日本のキリスト教信仰の宝

神が与えてくださった日本の信仰の原点

 日本二十六聖人

今から418年前、1597年2月5日のことです。時の権力者太閤秀吉により、6人の外国人神父を含む26人の男性が、キリストを信じ人々に宣べ伝えたことにより、長崎の西阪の丘で殺されました。日本で最初に起こったキリスト教の殉教です。この26人の殉教のことを日本二十六聖人と言います。
彼らは最初、京都と大阪で捕らえられます。その時は24人でしたが、西坂の丘まで引いて行かれていく途中で、2人の付き人も殉教者に加わり、西阪の丘に着いた時には26人になっていました。

26人の中には、最年少の12歳のルドビゴ茨木をはじめ、3人の少年がいました。
12歳のルドビゴ茨木を見た処刑の執行責任者であった寺沢半三郎は、彼のいたいけなさに心を痛め何とか助けてやりたいと思い、「自分の養子になれば、あと50年生きることができる。美味しいものも食べれるし、刀を差して武士にもなれる」とキリスト教を捨てて養子になるように迫りましたが、ルドビゴ少年は「永遠の命を、この世のつかの間の命に取り替えることはできません、あなたの方こそキリストを信じて永遠なるパライソに行きましょう」と毅然として答え、西阪の丘で自分のつく十字架に走りより、その十字架にを抱きしめ喜んで殉教していきました。

尾張出身のパウロ三木はイエズス会のイルマン、修道士でした。彼は京都で捕らえられてから西阪の丘に来るまで、道行く人々にイエス・キリストの福音を語り続けました。彼の最後の説教は、死を前にして十字架の上から、赦しながら語られました。「私は太閤秀吉様を赦します。」目の前にいたかつての旧友で今は処刑執行の責任者寺沢半三郎に向かって「半三郎、私はあなたを赦しています。この槍を構えて私を殺そうとしている人たちも赦しています。キリストが私の罪を十字架で赦してくださったからです。私は彼らに何の恨みも抱いておりません。私の願いはただ一つ、太閤様をはじめ、半三郎も役人たちも、ここにいる皆さんも、日本人のすべての方がイエス・キリストを信じて私と同じようにキリシタンとなり、永遠の命を受けて天国に来てくださることです」

26人は喜びながら赦しながら、天国へ帰って行きました。

もう少し詳しく、彼らのことについて書きたいと思います。