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長崎駅まえでの路上ライブしている筆者。
・「教会に行けば病気が治るよ」
「教会に行けば病気が治るよ」それは私の母に親族で唯一のクリスチャンであった叔母が言った一言でした。
私が生まれてすぐのころ、私は病気になりました。それはアトピー性皮膚炎という病気でした。
症状は全身に現れました。血が出るまで体を掻きむしりました。
毎日激しい痒みと痛みに襲われ、苦しめられるのです。
そんな私を見て最も苦しんだのが母でした。母は私のために毎日私を病院に連れて行き、
薬を飲ませました。「これが効く」と言われれば、なんでも試しました。
さらには何十万もする医療器具をも買いました。
しかし、何をしても治りませんでした。もちろん治療を受けることで痒みが抑まることもありましたが、
1日もすればまた痒みに襲われました。そうして8年間ほど苦しみました。
そんな時に叔母が「教会に行けば病気が治るよ」と言ったのです。
母はわらをもすがるという感じで私と兄を連れて教会へ行きました。私達は初めて教会へ行ったのですが、
すぐにイエス様を信じる事が出来ました。牧師にいやしのために祈ってもらい、
私と母も「イエス様、アトピーをいやして下さい。」とその時初めて祈りました。
そして毎週教会に行くようになり、救われて数カ月後には親子3人で洗礼を受ける事が出来ました。
・アトピーのいやし
洗礼を受けて数日後、私は自分の体の変化に気付きました。体のどこにもアトピーが無いのです。
初め私と母はこう思いました。「今回は薬が効いているなぁ」
しかし、1週間経っても、1ヶ月経っても、アトピーは出てこないのです。そして気付きました。
イエス様が完全にいやして下さったのです。何も特別な事はしていません。
教会へ行き、イエス様を信じるだけで私はいやされたのです。
アトピーがいやされた後も私はとても祝福されました。中でも学校生活は特に祝福されました。
友達はたくさんいました。勉強もスポーツもできました。5年生になるとサッカー部に入部し
、自分が夢中になれる物も見つけました。すべてが順調でした。
小学校を卒業し、胸躍らせて中学校へと入学しました。
しかし、一方で私は教会に行かなくなっていました。母が行かなくなったからと思っていましたが、
思い返せば私自身も「日曜日は試合がある」と言って、教会へ行かない事を選んでいました。
・新しい試練
中学生になっても祝福は続いているように見えました。新しい友達もたくさんできました。
当然サッカー部にも入部しました。しかし、6月ごろになり新しい環境にも慣れてきたころ、
突然髪の毛が抜け始めました。それは円形脱毛症でした。初めは必死に隠して学校に行っていましたが、
夏にはもう隠す事も出来なくなりました。そしてそこから私の生活は一変してしまいました。
友達から馬鹿にされるようになり、親友さえも私から離れていきました。
学校に行くのがいやになり、大好きなサッカーも辞めました。
心を閉ざしていった私には、優しい言葉をかけてくれる先生や、両親の言葉さえも疎ましく思えました。
次第に学校にも行かなくなり、誰とも話さなくなりました。気が付いたら私は暗闇の中に居ました。
「その頃ってどんな気持ちだった?」とよく聞かれますが、私はその質問に答えることができません。
思い出が無いのです。それは初めて経験した孤独でした。
・ささげられた祈り
そういう生活になりしばらくしてあることに気が付きました。
私の父は毎晩9時ごろに仕事から帰ってきます。
母はそれにあわせて食事の準備、片付け、掃除、洗濯をしていました。
母が家事を終えて腰を下ろせるのは10時ごろでした。
いつもはそれから一緒にテレビを見ていましたが、
ある時から家事を済ますと必ず自分の部屋に入っていくのです。
私は気になって耳を澄ませました。
すると部屋からこういう声が聞こえて来ました。
「俊也を元気にして下さい、俊也が学校に行けるようにして下さい。俊也の脱毛症をいやしてください」
その声は母が私のために祈っている声でした。それは毎晩続きました。
でも、私自身は、 その期待がプレッシャーに感じ「やめてくれ、祈って何になるんだ。」と思っていました。
しかし、母はやめませんでした。その祈りは毎晩1時間、1年以上続けられたのです。
・「教会へ行こう」
ある日曜日の朝、母が「教会に行こう」と突然言って来ました。それまで誰とも話したくないし、
会いたくないと思っていた私でしたが、その時は不思議と教会に行くことにしました。
教会では賛美が歌われ、牧師が話しをしていました。そしてこう言われたのです。
『わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している』(イザヤ書43章4節)
これは聖書に書かれている言葉です。この言葉を聞いたとき、私の心に突き刺さるものを感じました。
そしてその時初めて知ったのです。自分が独りではない事に。
その日から私と母は再び教会に戻りました。毎週教会に行くようになってしばらくしてから、
私の中に『学校に行きたい』という気持ちが湧いてきました。脱毛症が治った訳ではありません、
しかしそう思いました。でも1年以上行ってなかったので、若干の不安はありました。
しかし、学校の自転車置場で1番最初に会った友達の第一声でその不安は吹き飛びました。
『松ちゃん、明るくなったね!!』私にそう言って友達が駆け寄ってきたのです。
暗闇のなかに居ると思っていた私に「明るくなったね。」と言ってくれたのです。
その日から、私は学校を休む事はありませんでした。
・何でもランキング!
いよいよ卒業の時。それぞれに卒業文集が配られました。その文集の中に「何でもランキング」
という企画がありました。それは何でもいいからランキングにしようという企画でした。
「かっこいい人」「もてる人」等いろいろなランキングがありました。
その中で私が1位になったものが3つありました。一つは『将来お金もちになりそうな人1位』
もう一つが『将来社長になりそうな人1位』そして最後の一つが『一緒にいて楽しい人1位』。
これを見たとき、私はとても嬉しかったです。その1年前、孤独の中に居た私が、最後の最後にクラスで
1番『一緒にいて楽しい人』に選ばれたのです。それは私には想像もできない奇跡でした。
それから10年が経ちました。長崎の地で神学生として学び始めた今だからこそ気づくことがあります。
私がなぜこのような奇跡を見ることができたのか、なぜあの時教会にいけたのか。
それは計り知れない神の愛とささげられた祈りです。毎晩続けられたあの祈りを、
主は聞いて応えて下さったのです。だから私は確信しています。
私の脱毛症は必ずいやされるということを。主は真実な方だからです。
Tヨハネの手紙4章16節「神は愛です。」
神のしもべ長崎教会
松本俊也
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