の部下は癒されます。私が部下に命じれば、その通りにしてくれます。ですから、イエス様は権威の上にある方ですので

命じてさえくだされば、その通りになるからです。」と言いました。イエス様は百人隊長の信仰に驚かれました。そしてイエス様が語られたことばは、

その通りになりました。

 8章の後半には、これとは対照的な事柄が書かれています。8章23節、イエス様が向こう岸に行くために船に乗られた時、嵐が来て、弟子たちは「沈み

そうです。」とイエス様を責めました。

 私たちも色んな問題が起きた時、弟子たちのように神様に文句を言っていませんか。弟子たちは、船が沈むと思って、百人隊長とは違う対応になってし

まいました。

 神様の言葉が成就する前には戦いが許されます。不安な時には祈り切っていきましょう。私たちは百人隊長のように信じ祈り求めていきましょう。

                                                         (文責:山口由華)                                                     

 

リストマーク2013年12月22日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所 するとイエスは言われた。「 できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」    

                                                  (マルコの福音書 9章23節)

    

 この聖書箇所では、ある父親に対してイエス様が「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」とその不信仰を指摘

されました。父親は叫んで「信じます。」と信仰を表明し、そして息子は悪霊から解放され癒やされました。私たちは、御心ならば信仰によってどんなこ

とでもできるのです。神様の語られたことばは必ず成就します。

 この群れに10数年前に問題が起こり、そのことを通して揺るがしが起こりました。しかし、その中で神様は「圧倒的な勝利になる」と語ってくださいま

した。そして今、超教派の壁が砕かれ始めています。また、長い間、日本にはカリスマの壁がありました。預言を受け入れ用いている教会は少ないです。

それが今、カリスマの働きが浸透していこうとしています。神様の圧倒的な勝利の業が起こり始めています。このカリスマの働きは、リバイバルの働きに

なくてはならない重要な事です。日本に、もうすでにリバイバルが始まっています。

 神様から語られたことばが、今はとてもそうなりそうになかったとしても、そのことばを信じ続けてください。ことばの成就の前には、敵が約束のことば

を奪おうとしてきます。しかし、私たちはその戦いを闘いぬいて、神様が与える勝利を豊かに受け取っていきましょう。(文責:神埼久美子)

 

リストマーク2013年12月15日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所  ルツは言った。「あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、

     あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。」    

                                                  (ルツ記 1章16節)

    

 ルツはモアブ人でした。ルツの姑のナオミはイスラエル人で、飢饉を逃れるために2人の息子とモアブの地にやって来ました。しかし、モアブ人の娘たち

と結婚した息子たちは若くして死んでしまい、嫁たちは未亡人になりました。モアブにも飢饉が来て、ナオミはイスラエルに食を求めて帰る決心をした時に

2人の若い嫁たちにモアブに残って、自由にクラしができるように選択を委ねました。オルパは離れて行きましたが、一方ルツは「あなたの神はわたしの神

です」と言って、一緒にイスラエルに帰ることを姑にお願いしました。信仰者であったルツは、イスラエルの神こそ本当の神で、イスラエルの民が受ける祝

服は特別な祝福であることがわかっていたのです。イスラエルで落穂ひろいしていたルツはボアズにめとられ、ひ孫にダビデ、イエスキリストの先祖という、

イスラエルの中で一番祝福された家系になりました。

 律法では、モアブ人は異邦人なので主の集会に加わってはならない、イスラエル人と結婚してもならない民ですが、モアブ人のルツは、その信仰によって

神に祝福されたのでした。律法によっては神の御心を完全に全うできません。律法を守ることで私たちは祝福を受けますが、律法によって救われることは

できません。信仰によって救われるのです。神の御心を全うすることができるのは信仰です。ふさわしくない人が受けるのは恵みです。

 ルツのように恵みを決して放してはいけません。与えられた使命や恵みをしっかりと握り、歩んでいきましょう。

                                                          (文責:苫米地晃一)

