キリスト教入門


3、「人間」―「罪」

Q人間はどこからきたの?

人類は神によって創造された

その後、神である主は、土地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。そこで、人は、生きものとなった。

創世記2:7


神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。

創世記1:27


日本では、一般的にダーウィンの進化論を学び、人は猿から進化したと学びます。しかし、未だに、その根拠は見つかっていません。また、全ての生き物は、アメーバなどから、進化したとも教えられていますが、これに関しても、何一つ実証できていないのです。聖書は、全ての生き物は神がお造りになった。とあります。おとぎ話のようにも思えますが、あまりにもすばらしい自然の調和を見る時に、全てが偶然の産物ではなく、大きな力で全てが管理されているように思えてくるのです。遺伝子学の専門家が、人間の遺伝子を研究していった結果、人類は全て1組の男女から生まれたことがわかりました。そのカップルはアフリカあたりに住んでいたそうで、研究者たちは、その男女は偶然、猿から突然変異したと言っていました。それこそ人類の祖先、アダムとエバであると思われます。自然の全ては偶然の産物ではありません。人間も自然も神が目的をもって、創造されたのです。そのことを信じ始める時に、すべてのつじつまが合ってくるのです。

Q人間は何のために生まれてくるの?

人は神の栄光のために創造された

わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。

イザヤ書43:7


あなたは万物を創造し、あなたのみこころゆえに、万物は存在し、また創造されたのですから。

黙示録4:11

人は何のために生きるのか、とは人類が問い続ける大きなテーマです。しかし、聖書には、はっきりと「神の栄光のため」と書かれています。子供が立派だと親が誇らしいように、人間がよき業をなすことを、創造者である神は喜んでくださるのです。神は人をそれぞれ、神の計画に従い、良き働きをして神の栄光を現わす、素晴らしい存在として創造されました。また、神はそれぞれ、人生の目的のために必要な能力を与えて下さっています。人間は、神と正しい関係にある時に、真の生きる意味を知り、神に創造された素晴らしい能力を発揮することができるのです。神によらないで生まれた人はなく、意味のない人生は本来ないのです。


神はまた、彼らを祝福し、このように神は彼らに仰せられた。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」

創世記1:28

また、神は、人類にこの地上の全てを管理することを委ねました。神は創造の一番最後に人類を創造されました。なぜなら、人類が生きていくために必要な全てをあらかじめ備えてくださったのです。神は人を愛し、必要の全てを備えられました。人は、神に似たものとして、神の栄光を現わし、神と交わり、神に愛される存在として人は創造されました。

花畑


Q人は生まれながらにして罪人とは、どういうことですか?

人類に罪が入った

罪を行っている者はみな、罪の奴隷です。

ヨハネ8:34


一つの違反によってすべての人が罪に定められた ・・・

ローマ5:18


神は人を創造し、完全な自由意思を与え、人格者として、自由に神と交わることができるようにしてくださいました。人間は自由な意思で選択ができたのです。エデンの園では人は何でも自由でした。ただ一つの事以外は、それは園の中央にある「善悪の知識の実」だけは決して食べてはいけないということでした。それを食べると死ぬというのです。(創世記2章15節から17節を読んでみましょう)このたった一つの戒めを守ることによって、彼らは永遠に神と愛の交わりを保ち、何一つ不自由のない、幸せな暮らしを続けることができたのです。


しかし、最初の人類アダムとエバは、蛇(悪魔)に誘惑され、「善悪の知識の実」を食べてしまったのです。(創世記3章1節から7節を読みましょう)それはただ単に、おいしそうな実を食べてしまったというのではなく、蛇は神の言葉を疑わせ、神の言葉よりも自分の考えや欲望に従い、神に背くように仕向けたのです。人はその自由意思によって、神に背いてしまったのです。それが罪なのです。罪ある人は、聖なる神と共に生きることはできません。神との交わりは絶たれ、エデンの園から追放され、悪霊が支配するこの世の住人となったのです。人は罪ある者となり、その子孫も罪の性質を持って生まれてくるようになりました。これをキリスト教では「原罪」と言います。


Qどんなことが罪になるのですか?

罪は心の中から

兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません。兄弟に向かっ『能なし。』と言うような者は、最高議会に引き渡されます。また、『ばか者』と言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます。

マタイ5:22

だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです。

マタイ5:28


一般的には、物を盗んだり、人に危害を加えたりなど、実際の行動を罪と言い、法律で処罰されたりします。しかし、聖書には、心の中で悪いことを考えたりしただけで、行動に移さなかったとしても、神の前に罪だと言っています。神は常に私の心を見ておられます。また、罪は、嘘、憎しみ、怒り、高慢、妬み、むさぼりなど内側から出て人をけがすと言っています。人には、罪の性質があり、そのために様々な争いが生じます。国、民族、地域社会、家庭に至るまで様々な問題の中で人は生きています。それは罪に原因があると聖書は言っています。


偶像礼拝は罪

あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。

出エジプト記20:3

また、聖書には、創造主なる三位一体の神以外を礼拝することも、罪とあります。多神教の日本人には分かりにくいと思いますが、たくさんの神を同時に礼拝することは、たくさんの異性と不倫することと同じ罪だと聖書では言っています。また、神以上に何かに執着することも偶像を拝まなくても、偶像礼拝の罪になります。お金であったり、趣味や異性など・・・。つまり、罪とは、神を第一としないことであり、自分自身や他のものが第一になっている時、偶像礼拝の罪を犯していることになるのです。しかし、聖書のいう律法による義を守ることは、大変難しく、神の民イスラエルの歴史の中でも完全に守り通すことができる人はいませんでした。これでは、全ての人が神の前に犯罪者ということになってしまいます。



罪の報酬は死

罪からくる報酬は死です。

ローマ6:23


ひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が人類に広がった。

ローマ5:12


その結果人は、肉体的な第一の死と共に、霊的にも死に、永遠の滅びに至る者となったのです。罪の結果、様々な精神的な苦しみ、肉体的な病もこの世に入ってきました。罪は様々な苦しみを人間にもたらしたのです。


全ての人は罪人

すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、イエス・キリストによるあがないのゆえに、値なしに義と認められるのです。

ローマ3:23〜24


全ての人は罪のため、永遠に滅び神の裁きを受けるべき者でした。しかし、神は人を愛し、再び神との交わりを回復するため、イエス・キリストを通しての、救いの計画を持っていたのです。

  キリスト教入門TOPに戻る

キリスト教入門4、「救い」へ