キリスト教入門


6、「教会」

Q 教会とは建物のことですか?

教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。

エペソ1:23


あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。

Tコリント12:27



教会とは、ギリシア語で「エクレシア」と言い、召し出された(呼び集められた)者の集まりを意味します。一般に建物のことをイメージする人も多いと思いますが、教会は霊的にはキリストの体であり、教会に属する信徒一人一人は、各肢体であると聖書にあります。聖書にある教会とは、建物のことではなく、神によって呼び集められた人々の集まりのことを指します。「使徒の働き」では、迫害下の初代クリスチャンたちが、家の教会に集まり、祈ったり集会を行ったりしている様子を伺えます。荘厳な教会の建物が建てられ始めたのは、ローマカトリックになってからだと思われます。


アルベル山頂からの景色



Q どうして教会に行くのですか?

ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。

ヘブル10:25


わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。だれでも、もしわたしにとどまっていなければ、枝のように投げ捨てられて、枯れます。

ヨハネ15:5〜6


ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。

マタイ18:20


救いは、個人的にキリストを受け入れることによって与えられるものですが、クリスチャンとして霊的に成長し、よい実を結ぶためには、ともにクリスチャンが集まるように、と聖書では言っています。それが教会です。毎週、教会の礼拝に出席することによって霊的に成長し、豊かな実を結ぶクリスチャンと成長することができるのです。


体の肢体が(手とか足などが)体から切り離されたら、それだけでは生きていけないように、教会に行かないなら、木から離れた枝のように、霊的に枯れて信仰も死んだようになってしまいます。


教会から離れて一人で歩むのは、羊が群れと飼い主のもとを離れ、一人で行動するのと同じです。サバンナの草食動物がライオンなどの肉食獣に狙われるのは、群れを離れたものです。私自身、若い頃教会を離れた経験がありますが、やはりクリスチャンとは名ばかりで、信仰を保つのは難しかったです。教会に戻ってきてから、霊的に成長し始めました。教会に属し、教会に通うことは、大きな守りであり、祝福を受ける基なのです。


教会は、キリストが満ちておられるところであり、キリストは全ての権威の上に立つ権威者です。豊かに私達の必要を満たしてくださいます。ただ、神が導く教会の礼拝に出席することにより、病がいやされたり、必要が満たされたり、神の祝福を体験している方々が大勢います。教会の礼拝に毎週出席し、豊かな恵みを受け、豊かな実をならせるように成長していきましょう。


あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。

Tコリント15:7


また、どうしても日曜日が仕事などで礼拝に出ることが出来ないと言う方は、牧師に相談して、日曜日以外でも毎週礼拝を守れるようにしてもらってください。



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