リストマーク2013年12月8日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所  苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。    

                                                  (詩篇119編71節)

    

 このみ言葉は、試練を乗り越えたクリスチャンが語ることができる言葉です。神様は私たちを愛しているがゆえに、困難や試練を許されます。

 クリスチャンには祈りがあります。私は困難や試練を通して祈る力が与えられました。心をそおs義出して祈る時、神様から語りかけを受け、答えを与え

られました。以前、教会に戻り始めたばかりの頃は、祈りが得意ではありませんでした。しかし今は、スプレンダーで祈る機会があり、その他でも祈祷を

導く働きをしています。

 祈りとは、神様との交わりの時です。試練や困難の中、祈りを通して心の傷の癒やしや解放が与えられ、神様の愛がわかりました。

 私たちをたて上げ清め強めるために、あえて困難や試練がゆるされます。詩篇119編72節、確かに神様が与えてくださることばは金銀に勝ります。また、

ヨブ記もそうです。ヨブは困難を通して、神様をより深く知りました。困難や試練に勝利し、福音宣教をなしていきましょう。

                                                          (文責:山口由華)

リストマーク2013年12月1日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所  あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいました。

     それはきょうのようにして、多くの人々を生かしておくためでした。    

                                                  (創世記 50章20節)

    

 これは、ヨセフが語ったことばです。彼がまだ若かった頃、自分が見た夢を話したところ、兄弟の妬みをかってしまい、奴隷としてエジプトに売られて

しまいました。エジプトでは、無実の罪で投獄されて最悪の人生でしたが、牢の中で役人の夢の解き明かしを通して、やがて総理大臣の位に就きました。

それから、中東地域に7年間の飢饉が起こりましたが、ヨセフに夢を通して備えが与えられたため、エジプトは豊かに潤っていました。食糧を求めてきた

兄弟たちにも十分に与え、彼の親兄弟たちは生き延びることができました。実は、これは神様の計画だったのです。「悪を計った」とありますが、神様は

このような悪いことをも益としてくださいます。

 私たちの人生の中にも困難や問題、失敗が許されてきますが、神様の許可なしには起こりません。ぜひ感謝してください。全てを感謝してください。

神様は全てを益としてくださいます。さらに私たちは神様に信頼し、従い続けていきましょう。                                                           (文責:神埼久美子)

 

リストマーク2013年11月24日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所  あなたがたは恥に代えて、二倍のものを受ける。人々は侮辱に代えて、その分け前に喜び歌う。それゆえ、その国で二倍のものを所有し、

     とこしえの喜びが彼らのものとなる。    

                                                  (イザヤ書 61章7節)

    

 長男には家を継ぐ権利があります。田舎に行けば、いまだにそういう風習が残っていて土地や財産等も代々受け継がれています。聖書に出てくる

長男が受ける祝福とは「二倍の祝福なんですよ。」と言っています。しかも単に「二倍」ではなく「特別な祝福」です。故マーリン・キャロザース師

もメッセージでこの特別な祝福について語っておられました。

 また「第二列王記2章7節〜」エリシャがエリヤに求めたのは、長男が受けるような特別な二倍の祝福を求めたのです。その後、エリヤが天に挙げら

れた時から、エリシャはエリヤの霊を継承し、素晴らしい神の働きをしていきました。

 故マーリン師は祈り聞き従う人でした。奇跡が起こる前には困難があることを知っておられました。しかし、その中でも喜ぶと決めて実行しました。

 感情は自分でコントロールできます。どんな状況でも喜ぶことが出来ると実践されたのです。ですから、私たちも喜ぶことを選ぶのです。その時、

私たちは聖霊に満たされ、奇跡を見ていくのです。小さなことから始めて行きましょう。マーリン師の後継者として・・・。

                                                      (文責:苫米地晃一)

 

リストマーク2013年11月17日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所  ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった。    

                                 (使徒の働き 16章26節)

    

 使徒16章。神様に導かれ、初めてヨーロッパにパウロとシラスは宣教に行きました。占いの霊に取りつかれた女性が宣教の邪魔をするので、パウロ

たちは、その女性から占いの霊を追い出しました。その結果、その女性の主人は占いで儲けることができなくなったため、パウロたちを訴え、捕まえ

させました。ムチ打たれ、足かせをかけられ、普通なら神様を賛美できる状況ではありませんでしたが、パウロたちは神様を賛美しました。そして、

大地震が起こったのです。獄舎の看守は囚人が逃げ出したと思い、自害しようとした時、パウロは「皆、ここにいます。」と言って自害を止めました。

 使徒16:30〜31,看守とその家族は救われました。また、囚人たちは逃げませんでした。心が変えられていたのでしょう。彼らはピリピで最初に

救われた方々と思われます。

 困難の中で神様を賛美するということは、自分が開放されるだけでなく、聞いている方々を開放する力があります。

 今年度のみ言葉はピリピ4章4節「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」としつこく「喜びなさい」と命令形で言ってい

ます。普通、困難や苦しみを感謝することはできません。しかし、神様は問題や困難を感謝し賛美し喜ぶように言っておられます。問題や困難を感謝

し賛美し喜びを実践する人々を通して、素晴らしい奇跡の御業が起こります。

 私たちは、マーリン師の後継者として、神様に従い、感謝と賛美と喜びを用いていきましょう。

                                                      (文責:山口由華)

 

リストマーク2013年11月10日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所  いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。    

                                 (ピリピ人への手紙 4章4節)

    

 今年度、この群れに与えられたみ言葉は、ピリピ人への手紙4章4節「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」です。

以前、マーリン師がメッセージで「2倍の祝福」、「あなた方を継承者とします。」と語られました。この群れには継承者としての祝福が与えられて

います。継承者として、私たちは日々のちょっとしたことにも感謝するように決心していく必要があります。

 喜ぶということは「感謝します」を一歩進めて、感情を用いて喜ぶということです。その時に神様のすばらしい栄光が現されていきます。

 聖書に5000人の給食のことが書かれています。イエス様は、5つのパンと2匹の魚をとり、天を見上げて祝福してから配られました。すると、「人々

はみな、食べて満腹した。そして、余りを数えると最初あった分より多かった」とあります。

 さらに、私たちは感謝をささげていきましょう。小さなことから感謝していきましょう。そうしないと大きなことに感謝できません。

 皆さん、さらに喜んで主に従い続けていきましょう。

                                                      (文責:神埼久美子)

 

 リストマーク2013年11月3日 主日礼拝説教 エステル毛内牧師

聖書箇所  強くあれ。雄々しくあれ。わたしが彼らに与えるとその先祖たちに誓った地を、あなたはこの民に継がせなければならないからだ。    

                                                       (ヨシュア記 1章9節)

    

 神はイスラエルにカナンの地を約束の地として与えると言われました。しかし、ヨシュアを含め、イスラエルの民は、いよいよヨルダン川を渡ると

いう時にさえ、難攻不落と言われていたエリコの城壁を前に恐れをなし、また、その先住民のゆえに恐れをなしていました。

 そんな時、ヨシュアの前に、主の軍の将が「リーダーはわたしである。」と現れたのです。ヨシュアは神に聞き従い、イスラエルの民は圧倒的な勝

利を取ったのです。

 賛美隊のGIFTSは、最初、覚えが悪く上手に歌うことができず、賛美大会でも上位ではありませんでした。しかし、リーダーの萱野さんが「神様に

捧げます。」とお祈りし委ねた時から段々と上達していき、賛美大会でも優勝するくらいに引き上げられていきました。

 新年度に入り、働きが進んでいます。万人の働きになっていきます。

 神様に祈り聞き従うことを通して、神様が皆さんの人生に豊かな祝福を現してくださいます。

 さらにすべてのを感謝し、新年度の歩みにおいて信仰による勝利をみていきましょう。

                                                 (文責:苫米地晃一)

                                               

↑ページトップへ